【ほしいもの】











 休日の午後。空は晴れ渡り絶好のお出かけ日和。

 しかしそんなこととは関係無く、湘北バスケ部の面々は部活動に勤しんでいた。

 前半の練習が終了し、皆それぞれ思い思いの場所に陣取り後半の紅白試合に備えて休息を取っていた。

「あつーっ!」

「水水!」

 そう騒ぎながら体育館外の芝生へ出て行く問題児三人。

 そしてその三人の後ろを汗を拭いながら無言でついていく男が一人。

「あづいー!!」

「今は一体何月なんだ!」

「十月ですよ、一応……」

 水道で水をがぶ飲みし、そのまま木陰になっている芝生へ豪快に寝転ぶ三人は、ぶちぶちと文句をたれる。

 大きな木の根元に広がる芝生へ横たわると冷たくてさわやかな感触と草の香りが体全体で感じられてすごく気持ちが良い。

 風もかすかに肌をかすめ、ほっとする。

 枝の隙間から見えるのは真っ青な空だけ。

「すげー良い天気」

「雲ひとつ無いぜ」

「なんかよー。空飛びたくなんなー、こんな良い天気だと」

 三井がぼそりと言った。

「どうやってっすか」

「そりゃおめー、そうだなぁ……タケコプターとか」

「あんたはそんなの使わなくたっていくらでも飛べんでしょ」

「あぁ?なんで」

「頭軽いから」

「てめ!宮城!」

 俺が軽いならおめーもだろうが!

 聞き捨てならんと三井が飛び起きて言い返すと、花道まで「ミッチー頭軽いのか。空飛べて良いなぁ!」とニヤニヤ笑う始末。

「おめーら……」

 わなわなと肩を震わせていると、三井はカサカサと草の鳴る音に気づいた。

 それと同時に花道の顔を真上から覗き込んできた人物。

「んだよ、流川。邪魔だ!」

 せっかく空を眺めていたのにそれを遮られて花道は腹が立った。

「どあほう」

「うっせー!おめーなんてあっち行け!」

 子供のように喚く花道にふーやれやれと肩を竦めて、やおらその傍らへ腰を下ろした。

「そこ座るな!俺の場所だ!」

「そんなの決まってねぇ」

「決まってんだ!俺の場所なんだからあっちいけ!」

 花道は飛び起きて流川をこの場から追い返そうとやっきになる。

 しばらくギャーギャー言い合っていた二人だが、いい加減三井と宮城もうんざりしてきた。

「うっせーぞ、お前ら。二人とも向こう行け」

 ごろりと寝転がり三井が顔をしかめる。

「そうそう。二人仲良くあっちでイチャついてろ」

「なっ!!」

 ニヤニヤ笑いとセットで受け取った言葉に花道は真っ赤になった。

「ななななっ!」

「はいはい。俺らのお昼寝を邪魔しなけりゃここに居ても良いぜー?ゆっくりお前らのイチャイチャを聞いててやっから」

「暑いのがせっかく涼しくなったのに、また暑くなりますねー、三井さん」

「まったくだ」

 そして後輩をからかうのはなんて楽しいのだろう。

 三井は笑みを浮かべて目を閉じた。

 しばらくそうしていると、ボソボソ声が聞こえたのでちらっと花道達を盗み見る。

 流川が持参した水筒のコップを受け取り、美味そうにごくごく飲む花道とそれをほんわり見つめる流川が居た。

(なんだかんだ言ってもホント仲良いなコイツら……)

 三井はこっそり笑った。

「うーん、タケコプターも良いけど……」

 突然宮城が言い出した。

 どうやら彼は空をずっと見ていたようだ。

「俺はどこでもドアが欲しいっすね」

「……どうせ彩子の入浴シーンを覗き見する為だろ」

「俺はのび太っすか!」

 違いますよ!学校来るのが楽だから!

