【涼風(すずかぜ)】











 風鈴がちりんと涼しげな音をたてた。





 花道は畳にうつ伏せになり、庭を眺めていた。

 時折吹く風は、確かに生温いけれど心地よい。

 花道は両肘を立てて、足を退屈そうにぶらぶらと揺らしている。

 瑠璃色の着物の襟元には汗が光り、捲れ上がった裾からは瑞々しい日に焼けた
少年の足が伸びていた。

 畳の間の先には縁側があり、その向こうには簾が下がっている。

 夏の暑い日差しが簾の向こうから差し込んで、乾いた土と縁側へ波模様を描く。

 薄暗い畳の間から簾を通して見る庭は、いつもとは違ったように見えた。

「つまんないなぁ……」

 小さく呟いた花道は、傍にあった紙風船をぷうと膨らませた。

 薄紙が日光に透けてとても綺麗だ。

 手のひらでぽんと弾くと、近くへ転がった。

 ゆっくりと手を伸ばし、それを指先でころんと転がす。

 そしてまた次の紙風船をぷうと膨らませた。

 今度は頭の上にそっと乗せる。

 上手く乗ったと思ったら、体勢が悪かったのかすぐにころんと畳に落ちてしまった。

 花道はもう一度頭の上へ乗せて、更にもう一つ紙風船を膨らませてみた。

 そしてぽんと弾くと、今度は少しだけ遠くへ飛んだ。

 手を伸ばしても届きそうに無い。

 飛ばした拍子に頭の上の風船もころんと落ちた。

「あ〜あ、つまんないっ!」

 花道は手足をじたばたさせたが、やがて畳へ突っ伏した。

「…………」

 風鈴がちりんと鳴った。

「…………」

 穏やかな風が吹き、そして待ち人は来ない。

 あまりにも退屈してしまい、花道はそのままうとうとと眠ってしまった。















「どあほう?」

 居間の方から縁側を年若い男が歩いてきた。

 藍色に染められた着物の裾を捌きつつ、流川は花道を探した。

 そして十畳間に紅色の髪が散らばっているのを見つけた。

 そっと顔を覗き込むと、すぅすぅと寝息が聞こえてくる。

 待ちくたびれて眠ってしまったようだ。

 流川は溜息をついて、花道の傍へ胡座をかいた。

 着物の裾が乱れるが、気にしない。

 見れば花道も相当なものだ。

 着物は乱れ放題。

 辺りには膨らませた紙風船が三つ。

 まだ膨らませていない紙風船もいくつか散らばっていた。

 どうやらかなり待たせてしまったようだ。

 額にはほんの少し汗が浮いていた。

 流川は袂から手拭いを取り出し、丸い額のそれをそうっと拭った。




―――ちりん…




 微かに風鈴が鳴った。

 今日は風があるので、日陰だと大分楽に過ごせる。

 確かにこれなら眠くなってしまうだろう。

 眠る花道を見ていると、己にも睡眠の欲求が生まれてくる。

(寝るか……)

 そう思うが早いか、さっさと花道の隣へ横になる。

 畳がひんやりしていて、なかなか快適である。

「…………」

 花道をこのままうつ伏せにさせておくと、柔らかい頬に畳の跡がついてしまうと
気付いた流川は、のっそり起き上がり花道を仰向けにさせた。

 頬は、まだほんの少し紅色に染まるだけで無事だったようだ。

 流石に見苦しいので、花道と自分の着物の裾を整える。

 どうせ寝ていると乱れてくるのは重々承知しているが、気休めくらいにはなるだろう。

 そして流川は花道の頭の下へ手を差し込み、腕枕をしてやった。

 流川の太く堅い腕では具合が悪いかと思われたが、花道は眠りながらも
もぞもぞと落ち着ける位置を見つけ、大人しくなった。

 いつもこうして添い寝をしているのだから、花道も慣れたものだ。

「…………」

 流川は腕に頭を預ける花道の紅に染まった頬を、ゆっくりと撫でていく。

 愛しくて仕方の無い、柔らかい花道。

 頬へ頬を寄せて、優しく触れ合わす。

 そうしてやがて、流川も眠りの中へ引き込まれていった。
















「坊っちゃん、どちらにいらっしゃるんです?坊ちゃん?」

 暫らくすると、流川の来た方向から老婦人がやってきた。

 着物の上に白い割烹着を着た女性は、畳の上に横たわる花道と流川を見つけて
「あらまぁ」と声を上げた。

「お二人共、良く眠っていらっしゃる………」

 笑みを浮かべた彼女は、きょろきょろと畳の間を見回し、やがて目的の物を
見つけて歩み寄った。
















「八重さん?」

 遠くから声が聞こえた。名前を呼ばれた老婦人は、やや抑えた声音で
「奥様、こちらです」と答えた。

 すると、先程八重や流川がやってきた方向から、今度は別の女性がやってきた。

 流川の母薫子だ。

 綺麗に結い上げた黒髪に、白格子の夏紬を涼しげに着こなしている。

 昼寝をする花道と流川の傍で、蚊取り線香を炊いていた八重は薫子へ笑いかけた。

「お二人共良くお休みになっていらっしゃいますよ」

 すると、昼寝をする二人を見つけた彼女は目を丸くして、次には吹き出した。

「相変わらず、仲良しねぇ」

 ふふっと笑った薫子は、良い事を思いついたとばかりに八重を手招きした。

「水饅頭、二人で先に頂きましょう」

 笑みを浮かべながらそう小声で告げる。



 ―――水饅頭は、花道の為にと流川が買ってきたものだ。



 本当は花道の分だけで良いのだが、家人の分も買ってこないと花道が怒るのだ。

 曰く『みんなで食べたほうがもっと美味しいから!』だそうだ。

 しかし本音としては『自分だけ贔屓されているようで申し訳無いから』だろう。

 だが周りの大人は、その本音に気付かぬふりをする。

 この子供はみんなに好かれているから、誰も彼もが贔屓して、喜ばせたがる。

 花道が喜んでくれるのなら、何だってしてあげたいのだ。

 従って花道は「申し訳無い」など一片も思う必要は無いのだ。

 しかし実際、流川家は老若男女問わず甘いものを好むので、買わずに帰ると
家人から確かに顰蹙を買う。

 よってありがたいことなのか、菓子が無駄になるようなことは決して無い。

 勿論、流川も甘いものは良く口にする。

 花道程では無いけれど。

 八重は薫子の言葉に一瞬目を瞠ったが、相手の顔を見て吹き出した。

「では、お茶の支度を致します」

 薫子へ一礼し、そう言い置いて、八重は一足先に台所へ向かった。

 それを見送った薫子は、もう一度二人の様子を見つめると、優しい笑みを浮かべて
その場をそっと立ち去った。







 風鈴が、ちりんと鳴った――――。































WEB拍手のお礼として載せていたものです。
頂いたネタを元に書きました。ネタは【年下受け(子供花道)な流花】です。
別名『金鳥の夏 日本の夏』な流花(笑)
時代的にはみんな着物を着てるけど明治、大正くらい。
細かい設定が色々あります。
どうして花道は流川の家にいるのか、とか、2人の関係はとか。
いつか形に出来たら良いなぁと思ってます。
日本の夏って涼しくする為のアイテムって結構ありますよね。
それぞれ趣があって凄く素敵だと思います。それにちゃんと実用的だし。
そういうアイテムも盛り込んでみたいなぁと願望は果てし無く…(笑)


(2004年6月6日初出)






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