【秘密基地】
草がぼうぼうで、材木も山積み。
なんだか怪しげな倉庫のようなその場所が彼らのいわゆる『秘密基地』だった。
「なぁなぁ!俺、この前クワタとマツイさんが一緒に帰ってんの見たんだ。あいつら付き
合ってんのかな」
「さぁ……」
花道と流川は積みあがった腐りかけの材木の上に並んで座り、ここへ来る途中で
買ったパピコを仲良く半分に割って、ちゅうちゅうと食べていた。
やっぱり暑い時にはパピコに限る!
大好きなあややも食べてるし!
花道は嬉しそうにちゅうちゅうと吸っていた。
それを見ながら流川は暑いので帽子を取った。
母親が買ってきたナイキキッズのキャップは流川のお気に入りだ。
あまり帽子は被らないが、夏は必ず被る。
髪の毛が汗で頭に張り付いているのが気持ち悪いので、手でくしゃくしゃと掻き混ぜた。
ちなみに花道は某球団のキャップだ。
こちらは花道の父親が好きな球団で、家にはグッズで溢れかえっている。
正直なところ花道は野球に興味が無いのだが……。
彼らが今座っているのは倉庫の扉の前で、かなり大きな庇がある為に丁度良い日陰に
なっている。
今日は涼しい風も吹いているので、とても快適だった。
花道は食べ終わったゴミをコンビニの袋へ放り込むと昨夜の出来事を思い出し嬉々として
流川を振り返った。
「そうだ!ルカワルカワ!あのさっあのさっ!」
「なんだ」
「昨日テレビでこっそり見た!」
「何を」
「キスシーン!」
花道は妙に嬉しそうにしている。
「先に寝ろってうっせーから寝たんだけど、トイレ行きたくて目が覚めちまったんだよ。んで、
音がしないようにリビングに行ったら母ちゃんがドラマ見ててさ!」
「………」
興奮している花道をよそに、流川は同じく食べ終わったゴミを袋へ投げた。
「ドアの隙間からこっそり見たんだけどさ……。なんかよぉ、ドキドキすんな!」
頬をりんごのように染めて力説する花道に、たまらず流川は身を乗り出した。
「うわ!」
頬に流川の唇のむにゅっという感触がして、花道は思わず仰け反った。
「何すんだよ、ルカワッ!」
涙目で文句を言いつつ頬をゴシゴシと擦る。
半泣きの相手が面白くなくて、流川は軽く睨んだ。
「なんで擦るんだ」
「気持ち悪いからに決まってんだろぉ!」
「俺は気持ち良いのに……」
「はぁ?!」
「柔らかくてふにふにしてるし、温かい」
「…………」
思わず擦る手を止めてしまった花道は、それでもやっぱり頬がベタベタしている気がして、
Tシャツの裾を捲ってさらに頬を拭いた。
「なんかベタベタするっ!何が気持ち良いだ!アイスの所為でベタベタして気持ち悪い!」
「…………」
気持ち悪いのはアイスの所為?キスじゃなくて?
流川は頭に疑問符が浮かんだが、言葉にする前に行動で示した。
「な、何……」
流川の顔がググッと迫ってきた。
さっきまで横にあった流川の顔が今度は真正面からずずいっと近づいてくる。
「ヤダ!」
花道は咄嗟に被っていたキャップのつばを下に思い切り引っ張った。
ムギュッ
「ぎゃーっ!」
流川の口がキャップ越しに自分の鼻に当たった。
そんなに厚手では無いキャップの布越しに伝わる感触は生々しく感じられた。
「やめろ!」
「これ邪魔……」
抗う花道もなんのその。
流川は花道の顔を強固に覆っているキャップをむしり取ろうとする。
帽子越しに流川が透けて見える花道は、ひたすら怖くて流川に帽子を奪われまいと必死だ。
攻防が続く中でも、流川の唇がもう何回顔に押し付けられたのか分からない。
「どあほう!」
「もうやめろ!どけっ!」
顔中へひっきりなしに唇が襲い掛かってくる。
もう花道は完全に流川に覆い被さられてしまった。
押し当てられる唇が終わらないので、花道は唯一自分を守ってくれるキャップをがっちり
掴んで顔から放さない。
一方流川はと言えば、花道の顔にキスしたくてたまらないのに、布がそれを邪魔している。
もういい加減我慢出来なくて、花道の両手首をきつく掴んで引き剥がそうと力を込めた。
「ッッッ!!」
次の瞬間、花道の膝が流川の股間へ深く命中した。
あまりの衝撃に、流川の手首の拘束が弛んだのをチャンス!とばかりに、花道は流川を
思い切り突き飛ばし、涙目のまま走り出した。
(逃げんのは大ッ嫌いだけど……っ!!)