 赤くなって慌てて否定する宮城を疑わしそうに見ると、今度は宮城が言い返す。

「そういうあんたはタイムマシーンでしょ。過去に戻って無駄な時間を取り戻したいんだ」

「ウッ…!そ、そんなことはねー!お、俺は別に…!」

 思い切り動揺する三井に白けた眼差しを送る宮城。

「俺はパーマンが良い!」

『漫画が違うだろ!』

 三井と宮城から突っ込みを頂戴した花道は「そうだっけ?」と首を傾げるばかりだ。

「んじゃ、お前は?」

 三井はため息をついて流川にも話を振ってみた。

「………」

 少しの間のあと、口を開いて流川が何か言おうとしたその時―――。

「集合!紅白試合始めるわよー!」

 彩子の呼び声によって休憩は終了した。














 その日の夜。

 いつものように花道の家へ上がりこんだ流川は、風呂も夕飯も済ませテレビを見ながら二人で食後をのんびりと過ごしていた。

「なぁ、流川」

「あ?」

 テーブルに頬杖をつき眠そうにテレビを見ている流川が振り返った。

「あんときなんて言おうとしたんだ?」

「あんとき?」

 片眉をあげて問いかけると、花道はじれったそうにした。

「だから、今日の部活んとき!休憩してるときミッチーに聞かれただろうが!」

「………」

 睡眠を欲して半ば眠りつつあった脳みそを揺り起こし、記憶をゆっくりと辿る。

 そういえばそんなこともあった。

「スモールライト」

「へ?」

「スモールライトが欲しいって言うつもりだった」

「スモールライト?」

 問い返すとコクリと頷いた。

 確かそれは光を当てた物が小さくなってしまう道具だったような。

「そんなもんどうすんだ?ま、まさか俺を小さくして変なことしようと企んでるんじゃ……」

 しばらく考え込み、やがて流川は頷いた。

「………それも良いかも」

「それも?んじゃ何を小さくすんだよ……」

 不思議そうにする花道へ流川は自分自身を指差した。

「……自分?」

「そう自分」

「なんでまた」

 小さくなって何をするつもりなのか。

「…小さくなればおめーが優しくしてくれる」

「はぁ?」

「おめーは自分よりちっさいヤツとか弱い奴にすげー優しくするから。俺もちっさくなって優しくしてもらいてえ。そんでいつもずっと一緒に居る」

 流川は頬杖をついたままじっと花道を見た。

 ぴたりと視線が重なると、花道は途端に居心地の悪さを感じ始める。

「んだよ、それ……俺は別に……」

 花道が少し目を逸らすと向かい側から小さなため息が聞こえた。

 見ると流川も頬杖をついたまま目を伏せてテーブルの上にあるマグカップを見ている。

「おめーが優しいことは、とっくに良く分かってっけど。でもやっぱ俺が小さくなればおめーといつも一緒だし、おめーに優しくしてもらえるし、良い事ばっかりだから」

「…………でもバスケ出来ねーぞ」

「バスケすっときは元に戻る。でも終わったらまたちっさくなる」

「そんなんしたら帰りにラーメン一緒に食えなくなるぞ!」

「……おめーに麺を二三本分けて貰えば済む」

「風呂はどうすんだよ……」

「目玉の親父みたいにすれば」

 お椀の中で寛ぐ流川を想像してみる。

「変だ」

「別に変じゃねー。水も節約できる」

 いつも無駄遣いしないで節約しろって言うじゃねーかと流川。

「べ、勉強はどうすんだ。赤点取ったらバスケ出来ねーぞ!」

「小さくても勉強くれー出来る」

「教室で授業受けられないだろうがっ」

「特別におめーのクラスで一緒に受ける。同じことやってんだから別に平気だろ」

 そうすりゃクラスが違ってもずっと一緒だ。

 相変わらず流川は目を伏せてカップを見ている。なんだかどうでも良いことを喋っているように気の無い態度だ。 

「……どうやって家帰るんだよ」

 そういうと初めて流川は考えるそぶりを見せた。

「……そんときは仕方ねーから元に戻る。着替えとか持ってきて用が済んだらまた小さくなっておめーのポケットにでも入り込む」

「………」

「とにかく小さくなればいつでもどこでもどんなときでもずっとずっと一緒にいられる。それにおめーが優しくしてくれる」

 だからやっぱりスモールライトが良い。

 そういうとなぜか突然鼻を啜る音がした。

 視線を上げると花道が目元を赤くしてテーブルを睨み付けていた。そして拗ねた時のクセで唇を尖らせていた。

