【花火と星と。そしてあなたと】






 10月某日。

「桜木、どうだった?」

「スゲー綺麗だった!あのドラえ●んは微妙だったけどよ!」

「あははは!」

 仙道と花道は、夜空に浮かび上がったいびつなドラえ●んを思い出して笑った。

 2人は隣の市の河川敷で行われる花火大会へ遊びに行った。

 花火には季節外れなこの時期、それでも人手は毎年物凄くて帰りの道路はいつも大渋滞だ。

 その例に漏れず、仙道の運転する車は渋滞に巻き込まれていた。

「天気良くて良かったな〜」

「おう。昨日まで大雨だったから心配だったけどさ」

「そういえば桜木は今年、花火やった?」

「ぬ?そういややってねーかも。去年は洋平達とやったんだけどなぁ」

「ふーん……」

 花道の口から出た他の男の名前に反応し眉がピクッと動いたが、花道は気付かない。

「じゃぁさ。今度やろうよ、2人で」

「あ?何を?」

「花火」

「花火?」

「うん、そう。花火」

「何言ってんだよ!もうこの時期に売ってる訳ねーだろ」

 花道は呆れたように仙道の横顔を見た。

 車が全く動かないので小さく溜息をつき、仙道は助手席の花道を振り返った。

「大丈夫だよ。俺が探してくるから」

「どうせ無駄足になんだから、良いよ別に…。来年やれば良いんだし」

「桜木はそれで良いんだろうけど、俺は良く無いの。俺は桜木と花火やりたいんだから。まぁまぁ、俺に任せとけって」

 仙道はそう言って微かに動いた前の車を追うように少しだけ車を進めた。

 そんな仙道を見て、花道は好きにしろっと相手にしなかった。









「……マジかよ」

 10日後、仙道から呼び出され、花道は近所の土手へ向かった。

 そこには仙道と、大量の花火セットが置いてあった。

 大型打ち上げ花火をメインに、手持ちの花火が数種類揃えてあり、かなり充実している。

「よく見つかったな、こんなに……」

「だから任せろって言っただろ?」

 仙道が得意げに言う。

 花道はスゲースゲーと感心するばかりだ。

「それじゃ早速やろうか」

 喜ぶ花道の顔に満足して、仙道はニコニコしながらライターをジーンズのポケットから取り出した。








 実はあの約束をした次の日。

 仙道は20軒近くの店をハシゴしたのだった。

 それこそ大型雑貨店からコンビニ、小さな商店街まで。

 19軒目に置いてないと分かった時、いい加減諦めようかと思った。

 しかし、そういえば後1軒ありそうな店があった筈。

 仙道はもはや望み薄、期待薄の状態でその店へ入った。

 そして、ようやく目的のもの――花火――があった。

 その時の心情はいかばかりであったか。

 全部手に取り、レジでお姉さんに会計をしてもらっている間も目が潤むのを抑えるのに必死だった。

 これで花道を驚かすことが出来る!

 そう思うと、帰りの運転もずっと軽やかなものになった。

 (レジのお姉さんはあからさまに不審な目付きで仙道を見ていたのだが、本人は全く気付いていない……汗)







「うわー!仙道!見ろよ!」

 花火をしながら、ずっと見たかった花道の笑顔に見とれてぼうっとしていた仙道は、我に返った。

 花道が指差す方を見ると、そこには物凄い数の星が瞬いていた。

「スゲー……」

 仙道も思わず声に出してしまうほど、その星達は輝いていた。

「仙道……ありがと…な」

「……どういたしまして」

 照れくさそうに小さくそう言った花道の声は消え入りそうだったが、仙道の耳にはきちんと届いた。

 仙道は胸がほんのり暖かくなった気がした。

「俺よー…」

「ん?」

 次の花火を持たないまま、花道は夜空を見上げ続けている。

「お袋の持ってた星の本がスゲー大好きでよー。お袋と一緒に畳に置いたその本を覗き込むのが好きだったんだ……」

「………………」

「その本、スゲーでっかくて、手に持ってるのが大変なんだ。んで、お袋はそれをずっと大事にしてたんだ。親父に貰ったんだって言ってた」

 花道の横顔は寂しそうなものは微塵も無く、それよりも楽しい思い出を振り返る喜びで満ち溢れていた。

 仙道は黙って花道の話に耳を傾けていた。

 適当な言葉など掛けられない。

 見守ることも時には必要だ。

 仙道は花道のこの表情を見る度にそう思う。

「でもその本、無くしたんだ。何度か引越ししてる間に……。俺はガキだったから、本の1冊や2冊消えたところでそんなことはすぐ忘れちまった。自分でも無責任だと思うけど。ただ、やっぱりお袋は残念そうな顔してたっけ………」

「なんて言う本?」

 仙道が初めて言葉を挟んだ。

「うーん……、【なんとかの世界】だったかなぁ……よく覚えてねぇ。ただ大きさは覚えてる」

 花道はそこで地面に落ちてる花火セットの台紙を拾った。

「大体これの2倍くらい。開くと4倍になるか……とにかくデカイんだ」

「そっか…………」

「まぁ、多分古本屋に行けば売ってるかもしれねーけどよ」

 花道は屈託無く笑った。








「越野!!お前んちの近所に古本屋無い?!出来ればデカイところ!!!」

 夜の21時過ぎ、風呂に入りネットをやろうと髪をタオルで拭いながら椅子に座った途端、同級生の仙道から携帯に電話が入った。

「事情は分かった。分かったが…………お前なぁ、それ見つけて桜木に贈るつもりだろ?」

「うん、そうだよ」

「……………」

 越野はこっそり溜息をついた。

「あのな、古本屋のオヤジに絶版だと言われて、しかも希少価値のある本なんだって?それに出版社に在庫も調べて貰った。おまけに…なんだ?NA●DAにまで電話したのかよ!恥ずかしいことすんな!!!」

