天才サラリーマン奮闘記






 神奈川カンパニー社長室は今日も妖しい雰囲気に包まれている。

 照明はロウソクだけ。

 社長の藤真は黒装束に身を包み黒いレースを頭から被っていた。

 そして秘書の花形が見守る中、藤真は机に置かれてある水晶の周りに手をかざした。

「む〜ん、む〜ん、む〜〜〜ん・・・。」

 目を閉じて唸り続ける藤真に花形はごくんと唾を飲み込む。

 そんな緊張した時間が10分ほど続いた後、藤真は目を見開いた。

「・・・む〜ん、んっ!見えた!!花形書く用意はいいか?」

「大丈夫です。どうぞ。」

「うん。今回の指令は・・・。」






 花道が神奈川カンパニーに就職して3ヶ月目。

 いくら『天才・桜木花道!』と豪語しても新人サラリーマンには学ぶことが

 大量にあり充実した日々を送っていた。

 そしてその地道な努力が今花咲こうとしていた。

「ゴリ!それ本当か?!」

「赤木部長だろうが、桜木。本日7時半緑照館で堂本氏と会食だ。

同行者はいない。決めてこいよ。」

「おう!オレ様一人ででーじょうぶだ!!まかせとけって!」

 花道はよしっと右手に力を込めた。

 今までは仙道に付き添ってもらいの交渉だったが、今回は花道一人。

 全ての手柄はオレだけだとばかりに花道は腰に手を当てはーっはははは・・・と

高笑いをする。

 その直後に赤木からの鉄拳が花道の頭に落とされたのは言うまでもなかった。

「おっれは天才〜、桜木花道様だ〜〜〜♪オレにかなう奴はぁ〜、い〜やしね〜〜♪」

 得意の花道作詞作曲の歌を歌いながら自分の席に戻る姿を見た赤木は

深い深いため息をついたのだった。

「本当にこれでよかったのだろうか?いくら社長の占いに出たとはいえ・・・。」

 神奈川カンパニーでは社長・藤真のお告げには絶対服従という一風変わった

社則がある。

 藤真の占いは水晶だけでは止まらず、タロット・あみだくじ・くじびき・易・黒魔術と

多岐にわたる。

 黒魔術で悪魔を召還させた時は神奈川カンパニービル全体が局地的地震もしくは

落雷による停電が起こる。

 したがって社員はお告げの時間はパソコンはもちろん電話も使わず静かに事務処理に

徹しているのだった。






 7時過ぎに緑照館に到着した花道はこれまでになく緊張していた。

 意を決して花道は緑照館の敷地に足を踏み入れた。

「す、すすすすみませんっっ!」

「いらっしゃいませ。」

「か、神奈川カンパニーの桜木花道ですっっ!!」

「桜木様、お疲れ様でございました。ご案内いたします。」

「は、はいっっ!!」

 どうも場違いの雰囲気に花道の身体は力が入りっぱなし。

 右手と右足が一緒に出ているのにも気づかず仲居の後をついて行く。

 到着したのは一番奥の座敷部屋。まだ堂本は来ていない。花道はほっと

小さくため息をついた。

「桜木様。堂本様の伝言で少し遅れるので湯でも浴びてくつろいで欲しいとの

ことですが、どうなさいますか?」

「湯、っすか?」

「はい。部屋ごとに小さいですけど露天風呂があるんですよ。」

「へぇ〜。じゃぁ、お言葉に甘えます!」

 花道は久しぶりの温泉にわくわくする。

 簡単にお風呂の説明を受けた花道はぱぱぱっと服を脱ぎ、露天風呂へとダイブした。

 『小さな露天風呂』とは名ばかりで、花道が寝そべってもまだまだ余裕のある

広さの露天風呂。

 足をばたつかせ、一通り楽しんだ花道は夜空を見上げた。

「きれーな星空だなぁ〜。今日はここに来て本当によかったぜ〜!」

 花道が露天風呂から上機嫌で上がると堂本は座敷に座って手酌酒をしていた。

慌てて花道は浴衣の帯を結ぶと座敷へと向かう。

「す、すみません。待たせてしまって。」

「いや、慌てないでも大丈夫。今来たばかりだから。」

 花道は持ってきたアタッシュケースからパンフレットを取り出そうとする。

 しかし、堂本が花道の手首を掴み鞄に戻す。

「え?」

「それは、明日にでも直接奥さんと話してくれればいいからね。」

「そ、そーなんすか?」

「そうだよ。これから君とは長いつきあいになりそうだから親睦を兼ねた飲み会って

ところだ。さぁ、食事にしよう。」

 堂本はそう花道に告げると内線で食事の準備をするようにと伝えた。

 評判高い高級料亭だけあり、食事も申し分ない。

 花道は勧められるままに全てをお腹に詰め込み、日本酒を飲み干した。






 出世頭の仙道は本日の外回りを終了しようやく会社に帰ってきた。

 1日中得意先を回って疲れているはずなのに仙道の足取りは非常に軽い。

 それもそのはずで愛しの花道のいる場所に帰ってきたのだ。

 自社ビルに足を踏み入れると仙道の歩きはスキップへと変わり、るんるんと鼻歌を

歌いながらエレベータのボタンを押す。

 入社当初は女性社員から人気絶大だった仙道もこの姿で人気は地に落ちた。

 そんなことを気にする仙道ではなく、仙道の意識は全て花道に向けられている

のだから・・・。

「たっだいま帰りました〜〜〜♪」

