【 You can fly higher . 】
「あら、居ないわ」
白衣を着た女性が空っぽのベッドを見て言った。
「あ、ちょっと。”天才”くんは?」
通りかかった看護師を呼び止め、病室を指差しながら尋ねた。
「あぁ、桜木くんならいつものトコじゃないですか?嬉しそうに鼻歌歌ってましたよ」
看護師は鼻歌を思い出したのか、クスクスと笑った。
「桜木君宛てに手紙が来たんで、きっとこっそり読むつもりなんですよ」
ラブレターかしら。
そう言って、彼女は笑いながら廊下を歩いていった。
それを見送りつつ、白衣の女性は溜息を一つついた。
リハビリセンターから少し歩いたところに海岸がある。
そこまで散歩をする患者は多い。
砂浜を歩く事は良い運動になるのだ。
勿論やり過ぎは良く無いが。
(今日も良い天気ね……)
白衣の女性は眩しげに目を細め、海岸目指して歩いて行く。
すると直ぐに海が見えてくる。
(桜木くんはどこかしら……)
海岸を見渡せる場所で立ち止まり、浜を見回す。
「あ!居た居た」
花道の赤い髪はとても目立つ。
ただでさえ赤いのに、こうやって太陽の下で見ると一層鮮やかな色になる。
暫らくそこで様子を見ていた彼女は、人が疎らな浜辺を走ってくる人物に気付いた。
その人物は波打ち際をリズム良く走り続け、花道の前で突然立ち止まった。
「あれは……流川君かな?」
花道がセンターでリハビリを受け初めてから、何故かいつも浜辺で彼が走っているところをよく見かけていた。
そして花道と一言二言話しをしているらしいところも。
ここ10日程姿を見かけなかったが、何か用があったんだろうか。
「ん?」
突然流川がジャージの上をガバッと広げた。
そして花道の体がガチッと一瞬固まる。
「何……?」
どうやら流川はジャージの中に着ている服を花道に見せたかったようだ。
花道はそれを見せられて怒っている…のか?
そしてその反応を見て満足したのか、何事も無かったかのように走り去って行こうとした流川が、ふいに足を止めて空を仰いだ。
それにつられて花道も空を見上げる。
2人を見ていた彼女も、気になって空に目をやった。
飛行機雲だ。
飛行機雲が青い空に一直線に伸びていく。
綺麗な直線だ。
なんだか心がふっと軽くなる。
白線が真っ直ぐに伸び続ける。
どこまでもどこまでも高く高く―――。
暫らく見上げていたが、いい加減そろそろ戻らないと時間が無くなってしまう。
花道にとって、一分一秒も無駄に出来ない貴重な時間なのだ。
彼女は浜に降り、花道達の側へ歩いて行く。
「桜木君」
口元に手をやり、後ろから声をかけた。
「時間よ」
振り向いた花道に腕時計を示してみせる。
すると花道はガサガサと手紙を丁寧に仕舞った。
彼女は白衣のポケットに手を入れて、その様子を見守った。
腰を上げて短パンに付いた砂を叩きながら花道がこちらへ歩いてくる。
「今日はちょっときついわよ」
「ふっふっ。そーかね」
「あら、脅しじゃないのよ。耐えられる?桜木くん」
「はっはっはっ愚問を」
どんな強敵にも怯むことなく、むしろ立ち向かえることを楽しむような、花道はそんな顔をしていた。
彼女は少し前を歩く花道の背中を見つめ、そして浜辺を小さく振り返った。
(…………)
流川がこちらを見ている。
大分離れているので顔の表情は読めないが、じっと見ている。
見ているというより、見送っているという方が正しいかもしれない。
そしてくるりと向きを変え、浜辺をまた走り出した。
(…………)
小さくなっていく流川を暫らく見つめ、そっと目の前の大きな背中へ視線を戻す。
花道は踏みしめるように、最近整備されたばかりの綺麗な歩道を歩いて行く。
躊躇いもせずに。
振り返らずに。
さっき声をかけた時、彼らは別れの挨拶も何もしなかった。
「じゃぁな」も「またな」も言わない。
彼らはいつもこんな風に過ごしているんだろうか。
不思議とそのことに違和感は無かった。
彼ららしい気がした。
彼女はふいに笑みを浮かべ、再び花道へ話し掛けた。
「桜木君、さっきのことだけど。今日から少しメニューを変えてみたの。ホントに耐えられる?」
どんどん前を歩いて行くその大きな背中に告げる。
そして次の瞬間彼女ははっとした。
花道はゆっくりと振り返り、輝かんばかりの力強い笑みと共に一言言い放ったのだ。
「天才ですから」
それから1ヵ月後。
花道は無事に復帰した。
若さと運動選手の持つ基礎体力の所為だろう、驚くほどの回復力だった。
そして何より花道自身の真摯な態度が良かったのかもしれない。
花道は思った以上の忍耐力でもってリハビリをこなした。
センターを去っていくその日、花道を知っている者達が自然と集まった。
彼は持ち前の明るさと前向きさでセンターの人気者だった。
小さい子供たちにも、大人たちにも。
花道の周りには常に人が絶えなかった。
そんなみんなが、花道の復帰を心から喜んでいた。
勿論病室にいる時、見舞いに訪れたチームの面々や友人達も、みんな花道を囲んで楽しそうにしていた。
花道にはそういう、人を惹き付ける何かが備わっている。
病室や休憩室でメンバー達と談笑している様子を見ていたら、花道がチームにとってどんな存在なのか。
そしてチームが花道にとってどんな存在なのか、想像するに難くなかった。
彼女は、このチームの中で花道がどんなプレイをするのか、見てみたくて仕方無かった。
これまでたくさんの患者を診てきたが、こんなにもこちらに元気を与えてくれる人物がいただろうか。
花道には人を惹き付ける何かと一緒に、人から様々な物を引き出す力も持っているらしい。
患者である花道から学ぶ事が多かった。
そして彼なら大丈夫。
彼なら。
そう思わせるものを、花道は持っていたのだ。
確固たる、何かを……。
最後の日。
花道は見送る彼らに晴々とした爽やかな笑顔と共に、眩いばかりの輝かしい未来への希望を与えてくれた。
そして下手くそな直筆サインも。
『天才がスーパースターになった時、大いに自慢シナサイ!』
そう宣言して無理矢理置いていった色紙。
それは今、彼女達の控え室にひっそりと飾られている。
誰も皆、その色紙を見る度思い出す。
そして誰もが、いつかそれを玄関に堂々と飾る日が来ることを、心待ちにしているのだ。
END
およそ2年前にWEB拍手へ載せていたSSです。お題は
匿名で頂きました「歌詞に沿った小説」です。曲はK●KIAさんの
【夢がチカラ】です。この歌詞が大好きなんです。凄く素敵
な花道ソングだと思うので、機会があればぜひ皆さんにも
聞いて欲しいです。前向きな花道にピッタリなんです。
私の中で花道は「希望」「未来」「光」と同義語です。
もちろん不安や影も同時に合わせ持っていますけど、
それでもなお前を向こう、進もうとするところが花道らしさ
じゃないかと。語ってます(笑)これは裏テーマが「第三者から
見た流花」なんです。心意気では三部作を目指してますが
最後の1つは未完なのでいつ完成することやら…。
(2004年10月22日初出)
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