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【エンゼル】









 バレンタイン当日の放課後。

 流川は落ち込んでいた。

 もちろん女子からチョコレートを一つも貰えなかったので落ち込んでいる………訳では無い。

(今日はどあほうと喧嘩出来なかった…っていうより、避けられてた気がする…)

 部活で花道と喧嘩するのはごく当り前で、むしろ喧嘩しないと部活をやった気がしない程だ。

 喧嘩の原因はお互い五分五分で、流川が挑発することもあれば花道から吹っ掛けることもある。

 しかしここ半年位は圧倒的に流川の挑発回数の方が上回っていた。

 更に言えば、インターハイが終わった後から、なぜか二人の喧嘩は以前程殺伐としたものではなく、むしろ周囲が微笑ましく眺めている余裕を持てるような雰囲気に変わっていたのだ。

 早い話がちょっと過激なスキンシップになった、とでも言おうか。

 とにかく。

 確かに問題児二人の仲は、見違えるほど良くなったのだ。

 だからこそ【花道に構って貰えない】という現実が流川には辛かった。





 辛い理由は明白だ。

 流川が花道に惚れてしまったのだから。

 切っ掛けはやはりインターハイと、そして花道の怪我だろう。

 痛めた背中の為にリハビリをする花道の元へ足繁く通った。

 ただし決して花道を見舞う為ではない。

 自分が花道に会いたいから。

 ただそれだけだった。

 花道の様子が気になるから、時間を作ってリハビリセンターまで通った。

 元気な顔も不機嫌な顔も耐える顔も必死な顔も喜ぶ顔も悔しがる顔も全部見た。

 見る度に好きになった。

 けれど、流川は自分の思いを伝えようとは考えなかった。

 なぜなら自分も花道も、今はそれどころでは無いと分かっていたから。

 インターハイが終ったからと言って気を抜く暇は一瞬たりとも無い。

 自分は選抜へ。

 花道はリハビリへ。

 自分達にはやるべきことがたくさんある。

 だからこそ流川は自分の思いを告げずに居た。





 そんな状態で半年が過ぎた。

 花道の態度も次第に軟化して、流川はお互いの距離が以前よりも縮んだと感じ始めていた。

 そんな矢先に、挑発すると直ぐに乗ってくる花道が今日は全く反応しなかった。

 流川はそのことに苛立つというより、むしろ情けない程落ち込んでしまったのだ。

 挙句、挑発にも乗らず、むしろシカトする花道の態度に、自分の挑発した言葉の行き場が無いと嘆く始末。

(昨日は普通だったのに、なんでだ……)

 思い当たることが全く無い流川は、大変重い足取りで部員達より幾分遅く部室へ向かった。










 部室に近づくにつれて会話が聞こえてくる。

「おい、花道。お前なんで流川のことシカトしたんだよ」

「そうそう。俺も不思議だったよ、なんかあったのか?」

「妙に不自然な感じがしたよな」

 キャプテンの宮城を始め、部員達が口々に今日の出来事を不審がっていた。

 流川は室内に入ることを躊躇った。

 立ち聞きはいけないことだと思いつつ、流川はそっとドアの横の壁に寄りかかった。

「別にシカトなんてしてねーぞ」

「バレバレの嘘つくなよ!」

「いつもは”どあほう”って言われただけで流川に掴みかかってるのにさぁ」

「あからさまに変だったよな……」

「べ、別に理由なんて無いぞ!ただ、天才はそんな挑発には簡単に―――」

「乗るだろ、いつも」

「リョーちん!」

 部室からは笑い声が聞こえた。

「まぁな。喧嘩する程仲が良いって言うからな。心配はしてねーけどよ」

「そうだな。なんだかんだで仲良いよな」

「良くねー!」

「それに喧嘩してくれないと、こっちまで調子狂うし」

「良いコンビだよ、ホント」

「話を聞けー!」

「お前だってそんなに流川のこと嫌じゃねーんだろ?」

 からかうように言われると、花道はむきになった。

「何言ってんだ!嫌いだ、あんなやつ!」

「まぁまぁ。本心じゃないと思っておくよ」

「本心だ!」

 あんなヤツ、大嫌いだ!

