【Dazzling him】







「ただいま〜」

「お疲れ…」

 トーク番組の収録が終了した花道は、マネージャーの車で帰宅した。

 玄関を開けると、廊下の奥から同居人が出迎えた。

「流川〜、腹減った!今晩のおかず何?」

「とんかつだ」

「マジ!?」

 とんかつは花道の大好物のうちの一つだ。あのキツネ色がたまらない。

 ハーフサイズのタブリエを身に付けた流川と呼ばれた青年が、とんかつ〜!と浮かれている花道から荷物を受け取る。

 そして顎をしゃくり「風呂に入れ」と促した。

「もう沸いてるから。その間に飯の支度しとく」

「んじゃ、お言葉に甘えて、お先〜」

 花道はそのまま風呂場へ直行した。






 風呂から出た花道は、テーブルの上に並んだとてもとても美味しそうなデカイとんかつと、山盛りのキャベツ(トマト付き)の乗った皿に歓声を上げた。

「流川!ビール飲もう、ビール!」

 花道は鼻歌をフンフン歌いながら缶ビールを2本冷蔵庫から取り出した。

 流川はエプロンを外してその辺へ適当に放り、練りからしを片手に椅子へ座った。

 缶ビールを開けると軽く乾杯して、2人とも半分程一気に喉へ流し込んだ。

「は〜!美味い!」

 冷えたビールがとてつもなく美味く感じる。

 とんかつにソースを掛けて、からしを付けて頬張った。

「んまい!」

 サクサクの衣の中に、魅惑の豚肉。至福だ。

「撮影、どうだった?」

 流川も、満面の笑みを浮かべる花道に満足しつつとんかつに齧り付く。

 なかなか良い具合に揚がっている。成功のようだ。

「ん?順調、順調!司会の2人がすげー良い人でよぉ。緊張しなくて済んだぜ。あ!彩子さんから手紙貰ったんだ」

「手紙?」

 花道が出演した番組は、毎回ゲストを1人迎えてトークを行うものである。

 ゲストの人生観や趣味、芸能界の裏話などを色々引き出すのが司会者の仕事だ。

 その番組内では、毎回ゲストへ宛てた大切な人からの手紙を公開したり、ゲストの友人が事前連絡無しに登場するといった指向になっている。

 花道の場合には、同じ事務所の先輩である彩子からの激励の手紙だった。

「おう。それ読んでる時、ちっと泣きそうになった」

 花道は照れ笑いを浮かべながらビールを飲む。

「………最近、会ってねぇな、そういえば……」

 彩子は、2人の高校の先輩でもあるので、流川も当然世話になっていた。

 トマトを咀嚼しながら、黒髪でハツラツとした女性を思い出した。

「映画が2〜3本入ってるらしいから、当分連絡取れないかもなぁ……。でも後で手紙のお礼言わなきゃな」

 そんな忙しい時期に、後輩へわざわざ手書きの手紙を書いてくれたのだ。

 お礼を言わなくては男が廃る。

 明日事務所で聞いてみる、花道はそう言って豆腐の味噌汁を啜った。

「流川はどうだった?」

「勝った」

 聞かれた流川は、さも当然というように答えた。

 流川は現在社会人バスケで活躍している。

 ちなみに花道は大学生までバスケを続けていたが、彩子の勧めで芸能界へ入ってそのまま今に至る。

 花道は、勝って当たり前だとでも言うような流川の態度に悔しげに唇を尖らせた。

 流川を応援してはいるけれど、そうあっさり言われると少し腹が立つ。

 たまにはもう少し苦戦してみやがれっ、と噛み付いた。

「どあほう…」

 そんな花道にも慣れているのか、流川は軽く受け流す。

 鼻息を荒くした花道は、あ!と何かを思い出したように声をあげた。

「そうだ!俺、今度エステのCMに出ることになった!」

「あぁ?えすて……?」

 花道の口から聞きなれない言葉が出てきて、流川が怪訝そうな顔をした。

「そう、エステ。俺さまの肉体美が必要なんだって」

「…………」

 また訳の分からないCMに抜擢されたものだ。

 エステは女性のものの筈。それがなぜ花道の肉体美に……?

