【特別な1日(2005ver)】










2005年4月1日  【快晴】






「ベンツ」

 流川は目の前のものを指差した。

「どこがベンツだ!ただのママチャリだろが!」

「……フン……ごちゃごちゃ言わねーで乗れ」

「ったくよー!」

 ブツブツ文句を連ねる花道が後ろに立ち乗りしたのを確認して言った。

「お客さん、どちらまで」

「そりゃタクシーだろ!」

「……………ベンツタクシー」

「意味不明だ!ベンツだのタクシーだの訳わかんねー!あぁ!まさかおめー!
エイプリルフールだからって俺を騙したのか!そうか、そうだな、この野郎!
スゲーもんに乗ってくるとか言いやがって!期待した俺が間違ってたぜ!」

 一を言うと必ず十以上の答えが返ってくるので、花道との会話は楽しい。

 しかし本来の目的を忘れてはいけない。

「耳元でガミガミうるせー。……で?どこに行きたいんだ?おめーの行きたい
ところならどこでも連れてってやる」

「このママチャリでかよ」

「……………………【ベンツ】だ」

 沈黙の末、間違いを訂正しつつ流川は「それで?」と先を促す。

「あー、んじゃ宇宙まで連れてけ。月に行ってみてぇ」

「却下」

「即答かよ!」

 少しは会話を繋げろよ!と花道がまたしても文句をブツブツ言い出したので、
流川は冷静にそれを遮った。

「そこは無理。もっと近場で」

「タクシーが注文つけるなよ」

「俺が運転手なんだから俺が決める」

「なら俺に行きたいところなんて聞くなよ!」

「お前が宇宙なんて言うからだ。そんなとこに行けんのは宇宙飛行士くれえだ」

「ったくよー。キツネタクシーのくせに生意気な…」

「【ベンツ】だ」

「あぁもう!なんでも良い!んじゃあそこ行け!」

「どこだ」

「海!」

「海?江ノ島か?」

「あぁ、今日天気良いし!海風が俺を呼んでるぜ!」

「………どあほう」

「なんだよ!行きたいところならどこでも連れてってくれるんだろ?このタクシーでよ」

 流川は踏ん反り返る花道に呆れて溜息をついた。

「……了解、行き先は江ノ島で」

「しっかり漕げよ!」

 2人分の重さにギシギシ言いながらも、自転車は海を目指して走り出した。












 海岸に着いた二人はジーンズのまま浜に座った。

 今日は半袖でも平気な程暖かい。まさに春の陽気だ。いやむしろ夏日と言っても良い。

 海風はまだ冷たいけれど、砂がほんのり暖かいので寒さはそれほど感じ無い。

 浜には結構人が居て、みんな散歩をしたり走ったり、思い思いに過ごしている。

 サーフィンする人も居て、流川と花道は暫らく黙って沖を見つめていた。

 波はとても穏やかで凪いでいる。

 爽やかな海風が2人の髪をふわりと浚っていった。

「海って安心すんだよな」

 花道がポツリと言った。   

「それにずっと見てても飽きねぇし」

 流川が振り返ると、花道の横顔が見えた。遠くを見つめる男らしい横顔。

 眩しそうに流川は目を細めた。

 リハビリしていた時もこうして花道は浜辺で海を見つめていたのだ。

 もう過去の出来事なのに、花道のその横顔に少しだけまだ胸が締め付けられる。

「来年……」

「あ?」

 花道が隣りを見ると、今度は流川が沖を眺めていた。

 一瞬強めの風が吹き抜け流川の黒髪が舞い上がり、端正な横顔が見えた。

「来年はどうする」

「来年?」

 怪訝な顔をする花道に流川は続けた。

「去年は部活で花見した。今年はここに来た」

「…………」

「来年はどうする」

 もう一度問う流川の横顔はまだ遠くを見ている。

「…………」

 花道もゆっくりと正面を向いた。

 目の前に広がる大海原。

 穏やかな波の先は、海と空の境界線がはっきり見える。

 確かに境界線が見えるのに、そこは繋がっているような気がした。

 きっと本当は一つに繋がっているのだろう。

 海を進めばやがて空に辿り着く。そんな気がした。

「来年はあっちだ」

 花道は真っ直ぐ腕を伸ばし、その境界線を指差した。

 そして「いや、あっちだっけ?いや、向こうか?」と言いながら腕を左右に振り、
やはり正面で落ち着く。

「あっち?」

 花道が指差した方向を見て、流川は眉を寄せた。

「また海か?」

「違う。もっと向こうだ」

「もっと向こう?」

 一体花道は何を言っているのか。

 暫らく思案し、そして気付く。

 その方向に何があるのか。

 まさかと思いつつ、ゆっくりと花道を振り返る。

「アメリカだ」

 力強い横顔が流川を確信へ導く。

 花道の横顔に迷いは微塵も無く、ただ遠くを見据えていた。

 それはとても綺麗な横顔で、不覚にも圧倒されてしまった。

 花道はそっと腕を下ろしたが、まだ沖を見ていた。 

「もう、ここに用は無え。倒すヤツは全部倒した」

 湘北は去年全国制覇した。

 今年3年になる2人は、今年も全国制覇すると決めている。

 負けることなどありえない。

「もう俺らは日本一だ。ここでやることは無い」

「………」

「だからもっと強いヤツを倒す。バンバン倒す。俺が全部倒ーす!」

「どあほう、てめーだけじゃ役不足だ」

 すかさず流川が突っ込む。

「体力無しがナマ言ってんじゃねぇ!」

 花道がクワッと流川に噛み付いた。

「………まぁ、宇宙よりはマシ………だな」

 顎に手を当ててフム…と思案する流川へ「宇宙をバカにすんな!」とまた花道が噛み付く。

「てめーの行動を見届けてやる」

「!」

 流川の真剣な眼差しに、花道は目を見開いた。

 そしてすぐ悪餓鬼のような顔をする。

「それはこっちの台詞だ!キツネのヘマを俺様がしかと見届けてやるぜ!」

 そんでみんなに告げ口してやる!と言いながらイッシッシッと笑みを浮かべた。

「どあほう」

 すると直ぐにいつもの合いの手が入り、今度は声をあげて笑った。


 






 流川は花道の笑い声を聞きながら思っていた。

 今はまだ自転車の後ろにしか乗せてやれないけれど。

 いつか宇宙へ行ける日が来たら、絶対に月へ連れて行ってやろう、と。



 




 2人の髪を穏やかな春の海風が揺らす。

 そして澄み渡る青い空にはあの日のように飛行機雲があった。

 それはまるで彼らの未来へ続く、1本の道のようだった。













END













1年前にWEB拍手へお礼として掲載していたSSです。
【彼は恋するダメオトコ】の2人なんですが、前を読んで無くても
全く問題ありません。原作サイドの話で単なるラブラブです(笑)
たぶんアメリカへ行っても花道は彼らしさを失わず個性を思う
存分発揮して自ら行く末を切り開いてくれるのではないかなと
思ってます。思うというより信じてる(笑)流川は花道のそんな
コミュニケーション能力の高さを羨ましく思うとか(笑)でも流川も
なんだかんだで周りをプレイで惹き付けて道を切り開いて行く
んだろうなー。そんな風に未来に願いを込めて。
桜木花道くん、お誕生日おめでとう!永遠の15歳に乾杯!(笑)


(2005年4月2日初出)








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