 越野はそこで一呼吸置いた。

「わざわざその絶版本に拘らなくても、星の本なんてそれこそ腐る程あるだろう。それにその絶版本だって、改訂新装版が発行されてるかもしれないだろ?そっちにしろよ」

 越野は首にかけていたタオルで頭をイライラと乱暴に拭いた。

「………ダメなんだよ、あの本じゃないと…」

「あ?」

 仙道が小さく言った言葉は、越野には聞こえなかった。

「………なんでも無い」

 とにかく!古本屋はあるの?無いの?仙道は電話越しに相手に詰め寄った。

「ったく!あるよ!ありますよ!古本屋!」

 結局越野は仙道に近所の比較的大きな古本屋の場所を教えた。

「大体さ。この前も花火探してなかったか?お前……。一昔前の”貢くん”じゃねーんだから、辞めとけよ」

 呆れてそう告げる越野にも動ぜず、仙道は「これが俺の愛し方なんだから口出ししないでくれる?」と言ってのけた。

 越野は惚気が続きそうな気配をいち早く察し、適当に…というか速攻電話を切った。

(勝手にやってろ!!!)

 越野でなくとも、そう思っただろう………。











 数日後。

「うーっす、仙道」

 越野は、教室に入ってきた仙道にヒラヒラと手を振った。

 今日は数日振りにこの男と同じ授業の日だ。

 大学は受ける授業が違うと、なかなか会う機会が無い。

 実は数日前からとても気になっていたのだ。

 あの本が見つかったのかどうか。

 いや、正確には「見つからないので落胆している仙道」の姿をこの目に収めたかっただけなのだが。

「おい、仙道」

「ん?何?」

 越野の隣に腰掛ける仙道に、越野は内心のウキウキは見せないように、あくまで普通に訊ねた。

「この前言ってた、例の本。見つかったのかよ……」

「例の本?」

「だからアレだよアレ。星の本!」

「あぁ!!」

「どうだったんだよ!」

 残念そうな、落胆して打ちひしがれた仙道の顔を拝めるかもしれないという期待(?)を胸に、相手の顔をじっと見つめた越野は、そこに信じられないものを見た。

「ふふ……」

 なぜか仙道は、うっとりと笑みを浮かべているではないか。

 蕩けそうな、ただでさえ下がっている目尻がデレデレと垂れ下がってしまっている。

「まさか…………」

 越野はこの絶対ダメだろうと踏んでいたので、まさかこんな仙道の顔を見ることになるとは露ほども思っていなかった。

「実はね……聞いてくれる?」

「イヤダ!!!聞きたくない!!!!!絶対絶対聞きたくないわい!!!!」

 越野は延々と続くであろう惚気話を拒否する為に、両耳を塞いで喚いた。

「イヤダイヤダ!!!」

「越野〜、聞いてよ〜!」

「イーヤーダー!!!」

 越野はほとんど涙目で仙道の「聞いて欲しいの」オーラに耐えた。

 そのうち教授がやってきて授業を始めたから良いものの、その日一日中仙道の惚気攻撃(?)から逃げるハメになったのだった。










 真相は………。

『桜木…』

『あ!これっ………』

 結局目的の本は見つからなかった。

 だから仙道はなるべく花道の思い出の本に近い装丁の本を探して、それをプレゼントすることにしたのだった。

『ホントは桜木が無くしたって言ってた本を贈りたかったんだけど…どうしても見つからなくて…』

『わざわざ探したのかよ!』

『うん一応ね……でも無理だった。ごめん』

『…………』

『桜木?』

 黙ってテーブルの上で、本のページをゆっくりとめくる花道。

『スゲー。全部カラーだ!』

 以前の本は、後ろの三分の一ほどがモノクロだったのだ。

 花道は大きさも以前の本にそっくりなそれに、熱心に見入っていた。

『…………』

 仙道も一緒に星を覗きこむ。

『これ、ホントに貰って良いのか?』

『桜木に貰って欲しいんだ』

 でも、あの本じゃなくてごめんな。

 再度そう謝る仙道に、花道は小さく首を横に振った。

『今度は俺が仙道から貰った。だからこれを大事にする。それで充分だろ?』

 ゆっくりと、でも相手に聞こえるようにはっきりとそう告げる花道は優しい顔をしていた。

 仙道はその言葉になぜか目頭が熱くなった。

『仙道?』

『なんでもないよ』

 表情を見られないように、少し俯いた仙道は何度か瞬きと深呼吸を繰り返し、顔をあげた。

 花道と目が合う。

『喜んで貰えて良かったよ』

 そう言って軽く手を握った。

 花道は照れくさそうに手を放そうともがいたが、やがて大人しくなって俯いた。

 その赤くなった耳を見て、仙道は幸せそうに目を閉じた。

 握った手がとても熱かった。






 その時。

 あの本は母との思い出。

 この本の思い出は、これから作る。

 花火も星も本も、思い出のまだほんの一部。

 大事なのはこれから。

 花道はそう思っていた。















 この一連の出来事を誰かに話したくてたまらない仙道は、結局最後には越野を捕まえ、さらには福田も引っ張り込み、語って聞かせることに成功したのだった。

















実話80%です。
ちなみに私が越野(笑)
でも仙道だったら、花道の為に不可能をも可能にしてしまいそう(笑)
やっぱり仙道は花道にメロメロなのが一番良い(笑)


(2004年10月31日初出)




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