 にっこり笑ってフロアに到着の仙道。るん♪と花道の席を見ると花道はいない。

 居所を示すホワイトボードを覗いてみたら花道は直帰になっていた。

 出かける前までそんなことを聞いていなかった仙道は赤木に尋ねることにした。

「赤木部長、桜木はどこに行ったんでしょう?」

「おぉ、仙道か。お疲れだったな。桜木は接待に行かせた。」

「接待?」

「藤真社長の占いで決まったんだ。7時半から堂本氏と緑照館で会食だ。

今頃上手く接待出来てればいいのだが・・・。」

「緑照館・・・それって桜木1人ですか?!」

「桜木も頑張っているからな。そろそろ1人でもかまわんだろう。」

「オレ、帰ります!」

 仙道は赤木をぎろっと一睨みすると自分の机に戻ることもなく走ってフロアを

飛び出した。

(桜木っ!オレが到着するまで貞操を守れよ!!)

 仙道は地下の駐車場に止めてある車に乗り込み、乱暴なハンドルさばきで

一路緑照館へと向かう。

 後ろからクラクションを鳴らされようが隣から怒鳴られようが無視!仙道の頭には

花道のことしかない。

 緑照館・・・表の顔は高級料亭なのだが、裏の顔も存在した。

 部屋ごとに露天風呂がついており、そして座敷の奥には赤布団が敷かれている

いわゆる連れ込み宿なのだ。

 お風呂に入り、浴衣に着替えたら『今夜はOK』というのがこの店独自のサイン

なのだった。

 そんなこととは知らない花道は無邪気にお風呂に入り、浴衣姿。

 ほろ酔いに酔っぱらいまさしく狼に狙われた子羊ちゃん状態だった。

「あち〜・・・。」

「顔が真っ赤になってそんなに暑いなら浴衣を脱いだらどうだね?」

「でも・・・。」

「ここには私と君しかいない。恥ずかしがることは何一つないと思うがね?」

「・・・そーだな・・・・・・。」

 花道は浴衣を全部脱ぐのは恥ずかしかったので袖を抜いて上半身だけ裸になった。

 顔だけでなく肌までもがほんのり赤く染まっている花道の姿に堂本はゴクンと唾を

飲み込んだ。

 花道はそんな堂本の妖しい視線に気づかず目がとろんとしながらも意識を

なんとか保っていた。

「・・・本当に君は男を誘惑させる人だ・・・・・・。」

「ん〜・・・。」

「さぁ、こちらへ行こう。君の望む物があるはずだよ。」

「ん〜〜・・・ん。」

 ふらふらの花道を堂本は支えながら座敷の奥の部屋へと誘う。

 花道は布団が目に入ると『寝れる』とばかりに布団へとダイブした。

 堂本はニヤっと笑みを浮かべると静かに襖を閉めたのだった。

「桜木くん、そのままだと寝づらいだろう。私が帯を解いてあげようね。」

 花道の帯をシュルルと解き、堂本はそおっと浴衣をめくる。

 花道は寝る体勢に入っているのか全く抵抗もしない。

 堂本はついでとばかりに花道の下着に手を掛けたその時!後ろの襖が

スパーンと開いた。

「なっ、なんだね!君は!!」

「桜木によくも手を出してくれたな!」

 仙道は花道の姿を見てプチンと切れた。

 眼光も鋭く睨み付けたかと思うと堂本の顔に右手でカウンターパンチ。

「接待にかこつけてこの様ですか、堂本さん。」

「いや、違う!これは桜木くんが気持ち悪いと言い出して、ちょっと休んでいたんだ!!」

「そんな言い訳、通用すると思ってるんですか?汚い手で桜木に触るんじゃない!!」

 再度左頬にもパンチをうけた堂本は急いで部屋を去る。仙道は花道の横にしゃがむと

花道の頬を軽く叩いた。

「桜木、桜木・・・・だめだ。寝てるよ・・・。」

 花道はこのままではどんな目に遭わされていたかなんて知らないとばかりにくぅくぅ

寝息を立てて眠っていた。

 仙道はふぅとため息をついて花道の寝顔を眺めていた。








「痛てててて・・・頭いてー。」

「完璧な二日酔いだね。」

「・・・なぁ、センドー。オレの接待、どーなったんだ?」

「大丈夫だよ。桜木が寝こけた後のフォローはちゃんとしておいたから。」

「・・・すまねー。」

 花道は昨晩酔っぱらった後の記憶が全くなかった。

 朝起きてみたら仙道の家でパジャマも着ていたのだ。

 仙道が着替えさせ花道の身体を見て堪能していたなんて思いもよらず、

『寝ぼけててもちゃんと着替えてるオレさまって天才』なんてとほほなことを

考えていた花道だった。

 そして今日も神奈川カンパニー社長室では唸っている藤真がいたのだった。

「む〜ん、む〜ん・・・ん、んん?何故だ?水晶に濁りが・・・誰かが妨害しているのか?

こうなったら・・・花形、黒魔術の準備だ!」

「あ、あれは会社の業務に差し支えるから控えると言ったばかりじゃないですか・・・。」

「つべこべ言うな!さっさと悪魔の神宗一郎を召喚させるぞ!」

「・・・はいはい。」














【LovelyCherryBlossom】のひまわり様に相互記念に頂きました。
リクエストはまたしてもまたしても「サラリーマン」。しかも仙花!素敵!
新人花道がとてつもなく可愛いのですが、脇役の藤真さんの存在が怖いです(笑)



窓を閉じて下さい