「あはは!どっちでも良いけどよ。じゃーな、お先」

 思う存分からかって気が済んだのか、そう言って部室のドアを開けた瞬間、宮城の笑みが凍りついた。

「あ………」

 開けられたドアの横、正確には斜め下に、膝を抱えて座り込み一目見ただけでズーン…と酷く落ち込んでいると分かる流川の姿があった。

「あ、あぁ流川。今から着替えか。そ、そうか。じゃーな、俺は先に帰るから!」

「…………」

 殊更明るく話し掛ける宮城の言葉が虚しく宙を舞う。

 のっそりと立ち上がり、無言のまま部室へ入ろうとする流川をささっと避けながら、宮城達は花道を一人残してそそくさと帰ってしまった。

「じゃーな、花道!」

「リョーちんっ」

「………」

「………」

 無言で着替え始める流川を、花道はチラチラと見る。

(うぅ…沈黙が痛い……)

 花道はまさか流川が立ち聞きしているとは思わなかった。

 しかもそこまで落ち込むとは思っていなかったので、罪悪感と共に毎度の沈黙が今はやたら居心地悪くて仕方なかった。





 実は花道だってそこまで流川を嫌っている訳ではないのだ。

 コートでは共に修羅場を潜り抜け戦う相手なのだし、以前よりはそれほど敵愾心は持っていないのだ。

 リハビリの時、唯一毎週花道の元へ通っていたのも彼だけだったのだから。

 思ってたよりもマシな奴かな~と思い始めていた。

 むしろ以前よりも増して気になる存在と言っても過言では無い。

「あ~流川。さっきのはだなぁ……」

 何を言えば良いのかなかなか思いつかない。

 花道はらしくもなく流川の隣でオロオロしてしまった。

「その…。そんなに嫌じゃねーぞ、喧嘩すんの…」

「………」

 流川がピクッと動いた。

 聞き耳を立てているのが良く分かる。

「ホ…ホントは喧嘩すんの、ちっと楽しい……ぞ……」

「…………」

 流川がまたピクッと動いた。

「ええと……」

 落ち込む流川に対して、どうしてこんなに必死でフォローしてるんだろうと思いつつ『今のうちにちゃんと言っておかないと駄目だ!』と自分の第六感が告げていた。

「おめーのこと、そんなに嫌いじゃねぇ!」

「!」

 花道がきっぱり言うと、流川が勢いよく振り返った。

 無表情ながらも嬉しそうな気配がビンビン伝わる。

 そんな素直な反応をする流川に、花道は急速に恥ずかしさを感じ頬が熱くなった。

「俺も……」

「?」

 嬉しそうにじっと見つめられたかと思うと、流川は俯いた。

 黒髪の長い前髪が邪魔で表情が見えない。

「俺も喧嘩すんの楽しいし、おめーのこと嫌いじゃない……」

 続けられた言葉に花道は目を丸くした。

 まさか流川からそんな返事が来るなんて。

 そして驚きつつ流川を良く観察すると、なんだかほんのり耳が赤くなっていた。

 それに気付いた途端、花道まで耳が赤くなった。

「嫌いっつーよりむしろ……」

 ゆっくり顔をあげた流川は、なんとも切なげな顔をしていた。

「………」

「………」

 その先に続く言葉が予想出来るような、出来ないような、そんなゴチャゴチャした気持ちで花道はじっと待った。

 心臓が破裂するかと思う程高鳴り、このまま鳴り過ぎて死んでしまいそうだ。

 体中が熱くて、喉がカラカラになる。

 どうしようもなく時間が長く感じた。





 そしてそれは流川も同じだった。

 もう喉元まで出掛かっているのに、肝心の言葉が出てこない。

 今しか言うチャンスは無いのに。

 頬も耳も熱くて、呼吸するたび唇が少し震える。

 言おうとして口を軽く動かすけれど、音はやはり出てこない。

「―――お…俺、帰る!」

 とうとう沈黙に耐え切れなくなった花道は、真っ赤な顔を伏せてくるりと流川に背を向けた。

「!」

 せっかくのチャンスなのに、花道が行ってしまう!