負けず嫌いの花道は「逃げる」とか「負ける」ということが何より嫌いだ。
しかし自分に言い聞かせる。
(今はヒジョウジタイだから、良いんだ!!)
とにかく走って家に帰ろう!
もう流川なんかと遊ばない!
そう心に決める。
まだ心臓がバクバク鳴っている。
「………」
―――でも…。
少しだけ走る速度が落ちた。
俺が遊ばなかったら、流川は誰と遊ぶんだろう……。
アイツが他のヤツと遊んでるところなんて一度も見たことが無い。
近所には同級生がたくさんいるのに、いつも遊ぶのは花道だけだ。
「………」
完全に足は止まってしまった。
「別に可哀想なんかじゃねーぞ、あんなヤツ……」
俯いて唇を軽く尖らせ花道は呟いた。
「好きなんかじゃないけど、一応友達だし俺がいなきゃいつも一人だし……」
とうとう道路にしゃがみ込んだ。
足元にはアスファルトの崩れたところから緑の草が生えていた。
それを無意味にむしる。
「…………あぁぁぁぁぁもうっ!!!」
突然大声を上げたかと思うと、花道はバッと立ち上がり元来た道を走って戻った。
しかし、流石の花道も秘密基地の敷地内へ足を踏み入れると、思わず忍び足になってしまう。
(あいつ、まだいるかな………)
居て欲しいような、欲しく無いような複雑な気持ちのままそっと茂った草の間から様子を伺う。
(あ!居た!)
でも少し様子が変だ。
まだ蹲っている。
(まさか……!)
花道の顔が真っ青になった。
流川の大事なところが折れちまったんじゃ!
股間への攻撃は咄嗟のことだったんだし、仕方無い。
(でも思いっきり力入れちゃったし……)
どうしよう。
少し考えて、結局そっと流川に近づいた。
(俺の所為でアソコが折れたらヤダし……)
ほんのすこし躊躇いなら、花道は小声で流川を呼んだ。
「ル……カワ?」
「どあほう!?」
バッと凄い勢いで流川が後ろを振り向いた。
その勢いにビクッと肩を竦める。
恐る恐る流川を見ると、その顔には汗がいっぱい浮かんでいて、眉毛は歪み、前髪は額に
張り付いていた。
ついでに両手で股間を抑えている。
「あ……ルカワっ…」
花道は慌てて流川の斜め後ろへしゃがんで腰の辺りに手の平をあてた。
そしてトントンと軽く叩く。
「大丈夫か?」
気の毒そうな顔で流川を覗き込むと、苦しそうに何か呟いた。
しかし声が小さくて聞こえない。
「何?ルカワ……」
無防備に流川へ顔を近づけると、思い切り唇にキスされてしまった。
「んんっ!!」
全く予期していなかったので、ふいを突かれた。
あまりのことに呆然としている花道を見て、流川は「してやったり」と言わんばかりにニヤリ
とした笑みを浮かべた。
冷や汗が出て苦しげなのに、この余裕。
「〜〜〜〜ッッッッ!!!」
今度こそ花道は怒り爆発して顔を真っ赤にして、立ち上がった。
「お前なんてちんこ折れちまえ!バカッ!アホッ!せっかく戻って来てやったのに!お前なんて
もう知らねー!!」
花道は一気に捲くし立てると、流川に一発頭突きをお見舞いしてから猛然と走り出した。
流川のバカ野郎!
