【be with you】 (1)
風呂も入って年越しそばも食べて。もう紅白歌合戦は終わり
に近づいていた。
花道は暇そうにテレビのチャンネルを変えた。お笑いタレント
が何やら中継している番組になった。
「飲むか?」
流川がみかんを摘んでいたら、急須を持ちながら花道が聞いた。
コクリと頷くと湯気をたてた熱いお茶が注がれた。
「今年も後20分しかねーじゃん」
「…だな」
「なんか毎年思うけど、年越しって全然実感ねーよなぁ。大掃除
して料理してって体は動くんだけど頭が追いつかねーって言うか。
気が付いたら新年になってるし」
「最近じゃ俺、あんまり起きてたことねーかも」
そう言うと花道はハハッと笑った。
「わざわざ言わなくても分かるっつーの」
その顔をちらっと見て、でも今年は起きてる、と小さく流川は言った。
「分かんねーぞ?数分後には寝てるかもしんねーじゃん」
ニヤリと小憎たらしい顔で言う相手を睨むと、流川はお茶を啜った。
今年は何が何でも起きているつもりだった。一緒に住んで初めて
迎える正月だから。
戻って来いと言う両親を軽く無視して大学が終わっても一度も
実家に戻らなかった。
花道も始めこそは頭が痛くなる程言い続けていたけれど、流川の
頑なな態度を見て観念した。
流川の両親は、なにも一人で戻って来いとは言っていないのだ。
花道と二人で来いと言ってくれていたのに。けれど流川はどうしても
今住んでいるマンションの部屋で、花道と二人だけで年末年始を
過ごしたかった。我侭を言っている自覚はあったけれど、罪悪感は
無い。
結局、年始の挨拶として二人で流川の実家へ行くということで折
り合いがついた。
「あ、そろそろカウントダウンだ…」
テレビには知らないアイドルが30秒前のカウントダウンを始めて
いる。そっと花道を見ると声には出していないが、唇が微かに動い
て一緒にカウントダウンをしている。小さく動く唇がとても可愛い気
がした。
カウントはどんどん進む。
10秒を切ったところからテレビの声にもうるさいほどに力が入って
くる。花道も声を出して言い始めた。
流川も我慢出来ずに行動した。
「3!」
少し腰を浮かせる。
「2!」
手を伸ばして花道の首の後ろへ回す。
「1!」
少しの力で引き寄せて、顔を寄せる。
「0!」
唇を重ねた。
「んぐっ」
何か言おうとして大きく開いた唇に思い切り舌を差し込んで深く絡
め取った。驚いて目を見張る花道と目が合う。
花道が首を振ったので一瞬離れたけれど、文句を言う隙を与えず
追いかけてまた口付けた。重ねた唇を宥めるように触れ合わせ
る。流川は少し乾いている肉厚の唇を舌先でゆるゆるとなぞった。
薄目を開けて様子を伺うと、目蓋を閉じて頬を染めている表情が
見えた。小刻みに震えている睫毛がこれ以上無い程可愛らしくて、た
まらなくなる。
「…ふ」
陶酔して思わず夢中で貪っていたら花道の手が流川の肩を軽く
押した。
「はぁ…」
少し唇を離して呼吸を整えた花道を間近に見ながら、その濡れた
唇を流川はもう片方の指でなぞってふき取ってやる。
真っ赤になって俯いている花道の目尻に口付けて、また唇を重ね
ようと顔を傾けるとそれは阻まれる。
花道が流川の両頬を両手で挟んだ。
「どあほう?」
花道に聞こえる程度の声で言うと、真っ赤なクセに妙に真面目な
顔で花道はこっちを見ていた。
「………」
何か言いたげに2、3度口をパクパクさせて目を逸らしたり、チラチ
ラこっちを見たりしている。
「どした」
流川が先を促してやっと目を合わせた花道の目はやっぱり真面
目だった。
その目が少しだけ閉じられて、今度は流川の顔が引き寄せられ
