【アルストロメリア】












 変わらぬ愛を証明するために―――










 暖かい日差しに照らされた広い庭園。

 優しい風が吹き、よく手入れされた草花達をかすかに揺らす。

 空は晴れ渡り、雲ひとつ無い。

 この日の為に新調したダークグレーのスーツを身に纏った二人の男が、静かに向かい合っていた。

 二人の胸元には赤い薔薇が一輪。

 その二人を穏やかに見守る仲間達。

 庭園に用意されたのは真っ白いテーブルとそこを飾る花々。

 目立つことを好む赤い髪の青年は、いつもとは程遠いほど緊張している様子だ。

 そしてもう一人の黒髪の男も、やはり緊張しているようだった。

「指輪の交換を」

 そう言われて差し出されたリングを黒髪の男が大きな指で摘み上げた。

 一度確かめるように相手の顔を見て、そっと手を取る。

 左手の薬指へゆっくりとリングを嵌める。

 今度は赤い髪の男が同じく大きな手でぎこちなく指輪を摘み、ゴクリと唾を飲み込むと相手の同じく左手薬指へやや乱暴にリングを通した。

 少しだけ手が震えたが、なんとか終わりホッとする。 

 指輪の台座を持ち、式を進行する役目を担った友人達は、それに気付いて口元を緩める。

「では誓いのキスを」

 その時、あからさまに赤い髪の男の体が揺れた。

 指輪の交換で一山越えたのもつかの間、とうとうこの瞬間がやってきてしまった。

 大勢の前でするなんて今まで経験が無いのだから仕方ない。

 出来れば避けたかったけれど、式を取り仕切る友人達や相手にやらなきゃだめだと説得されて、渋々承諾したのだ。

 いよいよその瞬間が来たのである。

 目をぎゅっと瞑った赤い髪の男へ黒髪の男が近づく。

 ふわりと風が揺れる。

 唇が触れる寸前。

「愛してる」

 黒髪の男が呟く声がした。

 続いて触れた唇は緊張の為か、お互い少し冷たかった。

 








