【Lovin' You】












「ホントに大丈夫か?」

 心配そうにする友人達へ仙道は笑顔で答えた。

「平気だよ。ちゃんと家まで送るから」

「俺はまだまだ平気だー!次行くぞー!次ぃ!」

「もう帰るんだよ、桜木」

 苦笑する仙道へほっそりとした女性が近づいた。

「桜木君、ホントに大丈夫?」

 仙道の肩に腕を回して支えられている花道を下から心配そうに覗き込むと「はい!平気れす!」と全く平気そうに思えない返事をする。

 不安そうに仙道を見上げる彼女へ「駄目なら途中でタクシー拾うから大丈夫だよ」と安心させるように笑う。

「それじゃ気を付けて」

「明日の出席票、二人分やっとくから!」

「助かる。そっちも気を付けて」

「何かあったら電話しろよ!」

「あぁそうする」

 花道を支えながらひらひらと手をふる仙道を名残惜しそうに振り返る女性も、次第に遠ざかる。

 友人達を見送り、仙道は肩に凭れる花道へ「それじゃ行くか」と声を掛けた。

「自分れ歩ける……」

 ろれつの回らない花道をしっかり抱えなおし、仙道は歩き出した。












「桜木、ちょっと休もう」

 そう言って流石にちょっとくたびれた仙道は小さな公園へ入った。

 そこは電灯がいくつか灯っていて思いのほか明るい。

 ベンチへ花道を座らせると、入口近くにあった自販機でウーロン茶を2缶購入する。

「ほら、飲めよ」

「んー……」

 ぼんやりしている花道へ暖かいウーロン茶を差し出す。

 思ったよりしっかりとそれを受け取ると、花道はゴクゴクと飲んだ。

「飲み過ぎだぞ」

「うっせー…」

 顔を赤くして不貞腐れたように言う花道を見て、仙道はあきれたような溜息を吐き出す。

 カシュッと音を立てて蓋を開けると、仙道もそれに口を付けた。

 ほっと一息ついて思わず目を閉じる。

「なんで……」

「え?」

「なんで……こっちに来るんだよ……」

 その呟きに仙道は目を開けて隣を見た。

 花道は唇を少し尖らせて目を伏せていた。

「なんで俺んとこに来るんだよ。あっち送って来いよ…こっち来るなよ……」

「……あっちって?」

「………」

「桜木?」

「ゆ……雪子さんとこ……」

「………」

 花道は居心地悪そうに身動ぎする。

 そうしてしばらく花道を見ていた仙道は、はぁ…と大きく溜息を吐いて視線を足元へ落とした。

「彼女はアイツらが送るから大丈夫だよ」

「違う!!ゆっ…雪子さんはお前にっ……」

 ほっそりした色白の美女は、別れ際仙道をとても名残惜しそうに見ていた。 

 成績優秀でスポーツ万能の社長令嬢である彼女は、花道達と同じサークルに所属している。

 彼女を狙っている男も多いが、それと同時に彼女が仙道に好意を寄せているのもまた周知の事実だった。

 気配りが出来て明るく優しい雰囲気と物腰を持った彼女はまさに完璧なお嬢様そのものだ。

 花道さえいまだに二人きりでは会話が上手く出来ないほど緊張してしまう。

「俺が送りたいのはあの子じゃない」

 尚も言い募ろうとした言葉を仙道がきっぱりと遮った。

「俺は桜木と帰りたかった。そんなこと言うなよ」

「…でも………」

「分かってて言うの?タチ悪いな」

「そんなこと………」

 だんだん萎れていく花道の勢いに、仙道は足元へ落としたまま視線が上げられない。

 辺りに二人分の白い息が舞う。 

「言ったじゃんこの前。好きだって………」

「…………」

 そう呟くと花道は項垂れてしまった。

 仙道はウーロン茶で唇を湿らせる。

 会話が途切れ、ほんの数分二人の白い息だけが生まれては消えた。

 先に口火を切ったのは仙道だった。

「ごめん………」

 花道はハッとして隣を見た。

「困らせようと思った訳じゃないんだ…ごめんな」

 そう続ける仙道の横顔は寂しそうに笑っていた。

「………謝んなよ……」

「え?」

「別に悪いこと、してねーんだから……」

 謝る必要は無い。

 花道はぼそぼそと言った。

「……うん……」

 ぽつりと返事をすると、また会話が途切れた。

 かろうじてまだ暖かいウーロン茶を二人はもくもくと飲む。