ヘンタイ!!
どあほう!
思いつく限りの悪態をついて、花道はぜいぜいと息せき切って家へ戻った。
「もうあんなヤツと遊ばねーぞ、絶対!」
プリプリ怒りながら玄関で靴を脱ぎ捨て、キッチンへ向かう。
家人は仕事で昼間は誰もいない。
冷蔵庫を開けると母親が作っておいてくれた麦茶が良く冷えていて、花道はそれをコップに
注いで一気に飲み干した。
「ふぅ……」
思った以上に喉が渇いていたようだ。
頭に血が上ってどうしようもなく腹が立っていたけれど、麦茶のおかげですこしだけ落ち着いて
きたみたいだ。
でも流川を許した訳じゃないけど。
「クソーッ!」
怒りがぶり返してきたので、コップにもう一杯麦茶を注いだ。
ピンポーン
「ぬ?誰だ……?」
玄関の呼び鈴の音に、花道はコップを置いて玄関へ向かった。
「どちらさま――」
「どあほう」
「ゲッ!ルカワ!」
果たして玄関に居たのは、ついさっきまで一緒にいて、まさに今花道が怒っている原因を
作った張本人だった。
「テメー!何しに来やがった!」
目を三角にして目の前の男を睨み付ける。
「…………」
睨まれた流川は少しだけ気まずそうに手を差し出した。
そこには花道が被っていたキャップ。
「あ………」
いつの間に落としたんだろう、全然気付かなかった。
びっくりして思わず流川を見ると、彼は少し目を伏せてそわそわと落ち着かない様子で。
額には前髪が張り付き、そこには頭突きの後が赤く腫れている。
そして走ってきたのか、息が上がっていてかなり汗をかいていた。
「………」
無言でそっとキャップを受け取った花道に、そそくさと帰ろうとして流川が踵を返した。
「待てよ」
短い言葉に動きを止めて、小さく流川が振り返る。
視線が合った。
「…………」
少しの沈黙の後、「入れば」と言いながら玄関を大きく開けて、流川が入りやすいように体をずらした。
「……麦茶くらい飲ませてやる」
拗ねたようなその口調は、けれど頬を染めた様子から照れているようにしか見えなかった。
「………」
返事もせずなかなか入ろうとしない流川に焦れてチラッと目をやると、花道は面食らった。
流川がほんのり笑っている。
「…良かった」
「へ?」
「嫌われたと思ったから」
「……」
「もう遊んでくれないかもって思ったし」
「……平気かよ」
「何?」
「だからぁ!アソコは大丈夫なのかよ!」
「あぁ………もう平気。多分……」
「…そ、そっか……」
「おう……」
いつものように花道と話が出来て安心したのか、どこかほっとしたような流川の様子に益々
照れくさくなり、花道はデカイ声で「とっとと入れよ!」と怒鳴った。
「お邪魔シマス」
そう言って玄関に入って来た流川は、やっぱりまだ笑っていた。
END
この秘密基地(笑)はまだ近所にあります。
でも今はジャングルのようで人が立ち入る事は難しそうです(汗)
ちょっと説明不足だったかしらと思いますが、流川は花道が大好きで、
花道は流川の好意(行為ともいう・笑)に戸惑い気味。
今後進展するかも?しないかも?(笑)流川の努力次第です。
ちび流もちび花も書くの楽しい……(笑)
(追記)これはWEB拍手から頂いたネタです。
リクエストは『小学生な流花』でした。遅くなりましたがその節は
ネタを提供下さってありがとうございました!多分もうリクエスト
して下さった方はここをご覧になっていらっしゃらないと思います。
だって頂いたのが随分前だから(汗)本当に遅くなってしまい申し訳
ありませんでした(汗)とても楽しく書かせて頂きました!
(2005年9月6日初出)
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