  ◆ ◆ ◆ 










「結婚したー?!」

 突然の告白にその場に集まった旧友は皆一様に驚いていた。

 NBAへ移籍して三年目の春。

 四月一日ロサンゼルスのホテルにて、流川楓と桜木花道両人は極秘に結婚式を執り行った。

 紆余曲折てんこもりの二人だったが、ようやくここに晴れて伴侶を得たのだった。

 式はクラブチームの仲間を初め、私生活で出来た地元の友人達、そしてお世話になった人達を集めてこじんまりと行われた。

 出席した者達は皆良い式だったと口を揃えて二人へ祝福を述べた。

 その様子を話して聞かせる花道は照れくさそうにしつつ一回り成長したように堂々とした態度だった。

 傍らの流川もビールを飲みながら頷く。

「さすがの天才もちっと緊張したが、まぁあのくらいはちょろいぜ」

「めちゃめちゃ緊張してたくせに…」

「おめーもだろうが!」

 そしてまだ呆然としている面々に花道は申し訳なさそうにした。

「あー…、黙ってたのは悪いと思ったんだけど、日本に直ぐ帰りたかったから日程的に厳しくてどうしても呼べなかっ―――」

 しかし花道が言い終わる前に、貸切にしていたレストランの店内に爆笑が巻き起こった。

 集まった面々は湘北高校バスケ部で初めて全国へ行った仲間達だ。

 彼らは大部分が戸惑う中、数人が文字通り腹を抱えて爆笑していた。

「な、なんだ…?」

「………さぁ…」

 予想にもしなかった皆の反応にうろたえる花道と首を捻る流川。

「お前ら……」

 爆笑する者の中で一番に声を発したのは三井だった。

「なんつーお約束なことしてんだよ!」

 愉快で仕方ない、とばかりに三井は隣に座る宮城の背中を叩く。

 その痛さに顔を歪めつつ笑う宮城も「やっぱりすると思ったよ!」と、これまた楽しそうだ。

「あんた達……」

 続いては宮城の隣に座っているマネージャーだった彩子。

「ちょっと遅かったわよね。私なんて向こうに行ったら直ぐ結婚するもんだと思ってたから」

「そうですよね、私達そんな話も結構してましたから」

 晴子も彩子の隣でうんうんと頷いた。

「ええ!そうなの?晴子ちゃん!」

「俺、全然気がつかなかったよ……」

 桑田や安田達は素で驚いた表情をしていた。

「そうよぅ!お兄ちゃんにも言ったのにちっとも信じてくれないのよぅ!」

 向かい側に座る桑田達の横には、これまた戸惑い顔の木暮と赤木が居る。

「き、気付かなかったなぁ俺……」

「そもそもアイツラが結婚だなんて言われて信じるかバカモン」

 その言葉に晴子は頬を膨らませた。

「でも本当になったじゃないのよぅ」

 私の予想は結構当るのよぅ。

 そういうと赤木は溜息をついてビールを煽った。

 その様子をテーブルの上座から呆然と見ていた花道と流川はようやく我に返った。

「な、なんでそんなこと……」

「知ってるのかって?」

 三井が言葉尻を取る。

「だってお前らこっちに居たときから付き合ってたじゃねーか」

「え!なんで知ってんだよ!」

「………」 

 流石の流川もこればかりは驚いた。

 花道が知られるのを嫌がるのでこれでも頑張って隠していたつもりなのだ。

「なんで……」

 目を見張る流川に気付き、宮城が笑った。

「お前ら一年の夏過ぎた辺りから何かあっただろ。花道がリハビリしてたとき。あんときからお前らの雰囲気がなんか変わったんだよ」

 ね?彩ちゃん、と話を振ると彩子も笑って「最初は仲良くなっただけかなーと思ってたんだけどね」と続けた。

「あたしたちが三年になってから、だんだん雰囲気が良くなってきて。もしかして何かあったのかなーって」

「流川くんは一年の時よりも雰囲気が優しくなったのよぅ。桜木くんも流川くんのこと良く見てたし」

「ええ!?」

 晴子に思わぬことを言われ花道は瞬間湯沸し機のように首から上が真っ赤に染まった。

 高校時代、全く二人のそんな様子に気付かなかった者達は、晴子の言葉に驚き花道を振り向いて、その当人達の様子に初めて納得してしまった。

「そんなに見てたんか、俺のこと…」

 流川は見た目は変わらないけれど、とても嬉しそうに花道を見た。

「ば、ばか!見てねーよお前なんて!俺はお前を見てたんじゃなくて…っ」

「見てたんじゃなくて?」

「うぅ……っ」

 流川が嬉しそうに花道の顔を覗き込むと、それを嫌がりそっぽをむいた。

「どあほうこっち向け」

「いやだ!」

「どあほう」

「うっせー!」

 耳まで赤くし、さらに結婚宣言までしたのに今更何を恥ずかしがっているのか。

 でもそこが花道らしくて可愛いところなのだ。 

 流川は花道を引き寄せて口吻けようとした。

 だが出来なかった。

『結婚、おめでとう!!』

 声を揃えて一斉に祝いの言葉が流川と花道へ向けられたからだ。

「…あ……」

「…………」

 驚いた顔をする二人に皆の笑顔が届いた。

「話してくれてありがとよ」

 三井達が笑う。

「幸せにね」

 彩子達が笑う。

「おめでとう」

 桑田達も笑う。

「まぁ…その…なんだ……向こうでもしっかりな」

 赤木達が苦笑する。

 たくさんの笑顔と言葉に花道は喉が熱くなった。

 答えようとするのに、言葉が詰まって出てこない。

 何かを言えば目から熱いものが零れ落ちそうで―――。

「……ありがとうッス……」

「!!」

 流川の声がした。

 言わなくては、と思っても喉が詰まってしまいどうしようかと思っていた。

 だから隣から強くしっかりした声で花道の言いたかった言葉が聞こえてとても驚いた。

「向こうでも、どあほうと一緒に今まで通りやっていくつもりッス」

 無口な流川が花道の隣で真っ直ぐ皆を見据えて喋っている。

 そこに居合わせた者達は自然と静まり、流川の言葉を聞いていた。

「……先輩達の言う通り、俺らは付き合ってたッス。ずっと隠してたつもりだったけど…。今日こうやってどうしても自分の言葉で伝えたいんだってどあほうが言うから、俺も同じだし。式が終わったらすぐ日本に帰って伝えようって思ってた…良かったッス。ちゃんと言えて」