た。
まさかとは思ったけれど、案の定唇がしっとりと重なってきた。暖かく
て弾力のある花道の唇が。
目を閉じて頬を染めた花道は綺麗だった。
押し当てられただけなのにとても気持ちよくて、流川も静かに目を閉
じた。
優しくゆっくり何度も押し当てられる口付けは流川の全てを満たし
ていく。両頬に感じる花道の大きな手のひらの温かさにも不思議な
程安堵した。
やがてそっと離れた口付けに、喪失感とともに目を開けた流川はま
だ目の前にある花道と目が合った。
「…おめでと」
小さな声でもちゃんと聞こえた祝福の言葉。正月の挨拶では無い
ことは直ぐに分かった。でももう一度聞きたいから流川は嘘をついた。
「よく聞こえねぇ」
「ふぬっ」
ちょっと恥ずかしそうに俯いた花道は、挟んだままの流川の顔をもっ
と引き寄せて鼻頭をくっつけた。
「誕生日おめでとう!」
ムキになって小声なのに強くそう言った花道の目は、精一杯気持ち
を込めているのが分かるくらい真摯だ。流川は嬉しくて口元が弛むの
を止められなかった。
「ありがと」
お礼の言葉と、そして鼻頭を付けたまま少しだけ顔を傾けてキスを
送る。まだ流川の頬を挟んでいる両手をゆっくりと外して、強く指を絡
めた。
すると同じくらい力を込めて握り返される。
軽く触れ合わせた唇をまた深く重ねる。
今、お互いは唇と指だけで繋がっていた。その2ヶ所だけでお互いを
感じている。それが不安定だけど心地よかった。
「んむ!」
時々角度を変えて強く絡めて啜っていた舌を離し、出て行こうとした
ら、今度は花道の方から絡めてきた。熱く濡れたお互いの舌が空中
で絡まりあう。ぬるぬるする感触と、たまに零れる熱い呼吸が気分を
高揚させる。
流川は自分の頬も熱くなるのを感じた。
「ふぁ…」
やがて疲れたのか舌が小さな音を立てて離れていった。
「流川…?」
花道が不思議な顔をして流川を覗き込んできた。
「なんだ」
「…なんで笑ってんだよ」
「……笑ってる?」
「おう…」
「…笑ってるか?」
流川は絡めていた指を外して頬に持っていった。
「なんだよ。なんで笑ってんだよ……」
唇を尖らせ真っ赤な顔で俯く花道が流川は愛しくて愛しくて、仕方
なかった。
「マジ嬉しい」
花道が顔をあげた。
「スッゲ嬉しい」
花道が目を見開いた。
「死んじまうくらい嬉しい」
流川は花道を思い切り抱きしめた。肩口に顔を埋めて強く掻き抱く。
すると、花道の腕が背中に回るのが分かった。そしてその唇が流川
の冷たい耳たぶに触れた。
「あけましておめでとうゴザイマス」
耳元で聞く新年の挨拶はなんとも粋な感じがする。流川も花道の耳
元で返事をした。
「おめでとうゴザイマス」
「今年もヨロシク」
「ヨロシク」
お互いの耳元で小声で交わす言葉は、何かの誓いのようだった。
「バスケ今年も頑張るぞ」
「当然」
「おめー、ちゃんと家事やれよ?」
「分かってる」
お互い笑みを浮かべたまま抱きしめ合う。
今年もずっと離さないでいよう。今年もまた、良いことも悪いことも
あるだろう。でも互いの存在は決して忘れないように。
「今年も世話してクダサイ。お願いします」
花道の扱いに慣れた流川は、花道が素直にイエスと言えるようにお
願いした。
「おう!天才にまかせとけっ!」
そう答える花道に流川は深い笑みを浮かべた。ぎゅっと力を込めて
抱きしめた後、体を離して花道の額へ口付けを一つ落とす。
「ベット……行こ」
笑みを浮かべた流川に驚いた花道は、しかしその言葉に耳を真っ赤
にして小さく頷いた。
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