【overflow】







……カツン

……カツン

……カツン

……カツン




「……チェックメイト」

 白のクイーンがとうとう黒のキングを追い込んだ。

 その直後、大きな溜息が二等食堂の沈黙を破った。

「やられたな…」

「牧大尉の敗北か」

「おい、賭け金寄越せ」

「さすが神中尉」

「大尉も良いところまで行ったぞ」

 椅子に向かい合って座る二人を囲むようにギャラリーが口々に言う。  

「俺が勝ちましたね」

「好きにしろ」

 額に手を当てて牧が唸った。

「では遠慮なく」

 フレンチのフルコースを。

 そう言いながら神が笑んだ。彼らは夕食を賭けて戦っていたのだ。

どうやら夕食は第一等食堂でフレンチをオーダーする羽目になったらしい。

「おう!じぃ!負けたのか!」

 そこへ赤い髪を整えた長身の青年がやってきた。

「うるさいぞ、桜木」

 幾分機嫌の悪い牧に対しても物怖じしない彼は、気の毒そうに笑う。

「大体よ〜。ジンジンに敵うわけ無いって!なんせ相当腹黒い……」

「何か言ったかな?桜木花道少尉…」

 神がゆっくりと振り返った。

 花道は思わず「うっ!」と詰まる。神は笑顔だが、オーラが全く笑っていない。

「い、いえ!何も!」

 花道は慌てて直立不動になった。

「よろしい」

 神はそんな花道に今度こそ本当に微笑んだ。

 花道は神のお気に入りの部下なのだ。付き合いも長い。

花道の性格を確実に掴んでいる神には、こうしてからかうことが何よりの

楽しみになっている。

「次はどうするんですか?」

 賭けで儲かった外野の一人が座っている二人へ言った。

どうやらまた一儲けしようと企んでるようだ。

「そうだな……」

「おいおい…まだやるのか…」

 顎に手を当てて考え込んだ神に牧は呆れてしまった。

 実はチェス対決はこれで三戦目なのだ。一勝一敗で迎えた先程の三戦目。

いけると思っていたのに結果は散々だった。

「ポーカーなんて…如何です?」

 神は牧へ提案する。

「……カードなら自信がある」

 そう。牧自身ロイヤルストレートフラッシュは過去に何度か経験している。

これなら勝てる。…多分。

「おぉ!これは見物だ!」

「また賭けるぞ!!」

「俺は大尉!!」

「お前らは…」

 途端に次々と賭け金を跳ね上げる連中に牧はまた呆れた。

「あ!おい!桜木!どこ行くんだよ!見ていかねぇのかよ!」

 同僚の呼び声に花道は振り返り「散歩してくる!」と告げた。そしてあっ!と

気付いたように付け足した。

「じぃ!今度負けたら、俺にもフルコース奢りだからな!」

「こら!勝手に決めるな!」

 焦ったように牧が答える。

 そんな様子に大きな笑い声を立てながら、花道は黒い制服の上着を肩に掛け、

颯爽と通路を歩いていった。

「………」

 食堂から出て行くその後姿を壁に寄りかかってじっと見ていた男は、

静かにその場を離れた。







 日が沈む穏やかな海は、オレンジ色を通り越して黄金色だった。

 青い海と空はやがて闇に染まり、空には月と星が輝き始める。

 潮の香りをたっぷり含んできた風が花道の赤い髪を心地よく揺らす。

 その海と空を黙って見ていた花道の隣へ、音も無く男がやって来た。

 同僚の流川楓だ。

「……」

「……」

 花道は隣に流川が来ても気にせず、そのまま二人は無言で海を眺めていた。

 いや、流川だけはオレンジに染まる花道の横顔をずっと見つめていた。

「この分だと明日も晴れるな」

「あぁ…」

「………」

「………」

「何か言えよ!」

 会話が続かないことに焦れて、花道は思わず言ってしまった。

「何を?」

「人の顔ばっかりじっと見やがって!」

「悪いか」

「悪い!」

「別に減るもんじゃねぇだろ…」

「減るんだよ!お前が見ると!」

 頬を微かに染めた花道は早口になった。

 この男は最近よく花道を見ている。そしてその視線が何故か花道は