 な?どあほう。

 振られた花道は、流川の顔をじっと見ると「おう…」と笑って頷いた。

 目元にほんのり赤味が差している。

 流川はそれに頷いて、集まった皆の顔をもう一度見回した。

「ありがとうッス」

 一つペコリと頭を下げた。花道もそれにならう。

「………」

 その場に居た者たちはこの二人なら大丈夫だ、と確信した。

 この二人ならきっと変わらずこのままで真っ直ぐ前に進んでくれる筈だ。

「二人とも、指輪は?」

 笑みを浮かべて彩子が言った。

「指輪……」

 流川が呟くと、宮城も提案する。

「あぁ、そうだ。今持ってるなら嵌めたらどうだ?」

 その言葉に同意する声が聞こえてくると、流川と花道は視線を交わし、同時に首から下げていたネックレスを外し、そこに通していた結婚指輪を鎖から抜いた。

「あ!ちょっと待て!それ、お互いにやれよ」

「そうよぅ!流川くんが桜木くんに、桜木くんが流川くんに。指輪を嵌めてあげたら良いのよぅ!」

 三井の提案に晴子は夢見がちにうっとりした。

「え……いや、それはさすがに…ちょっと……」

 戸惑う花道を他所に、そうだそうだと声が上がり、結局そうすることになった。

「………」

「………」

 結婚指輪の交換の時のように、柄にも無くまた緊張してしまった。

 体温で温められた指輪をお互いに嵌め終わると、自然と拍手が沸き起こる。

「おめでとう!」

「お幸せに!」

「向こうでも頑張れよ!」

 次々に掛かる暖かい声と大きな拍手に、花道は輝くように笑った。















「なぁ流川……」

「ん…?」

「良かったなぁ今日…」

「そうだな」

 その日の夜、ホテルにて。

 ほろ酔い気味に部屋へ戻った二人は、そのままベッドへ倒れ込んだ。

 花道の肌蹴られた胸元に強く吸い付く流川。

 黒髪が肌の上をつぅ…と滑る感触に鳥肌が立つ。

「やっぱり帰ってきて良かった……んっ…」

 胸の突起へ舌を這わすと花道の体が跳ねる。

 赤く染まる甘いそこに音を立てて吸い付くと、頭に花道の腕が絡んできた。

「俺は……た」

「え?なに………」

 聞き返すと流川が胸元から顔をあげた。

「俺は結婚出来て良かった」

 耳元で息を吹き込むように深い声で囁かれて、花道は背筋が思わぬ快感に震える。

「うん、俺もだ…」

 小さく答えると、流川は首筋を甘噛みした。

 その刺激に背筋から腰に震えが伝わる。

 花道は熱く息を一つ吐きながら目を閉じた。

「流川……ありがとな…」

 呟かれたその声に流川はゆっくり首筋から顔をあげた。

「こんなスゲー誕生日のプレゼント、今まで貰ったことねぇ……」

 真上から見下ろすと、花道と目が合った。

 真っ直ぐ見上げて笑みを浮かべる花道へ軽く口吻ける。

「こっちこそ感謝してもし足りねー。おめーの人生まるごと貰えたんだから」

「おめーの人生も俺が貰ったぜ?」

 面白そうに笑う花道に流川も笑みを浮かべてもう一度口吻けた。

「結婚してくれてありがとー」

「どういたしまして」

「すんげー幸せだ」

「おう」

 笑って流川に思い切りしがみ付いた花道は、少し遠慮がちに続けた。

「明日………」

「分かってる。大丈夫だ。一緒に行く」

 流川は不安そうな花道へ即答した。

 明日は洋平達に会うことになっている。

 彼らには花道が事前に結婚の相談をしていたので流川達の事情は了承済みだ。

 それでも電話でのやり取りだけだったので、やはり直に会って報告するのは多少なりとも緊張してしまう。

「どあほうを貰うってちゃんと宣言してくる」

「コラ!そんな余計なことは言わなくて良いんだ!」

 ポコッと背中を叩くと、流川の体が小刻みに震えた。

 どうやら……笑っているようだ。

「何がおかしいんだよ!」

 そういうと流川はまた花道への愛撫を再開した。