 流川はメンズエステなるものがあることを知らないので、それは仕方の無い反応だったのかもしれない。

「まぁ…しっかりやれ」

 そう言って励ました。

「おう!天才に任せたまえ!」

 花道は缶ビールを飲み干して、流川に不敵な笑みを見せた。





 


 そして約二ヵ月後。

 今日は花道の新作CMオンエアーの日である。

 朝の7時代から放映が始まるらしい。

 流川は隣で気持ち良く眠る花道に布団を掛け直し、そっとベッドを抜けだした。

 ふわふわの髪を撫でて額に口吻けるのも忘れない。

 今日は2人とも一日オフなので、家でのんびりすることになっていた。

 昨夜は次の日がオフだということもあり、久しぶりに愛の営みは激しかった。

 久しぶりだとやはりかなり燃えるものだ。

 花道から乗り上げてきた時には、ボルテージが最高潮に達していた。

 流川は大あくびをしつつ頭をボリボリと掻いて、冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。

 牛乳を持ったままリビングへ向かい、ぼんやりとした頭でテレビをつける。

「………」

 ぼんやりした頭のまま、花道へ思いを馳せる。

 今日は出来る限り眠らせてやろう。

 どうせどこへ行く予定も無いのだ。

 買ってあるDVDでも見るか。

 そんなことを考えつつ、テレビを見ていた。

 牛乳パックを開けて、行儀が悪いがそのまま飲み始める。

 ゴクッと流川の大きな喉仏が上下に動く。

 薄甘い冷えた牛乳が体に染みる様だ。

―――その時、そのCMが流れた。


 






















海辺の部屋。

赤い髪の花道が、バタンとドアを開けて室内へ入ってくる。

昼間なので、部屋はかなり明るい。

カバンを放り投げ、部屋のど真ん中で突然Tシャツを豪快に脱いだ。

そしてジーンズも脱ぎ始める。
























「なに……?」

 ブラウン管の中で繰り広げられる花道のストリップ(笑)に、流川は呆気に取られた。





























裸足の足首が映り、どこかへ歩いていく。

水しぶきの音がしたかと思ったら…………。

花道のシャワーシーンに切り替わった。































「おい!」

 目の前に花道のサービスショット。

 動揺するなと言う方が無理である。




























花道は頭から水を浴びて、気持ち良さそうに目を閉じて笑っている。

カメラワークが、花道の逞しい体を流れ落ちる水を追う様に、次第に下へ下がっていく…………。



























「ちょっと待て…っ」

 どこまで映す気なんだ!





















 


画面は花道のギリギリ腰骨まで下がり、止まった。

そしてエステ会社のロゴマークが登場。

爽やかな曲が流れ―――。





















「これで―――」

 ……終わりではなかった。




























一番最後。

逆光になっているが………。

花道が窓辺に立っている後ろ姿になった。

頭からつま先まで、全身が映っていた。

部屋の窓を全開にして、テラスから海を眺めているというシーン。

それだけなら、別に何も問題は無いのだ。

そう、それだけなら。











花道は、一目で【全裸】だと分かるシルエットだった―――――。
























「どあほう!!!!」

 冷や汗と青筋を浮かべた流川は、持っていた牛乳パックを放り出し、一直線に花道の眠る寝室へ飛び込んだ――――。





  








後日談。

このCMをきっかけに、花道は一気に大ブレイク。

惜しげもなく晒した全裸と、その自然体の笑みに視聴者をはじめ映像スタッフらからも数々の賛辞が届く。

街に貼られたポスターは盗難が相次ぎ、スポンサーへの問い合わせも殺到。

その後彼はその年のCM好感度タレント1位を獲得。

恋人にしたいタレントランキングや抱かれたい男ランキングなどにも次々に選ばれる。

さらにこの年、モデルやドラマの仕事も増え、満を持して発売された写真集&DVDは即日完売。

そして翌年、主役を務めた映画にて【最優秀主演男優賞】を見事受賞するが………。



















――――今の彼らには、そんなことは想像すら出来ないことであった。






















これは【silver guardian】の原田さんから頂いたリクエスト「芸能人の2人」と
WEB拍手から頂いていたネタ「芸能人の流花」から書かせて頂きました。
結果的には花道だけが芸能人だったのですが、その辺はご勘弁下さい(笑)
花道が流川の為に御飯を作るというのはよく見ますが、流川が作ってあげるのは
なかなか見かけません。だから書いてみました。
どんなもんでしょ?(笑)


(2004年7月18日初出)






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