気になるのだ。意思を伝えようとしているような、特別な何かをそこに感じるから。

「ふぅ。どあほう…」

 わざとらしく流川は大きな溜息をついた。

「あのなぁ!何べん言ったら分かるんだ!俺は…」

「天才桜木少尉……か?」

 花道の言葉を遮って流川が言った。

「ふぬ!そ、そうだ!!」

 暫らく花道を見つめていた黒い双眸がふいと海へ逸らされた。

 花道はそっと体の力を抜いた。どうやら流川の視線に対して無意識のうちに

力が入ってたらしい。

「……少尉ぐらいで偉そうに…」

 そう呟いて、流川は再び花道を振り返った。そして褐色の瞳を見据えた。

「俺は上に行く。直ぐにでも……」

「!!」

 流川の目は挑発的だった。その目は「お前はどうする?」と聞いているようだ。

花道は頭で考えるより先に言葉を発していた。

「上に行くのは俺が先だ!」

 お前なんて一生少尉だ!

 挑発的な流川の目に応えるように、花道は燃える様な眼差しで強く宣言した。

「男に二言は無いな?」

「無い!」

 胸を張ってそう言った花道へ、ふっと流川は微かな笑みを見せた。

目を細める程度のそれ。

「天才の根性、見せろよ」

 そう一言付け足した。

 花道は何故か頬がかっと熱くなった。始めて見るこの男の笑み。

心臓が高鳴った。

 そんな自分に戸惑い、慌てて視線をオレンジの海へ向けた。潮風が

火照った頬を冷やしてくれる。

 そんな花道の心中を知ってか知らずか、流川はその横顔を見つめながら

そっと花道の背中へ腕を回そうとした。

「桜木少尉!!」

 しかし動いた腕は背中に回されることも無く、瞬時に引っ込められた。

「おう!何だ!」

 花道はそんな流川の様子に気付かず、自分を呼びに来た下仕官を振り返った。

「牧大尉がお呼びです!」

 下仕官がなぜか満面の笑みを浮かべている。

「さては負けやがったな、じぃの奴……」

 花道はそう言ってニヤリと笑い「今行く!」と怒鳴った。

「流川?」

 先程のことを思い出し、花道は流川を伺った。どうやら流川の腕には

気付かなかったようだ。

「……早く行け」

 流川はいつものようにぼそっとそう促した。

 少し名残惜しそうに流川と海を交互に見ていたが、やがて花道は流川に

背を向けた。

「………」

 去っていく花道から視線を海へ戻した流川は、小さく溜息をついた。




 ………この思いを伝えることは正直酷く難しい。

 それは思いを自覚した時から分かっていたことだ。

 けれど、一緒に戦い、ここ(海軍)に存在することは出来る。

 より高みへ。

 共に。

 本当は階級など必要無い。

 だが、二人を確実に繋ぎとめるものは、今はそれしかない。

 ならばそれを将来への布石にすれば良い。

 より高みを目指し、未来も、共にいられるように。

 この海と空に誓って………。





 流川は溢れ出る強い思いを押し殺し、オレンジ色の海と空を、

ただ静かに見つめ続けた。





























キリバン5555を申告して下さったhag様からのリクエストでした。
「流花で何か軍服もの、海軍か空軍、官位は出来れば2人共同じくらい」
というリクエストだったのですが、きちんと応えられているのかどうか
今でも不安です(汗)
リクエストは夏に頂いたので、夏は海でしょ!海軍で決まり!と
かなり単純に決めました(笑)
官位は2人共少尉です。実は2人共良い所の坊ちゃんって設定(笑)
ちなみに仕官服は黒です。そして金色の階級章が付いてます。
海軍に関しては色々調べたので、私の中ではかなり具体的な彼らの絵が
出来上がっています(笑)
時代は少し前の英国。でもあくまでも想像の英国です(笑)モデルってだけ。
……牧さん、初書きだったけどとても楽しかった(笑)


(2003年7月31日初出)






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