「桜木さ……」

「あ?」

 仙道は少し躊躇った後、続けた。

「誰にも、言わなかったんだな」

 そう言うと、花道は首をかしげた。

「何を…?」 

「俺が告ったこと」

「!」

「周りのヤツの態度がさ、全然変わらないんだよ、あの後も。だからきっと誰にも言わなかったんだなぁと思って、さ……」

 人間は想像以上に醜いもので、表面ではたとえ仲間だと振舞っていても、何かやましい事があれば裏で陰口を叩くものだ。

 この手の噂なんてまさに電光石火の勢いで広まる。

 少なくとも仙道は昔からそういうものだと理解している。

 悲しいことに、仙道はそのちょっとした態度の変化にすぐに気付いてしまう方だった。

 自嘲するように口元を歪めた仙道は「ふざけんなっ!」という怒鳴り声に、思わず動きを止めた。

「俺は……そんなことわざわざ言い触らすような人間じゃねえぞ!」

 仙道を睨みつける花道はもう酔った様子は微塵も無かった。

 暫らく仙道を睨むと、勢いよくウーロン茶を一気に飲み干した。

 呆気に取られていた仙道はやがて力が抜けたようにふっと笑った。

「うん、そうだな。桜木はそんなことしないよな」

「当り前だ!俺を見縊るな!」 

「うんうん」

「お、俺は……マジなヤツをちゃかしたりしねーし、裏切ったりしねー」

「……うん」

「あん時、センドーはマジだったし……」

「………」

 仙道は思わず目を閉じた。

 あぁ、彼が好きでたまらない。

 今、あらためて強く思う。

 どうして男なんて好きになったのか。

 どうしてそれが花道なのか。

 今、それがようやく分かった………。

「桜木だから言えたんだな、きっと」

「ぬ?」

 訝しそうにする花道へ、仙道はカラっと笑う。

「他のヤツなら怖くて言えなかったけど、桜木なら真剣に聞いてくれると思ったから、コクれたのかも」

「ぬぬっ……」

 花道は眉間に深い皺を寄せた。

「ははっ!桜木なら言っても大丈夫って、無意識に思ったんだな。我ながら偉い」

 どこまでも真っ直ぐな花道。

 好きになったのがたまたま花道だったのか。

 花道が真っ直ぐだから好きになったのか。

 それはもう自分でも分からない。

 ただ言えるのは、花道を好きになったことを後悔していなければ、彼へ告白したことも一切後悔していないと言うこと。

「俺さ、ここだけの話。新宿二丁目のお世話になんなきゃいけないかなーと思ったことあるんだ」

「新宿?」

 眉間に皺を寄せる花道を横目で見ながら、仙道は頭の後ろで両手を組んで笑う。

「そう。でもさ、女の子が駄目って訳じゃないし、それはどうかなーってね」

「…?」

「……桜木」

「あん?」

 『新宿二丁目ってナンダ?』と首を捻りつつ花道は仙道を見た。

 仙道は頭の後ろで手を組んだままベンチに背を預け、夜空を見上げていた。

「お前さ。俺を振って、女の子と付き合っても、まだ俺と友達でいられる?」

「なに………?」

「俺はきっと振られても桜木と一緒に居たいと思う。お前と彼女の幸せを祝えると思う」

「……センドー?」

「何もいらない。そばに居られれば満足だから。もし彼女が出来たら一番最初に教えてくれよ」

 夜空を見上げながら仙道は笑った。

 嘘じゃない。

 花道のそばに居られるなら、恋人ではなく友人というスタンスでも良い。

 他の何を置いても真っ先に駆けつけて、彼を友人として支えられたら。

 仙道は本気でそう思うけれど、それは花道が仙道を友として受け入れてくれなければ意味が無い。

 ―――本音を言えば、花道が欲しい。

 誰にも渡したくない。

 けれど、最初から成就することを期待していない想いだ。

 過剰な期待は初めから持っていなかったから、きっと平気だろう。

 ただ、それを想像するだけでこの胸が締め付けられるほど痛む。

 だからそれが現実になったら、正直自分がこの痛みに耐えられるのか自信が無かった。

 それでも仙道はこの痛みを抱えても、きっと花道の傍に居たいと願うだろう。

 それは確信に近い想い。