 首筋を甘噛みしつつ指先で胸の尖った突起をこねる。

 花道の体が跳ねた。

「水戸はどあほうの親父だから、ちゃんと許可貰っとかねーと」

 笑いながら流川はそんなことを言った。

 なんだそりゃ…と思わず苦笑した花道は、もう体が思うように動かないことに気付き、全ては後回しにして今はただ流川に身を委ねようと更に広い背中にしがみ付いた。










  ◆ ◆ ◆ 










「結婚したぞ親父、お袋」

 海が一望出来る丘に広がる墓地へ流川と花道は並んで立っていた。

 無事洋平達に再会し、結婚の報告をすると以前と変わらず囃し立て祝福してくれた。

 そして洋平はただ深く笑って、頷いた。

 言葉ではなく、その笑みに全てが込められていた。

 花道は変わらない洋平の存在に心が熱くなった。

 両親への報告は済んだのかと問われ、この後行って来ると告げると、夕方になったら祝宴をするから昼間のうちに報告してこいと二人を送り出してくれた。 

『今日は天気が良い。親父さん達もきっとご機嫌だぜ?』 

 洋平はそう言って笑った。

 その言葉通り、花道たちが帰国してから一度も雨は降ることも無く、今日も晴天に恵まれ海はキラキラと光っていた。

 墓石へ語りかける花道の隣で静かに佇んでいた流川は、花道に促され一歩前に出た。

 線香をあげ合掌するとやがてスクッと立ち上がり墓石に向かって深く一礼した。

「息子さんを頂きます」

 たった一言だけ。

 心から気持ちを込めて告げる。

 顔をあげてふと横を見ると、花道は笑っていた。

「クセーこと言ってる」

「どあほう」

 笑顔のまま花道は両親の墓を見た。

「……こいつとならやってける気がすんだ。大丈夫だ。俺は天才だし。何も変わらない。親父達も夫婦水入らずで楽しく暮らしてくれよ。俺らも楽しくやってくから。だから見ててくれよな」

「………」

「またちょっくらアメリカ行って活躍してくるからよ」

「………スタメン出れるかわかんねークセに」

「んだと!それはオメーもだ!」

 墓石の前で恒例の言い合いが始まるかと思われたが、海から吹いてきた気持ちの良い潮風に二人の言葉が途切れた。

「…良い風だな」

「あぁ…」

「……行くか」

 花道はそう言うと、もう一度合掌し、その場を後にした。

 流川も合掌してその場を後にしようとするが、ふと足を止め振り返った。

「大事にします」

 一つ呟き墓石へ一礼すると、花道の後を追った。 










  ◆ ◆ ◆ 










 日本への里帰りも無事に終わり、二人は再び機上の人となった。

「なぁ流川」

「なんだ?」

「今度は皆をあっちに呼ぼうぜ」

「……そうだな」

「俺らが居る場所がどんなとこなのか見せてやりてーんだ、みんなに」

「……あぁ」

 故郷である日本と、そして自分が今居るべき場所アメリカ。

 二人は小さな窓の外に広がる白い雲と青い空に視線をやり、双方で支えそして待っていてくれる人達を思い笑みを浮かべた。








 アルストロメリア。
 この二人へ、永遠に続く幸福を―――。













END












以前リクエストで頂いたお題から。リク内容は
『NBAから里帰り&結婚宣言!皆びっくり一部納得(流花)』
というものでした(笑)お題に沿えているでしょうか。ドキドキ。
花道のBDなので思い切りラブラブでハッピーな話にしようと
思ってました。花道が幸せだと私も幸せです。そして流川を
始めみんなみんな幸せになると思う(笑)花道は太陽だ♪
そんな花道のBDをまた祝えて嬉しいよ。この世に生まれて
くれて本当にありがとう。ハッピーバースデー花道。


(2007年4月1日初出)








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