【おみくじ】
「楓!起きなさい!」
布団の中でもぞもぞしていると、母親が起こしにきた。
「お餅いくつ食べるの?」
「……4つ」
「4つね。すぐ焼けるから早く下りて来なさい」
流川は頭をボリボリかきながら頷いた。
時計を見ると8時だった。
くぁ〜と大きな欠伸をしつつ、流川はのっそりと起き上がり、パジャマ代わりのスウェットのままリビングへ下りた。
「起きたのか」
父親が新聞から顔を上げた。
「…はよ」
「おはよう」
のろのろと椅子に腰掛けると、キッチンから餅の焼ける香ばしい香りがしてきた。
2つはお雑煮へ、2つはお醤油と海苔で食べるのが流川の元旦メニューだ。
「はい、それじゃ食べましょう」
母親も席につき、元旦の朝食が始まる。
新年の挨拶を交わし、その後に息子の誕生日を祝う。
「誕生日おめでとう。はい、プレゼント」
「……サンキュ」
事前に何が欲しいのか聞いていた母は、大きな紙袋を息子に渡した。
中身はNIKEのスウェットだ。
ちなみに去年は高校入学祝いも兼ねて自転車を新調してもらった。
「今年もバスケ頑張れよ」
「あぁ」
父は読んでいた新聞を脇に寄せて、雑煮を食べながら息子へ言った。
「勉強もちょっとやってくれたら助かるんだけど…」
「………」
母の小さい愚痴は聞かなかったことにする。
そんな息子を見て母は大きな溜息をついた。
「あ〜あ、あたしもサイパン、行きたかったなぁ……」
「………」
今度は父が無言になった。
「今頃何してるんだろ、早苗」
早苗とは流川家の長女だ。現在OLで、今年の年末年始は友人とサイパンで過ごしている。
「羨ましい、南の島なんて……」
餅を箸で伸ばしながら、父に聞こえるように母が言う。
「昨夜の電話じゃ元気そうだったな」
父は冷や汗を浮かべながら母に話を合わせる。そうしないと後が怖いので。
昨夜は夜中の0時過ぎに娘から電話があった。
周りがやけに賑やかで、まともな会話にならなかったが、どうやら元気そうだった。
「早苗ばっかりズルイから、あたしも今日は頑張るわよ!」
2人共早く食べちゃってね!
「………」
「………」
いそいそとおせち料理を摘む母に、息子と父は今日のことを思って無言の溜息をついた。
「あらあら!お父さん、見て!中吉!」
「俺は吉だったよ」
「…………」
朝食後、両親と共に初詣へやってきた流川は、2人のおみくじの結果を横目に筒をガラガラと揺さぶった。
逆さにすると細い棒が1本出てくる。
背番号と同じ11番だった。
流川は棒を筒に戻し、目の前にある11番の引き出しを開けた。
「!」
中から取り出した紙には――【大吉】――の文字が。
紙の文字にはどこもかしこも良い事しか書いていない。
なんてツイているのか。
紙を食い入るように読んだ流川は【恋愛】のところで動きが止まった。
『全てにおいて良い結果が得られるでしょう。』
そこにはそう書かれていた。
「…………」
流川楓は、(今年)初めて(ニヤリと)笑った。
「うっ!」
「何だよ、花道」
「な、なんか寒気が………」
流川家が揃って初詣へ赴いている頃、花道は桜木軍団と共に別の場所へ同じく初詣にやって来ていた。
洋平がおみくじを木に結びながら言う。
「風邪引いたのか?」
「いやいや、ありえねー」
「だって何とかは風邪ひかねーし」
「そうそう」
次々と好き勝手なことを言う仲間にキレて頭突きをかまそうとしたが、派手なくしゃみが襲ってきて出来なかった。
「なんだよ、マジ風邪かぁ?」
「わかんね…っくしゅ!」
花道は2回続いたくしゃみに顔をしかめた。
「悪い噂かよ……」
「元日早々噂されてんのか。人気者はツライな、花道〜」
「ふん!」
にやにや笑う洋平を鼻を啜りながら睨みつけ、花道はひときわ高いところへおみくじを結ぶ。
「んな高いところにやっても、無駄だと思うぞー」
「そうそう」
「なんせ【大凶】だもんなー!」
「俺、見たこと無いぜ【大凶】なんてよー」
そう言いながらゲラゲラ笑う仲間達に花道は顔を赤くして拳を握り締めた。
「………てめーらぁ……」
(やべっ!)