 流川は頭で考えるより先に花道の腕を強く掴んでいた。

 そして少し強引に振り向かせ、やっと言いたかった言葉が唇から小さく零れた。

「好きだ」

 花道は驚いたように目を見開いた。

 そしてようやく終わった沈黙に力を失い、流川に掴まれた腕がだらんと下がった。

 それでも流川は手を離さなかった。

「いつもおめーと喧嘩すんの楽しみにしてる」

「………」

「おめーがいないと毎日つまんねー」

 ポツポツと話すその声は思いのほか心細い。

「おめーがマネージャー好きなの知ってっけど、そんでもやっぱ好きだ…」

 最後はまた俯いてしまった。

 自信家のクセに、そんな様子が今は微塵も感じられない。

 叱られるのを待ってしょんぼりしている子供のようだ。

「シカトされんのも、ちっと苦しい……」

 後から後から本音がぽろぽろ零れ落ちてくる。

「シカトしたのは洋平に言われたから……」

 花道がぽつんと言った。

「バレンタインだから、チョコ欲しかったら流川と揉めるな…って……」

 流川はそれを聞いてほっとした表情をした。

 嫌われて無視された訳ではないと分かり、安心した。

「あ……悪い…」

 掴んだままだと気付いた腕を、流川はそっと離した。

「帰るか……」

 流川の言葉に小さく花道は頷いた。










 二人は無言だった。

 流川は自転車の前籠にチョコレートの詰まった紙袋を無造作に突っ込んで、自転車を押しながら歩いた。

 隣にはマフラーに顎を埋め、ポケットに手を突っ込んだ花道。

 無言だけれど、つい先程までの気まずい沈黙では無い。

 不思議と雰囲気は穏やかだった。

 すっかり暗くなった道を歩くと、流川が立ち止まった。

「なんだ?」

「……コンビニ寄るから、ちっと待っててくれ」

 そう言い残して流川はコンビニで何やら購入した。

 買った物をポケットに仕舞って戻った流川は、駅まで歩く花道との分かれ道でまた立ち止まった。

「んじゃ、俺こっちだから……」

 なんとなく目を逸らす花道に流川が言った。

「俺とお付き合いしてくんねー?」

 今度はなんの躊躇いも無く自然に言えた。

「あ……ぅ……」

 一方突然言われた花道は、寒さで赤くなった頬が一瞬でカッと熱くなったのが分かった。

 上手く返事を口に出来ない花道を見て「んじゃ保留にしとく」と流川は自分から折れた。

「でも明日、返事くれ」

「あ、明日?!」

 こくりと頷く。

 元来流川はそんなに気が長い方では無いのだ。

 明日までの保留にしただけでも感謝して貰いたいくらいだ。

「そんとき、俺のことどう思ってんのかも教えてくれれば良いから」

「………」

 花道は最初戸惑った表情をしたが、やがてしっかり頷いた。

 流川も頷き返す。

「寒いから、もう帰れ」

「…………」

 色んなことが一度に起こって花道の頭の中は沸騰寸前だ。

 今夜は考えることがいっぱいで、智恵熱でも出そうな気がする。

 そして、なんだかんだ言っても不器用に花道を労わる流川の様子は、とても優しげだった。

 そんな流川が妙に照れくさく感じて、花道は無言で流川に背を向けて一歩踏み出した。

「ちょっと待て」

 すると直ぐに引き止められた。

 花道はまだ何かあるんだろうかと振り向くと、何かが投げて寄越された。

 花道の大きな手の平にすっぽりと納まってしまう小さな箱が一つ。

 とても良く知っている箱だった。

 そういえば久しぶりに見た気がする。

「バレンタインだから」

「……っ!」

 ぼそっと告げられた言葉に、花道はあまりにも恥ずかしくて、結局何も言わないままダーッ!と駅まで走り去ってしまった。

 その後姿を流川は目を細めて見送り、やがて自転車に跨った。










 翌日。

 放課後の部室には『金のエンゼルが出た!』と大喜びで報告してくる花道の姿があり、さらに花道から貰った返事に安堵の笑みを浮かべる流川の姿もあった。
















これはWEB拍手から頂いたネタより書かせて頂きました。
【告白前後でお互い意識しまくって顔も見られないような流花(赤面する流川)】です。
何度も書き直して、赤面する流川に四苦八苦しました(笑)
ネタを下さった方へ、ネタを提供して下さってありがとうございました!
とっても楽しく書かせて頂きました♪

VDアイテムはポッキーの次はチョコボールで。
しかしいまだに金も銀も見たこと無い管理人。
ホントにエンゼルってあるんですか?(笑)

デカイ図体で小さいチョコボールを買う流川。
そしてコロコロと取り出しては小さいチョコボールをポリポリ食べる花道。
なんかツボでした(笑)



(2005年2月26日初出)




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