「不思議なんだよな。普通なら振られた相手と会うなんて気まずいし、ましてや友達でいましょうなんて、ありえないだろ?」

 自分でも不思議に思う。

 どうしてこんな気持ちになれるのだろう。

 たとえどんな形であっても、花道の隣を誰にも譲りたくないのかもしれない。

「でも桜木が嫌なら仕方ねーけどさ」

 笑いながら振り返ると、俯いて悩む花道の横顔があった。

「分かんねー」

 ポツリと花道が言う。

「ダチでいられるか、分かんねー……」

 正直で真っ直ぐな答え。

 仙道はそっと目を細めた。

「その時にならないと分かんねー。だから……」

「ん?」

「そ…それまでちゃんと傍に居ろ!」

「!」

「ちゃんと傍に居て、俺にか、彼女が出来るのを待ってろ!」

「………」

 仙道は言われたことを脳内でゆっくり反芻し、やがて声をあげて笑った。

「あははっ!そっかー!俺が見届けてやらなきゃ駄目なんだな!」

「そ、そうだ!俺に可愛い彼女が出来るのを指咥えて見てろ!真っ先に自慢してやる!」

「可愛い彼女ねぇ。どうかな…」

「んだと!俺がモテモテなの知らねーのか!」

「モテモテならなんで彼女居ないのかな?ん?」

「そ、それは…皆が遠慮してだな………」

「へぇぇぇ!」

「なんだ、その”へぇぇぇ”は!!」

 憤慨した花道を面白そうに見ていた仙道は、やがて公園の時計を見て「あ、もうこんな時間か…」と呟いた。

「さて、そろそろ帰るか」

 そう言って立ち上がり大きく伸びをする。

「もう酔い冷めただろ。トイレ行きたきゃあそこにあるから」

 指差した方向には薄暗い電球が灯っている恐ろしげな公衆トイレだった。

「げっ!ヤダよ、あんなとこ!」

「何、怖い?」

 ニヤニヤ笑う仙道を残し、花道は立ち上がりスタスタと公園の出口へ歩き出した。

「早く帰るぞセンドー!」

 怒鳴る花道は、それでも仙道が追いつくのを待っていてくれる。

 仙道は「お化けが怖いのか?」とからかいながら花道の背中をポンポン叩いて追い越した。

「そんなもん怖くねー!あ!おい!待て!」  

 背後から聞こえる焦ったようなその声に、仙道はこっそり笑って、やがて苦しそうな顔をした。

 さっきは重い雰囲気になりそうになったから、仙道はわざと笑って話を微妙に逸らした。

 花道を困らせたくない。

 ただそれだけだ。

 告白しても傍にいることを許してくれた花道に、好きという気持ちが膨れ上がる。

 誰かに今すぐ自慢したい。

 俺が好きになったのはこんなにも凄いヤツなんだ、と。

 花道ほど包容力を持った人物を仙道は知らない。

 暖かくて彼の傍はとても居心地が良い。

 時には勿論もどかしい思いもするが、それでも彼の傍に居たい。

 我ながらズルイことを聞いたと思う。

 「嫌だ」とは多分言わないだろうと、内心で賭けていた。

(良い人ぶってもやっぱり中身は”ただの人”だよな…俺も)

 それでも好きなんだ―――。 

 声に出さず呟くと、花道が隣に追いついた。

 仙道はジクジクと疼く胸の痛みを押し隠し、寒そうに肩をすくめる花道へ笑いかけた。

 それは、少し切ない笑みだった。 

















END













WEB拍手へ粗品として載せていました。つい最近まで
載せてたような気がします(汗)この二人はこの先どうなる
のか私も分かりません。くっつくとは思いますが(笑)
花道はまっすぐで、人の気持ちをとっても大切にする子だと
言いたかったのです。そして仙道もそんな花道に救われて
るんだろうなと。そんな二人が出会って一緒にいるのは
必然なのですねー(笑)そういや説明が無いですが二人とも
大学生です。出席票ってのは大人数で行う授業で出欠を
確認するために一人一人に配られる紙のことです。そこに
氏名や学部学科名を書いて教授へ提出し出席扱いになります。
だから友達に代わりに書いて提出して貰うなんてことも可(笑)
……でも良い子は真似しちゃいけません(笑)




(2006年3月4日初出)








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