「お!花道!腹減んねーか?焼きソバ奢ってやるぜ」
洋平は花道の様子をいち早く察し、餌(食べ物)で花道の気を逸らした。
「ふん!誤魔化そうたって―――」
「たいやきも付けるぜ」
「仕方ねーから食ってやる!」
笑顔全開でころっと洋平に転がされた花道は、おみくじのことを忘れたように露店へ向かう。
その後ろ姿を眺めつつ、洋平達はほっと胸を撫で下ろした。
その頃。
大吉のおみくじを木の上の方へ結んだ流川は、とある露店の前で足を止めた。
「食べたいの?それ」
「………」
母は目を見開き驚いた様子で息子の視線の先を見た。
そこには真っ赤で大きなりんご飴。
「あんたがこんなの食べたがるなんて珍しい…」
そう言いつつ母親はりんご飴を一つ買った。
「はい。食べられなかったら袋に仕舞いなさいよ」
受け取ったりんご飴を、流川はじっと眺める。
甘くて大きくて真っ赤なりんご飴。
なんだか誰かさんを思い起こさせる。
真っ赤な髪で自分と同じような身長の男の顔が浮かぶ。
「…………」
袋から出すと、甘い香りが広がった。
飴でコーティングされたりんごの表面はきらきらしている。
「…………」
流川は目を細めてそっと舌先で舐めた。
「ひぃっ!」
「うぉ!な、何だよ!」
花道が突然奇声をあげたので、隣を歩いていた洋平は大層びびった。
「なんか今、すげーゾクッとした!ゾクッと!」
花道は鳥肌が立った腕をダウンジャケットの上から強く擦った。
体がなぜかブルブル震えている。
「おいおい、マジで風邪じゃねーの?」
「正月から何やってんだよ」
「熱ねーのか?」
仲間達がそれぞれ花道の顔を覗き込む。
花道は額に手をやるが、別に熱は無い。
「風邪…じゃねーと思う」
「そうか?ダルくねぇ?」
「全然」
「気のせいか」
「多分な」
「そんじゃ、景気づけに行きますか!」
「だな!」
「俺、大吉だったから良い感じよ〜」
「花道は大凶だけどな」
忠が花道をからかうと、さっきまで忘れていたことを瞬時に思い出し花道はまたキレた。
「てめー!マジ許さん!」
花道と桜木軍団はジャレながら、一路パチンコ店を目指すのだった。
「さ、初詣も終わったし!行くわよー!」
流川の母は車の助手席で大層ご機嫌でやる気満々だ。
息子は後部座席でりんご飴の棒を握り締め、しらんぷりで窓の外を眺めていた。
「やっぱり行くのか……」
父は幾分うんざりしたような顔をしている。
「当り前でしょう!福袋買うのよ!宝石と服とカバンと……」
「はいはい……」
「早くしないと無くなっちゃうでしょ!はい、出発進行ー!」
上機嫌の母と、呆れ顔の父。
(やれやれ……)
そして息子は小さく溜息をつきながら、りんご飴を鼻先へ持っていき甘い香りを吸い込んだ。
―――2005年。きっと何かが起こる、かも?
まだ告白する前です。思いは成就するのでしょうか。
2人が一緒に過ごすBD&お正月小説はこの世にたくさんあるので、
うちくらい片思いでも良いよね!といつもの言い訳を使ってみたり…(笑)
激励を込めて(笑)
流川、誕生日おめでとう!
(2005年1月4日初出)
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