「なんでんな顔すんだ」

「………」

「おめーが聞いてきたから答えただけだ」

「………」

「名案だと思うケド」

「……だよ」

「なに?」

「キ……とかどうすんだよ」

「………」

「おめーが小さくなったら……イ、イチャイチャも出来なくなるんだぞ。良いのかよ。俺は別に良いけどよ。清々するぜ厄介事が無くなってよ!」

 耳まで赤くして早口で捲くし立てる花道は潤んだ目を隠そうともせずテーブルを睨み続けた。

「………しなくても…良いかも」

「!!」

 一瞬傷ついた表情をみせた花道へ流川の胸は罪悪感でチクリと痛んだ。

 滅多に出てこない悪戯虫が現れて花道をいじめてしまった。

 いよいよ花道の大きな目から涙が零れ落ちそうだ。

「嘘だ」

「……っ…っ…」

 慌てて否定したものの鼻を啜る音が一際大きくなった。

「それにただの例え話だ」

「分かってる!」

 強がってみせる花道へ流川は身を乗り出した。

「お前最近涙もろい」

「うっせー!」

 そろっと手を伸ばし、流川は花道の頬を親指で拭ってやった。ついでに濡れた頬を軽く抓ってやる。

「イテーぞ……」

「当たりめーだ、現実なんだから」

「………」

「ありえねー話なんだから落ち着け…どあほう」

「どあほうじゃねー!」

「例え話で泣いたヤツはどあほうで十分」

「クソー!」

「でも調子に乗って泣かした俺も悪い」

 花道が顔をあげた。

「ごめん」

 一言そう言うと、花道は顔を振り頬を抓る手を払いのけ小さく呟いた。

「前にドラマでやってた……」

 黙って先を促すと、花道は小声で続けた。

「女の人が突然小さくなっちまうヤツ」

「………」

「それ、結局元に戻れなくて女の人がし…死んじまうんだ」

 あいにく流川はそのドラマを知らなかった。

 けれど、花道はそれを思い出して悲しくなったのかもしれない。

 流川は自分の失態を思い知った。 

「例え話だし俺は死なねー」

 そう言うと花道は小さく頷いた。涙がポロリと落ちていった。









 
 流川は暗闇の中、隣で眠る花道の背中を見た。

 自分と同じくらい広い背中。

 でも今は小さな子供のように見える。

 わざと背を向けて眠る花道へ、流川は背後から腕をまわし緩く抱きしめた。

 せめてこの背中が寒くないよう体をぴたりとくっつけて。

 すると花道の体の力が抜けて、規則正しい寝息が聞こえはじめる。

 流川もそれに誘われるように、やがて深い眠りについた。














 翌日。

「先輩」

「あ?」

 呼ばれた宮城は背後にのっそり立つ流川に少しだけ驚いた。

「な、なんだよ流川。どうした」

「もうアレの話はしないで欲しいっす」

「アレ?」

「空飛ぶ道具とかタイムマシーンとか」

「はぁ?なんで?」

「なんでも、っす」

 もう用は済んだと背を向ける流川に宮城は「そういえば」と声を掛けた。

「お前は何が欲しいんだよ」

 すると流川は振り返り「どこでもドア」と呟いて部室を出てしまった。

「……俺と同じ理由か?」

 宮城は少し首をかしげ、流川の登校時の様子を思い出していた。

 確かに自転車で居眠り運転するよりは楽だろう。

「でもなんで話するな、なんて言うんだか」

 またしても宮城は一人首を傾げていた。






(……あのドアがあればいつでもどこでも速攻でどあほうんとこに行ける。ドア一つで繋がってるから安心だし……)

 寂しい思いもさせずに済む。

 流川はそんなことを考えながら、花道の待つ体育館へ足早に向った。














END
















WEB拍手へお礼として掲載していたSSです。
初出が2月で再掲載が6月ですが、話の中では10月です。
季節バラバラだ(笑)花道はなんというか、強い子なんだけど、
時折見せる脆い部分が人を惹きつけてやまないのだろうと勝手に
想像しています。そんな部分を流川が真正面から受け止めて
一緒に抱えてくれたら良いなーという願いっていうか願望を込めて。
花道はいっぱい魅力を持ってるけど、すべてが愛しいです。
愛しくて仕方ない。流川もきっとそう思ってるに違い無い(笑)


(2007年2月18日初出)



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