【お医者様でも草津の湯でも…?】  (1)







 午後の回診の時間。

 仙道はシフトになっている今日、いそいそと小児科病棟を訪れた。

「あ、仙道先生。こんにちは」

 ナースステーションの前を通り過ぎた時、呼び止められた。

 先週入院してきた男の子の母親だ。

「こんにちは。剛憲くんの具合はいかがですか?」

「とっても元気なんです!御飯もちゃんと食べてくれて。ありがとうございます」

「そうですか、それは良かった」

 担当医では無いけれど、患者の顔と容態は把握している。

 風邪をこじらせて入院してきたのだが、元気になってくれて良かった。

 仙道は患者の母親と別れて、首に掛けた聴診器を指先で軽く弄りながら廊下を歩いていた。

(さて、まずは101号室からだな……)

「トリャーッ!」

「うお!」

 まったく無防備だった腰に、背後から強烈なタックルをかまされた。

 追突してきたのは、現在仙道が一番気に入っている子供。

 桜木花道くんだ。 

「こらっ!危ないだろ!」

「へっへーだ!」

 花道は後ろから仙道の腰にしがみ付いて離れない。

 後ろからひょっこりと覗く顔が、悪戯成功!とばかりにニヤニヤしている。

「全く……。ほら、離して」

「やだ」

「やだじゃないでしょ」

 懐いてくる花道が可愛くて仕方無いのだが、一応回診の時間なのだ。

 遊ぶのは終わってからゆっくりしたい。

 なかなか離れない花道に業を煮やして、仙道は花道を抱き上げてしまう。

 非常に背の高い仙道が抱っこすると、子供としては巨人に抱き上げられているような錯覚を起す。

「わぁ!」

「全く、どうしてそんなに悪戯好きなのかなぁ……」

 仙道の肩に手を置いて体勢を安定させた花道は、びっくりしたけれど嬉しくてご機嫌だった。

「高けぇ!」

「はいはい…」

 話しを聞いていない花道に、仙道はお仕置きを諦めた。

(そんなに懐かれると…、大人としての理性を無くしそう……。とほほ…)

 仙道はこの子供に特別な感情を抱いている。

 それはとっても危険な感情。

 絶対にバレてはならないこと。

 バレたら医師免許剥奪よりももっと悪い。

 マスコミにメチャクチャ書かれて、捕まって、人生自体が終わるかもしれない。

(別に免許はどうでも良いし、世間体もどうでも良いんだけどさ)

 花道の将来に傷を残してしまうだろう。

 それだけはしたくない。

 だから秘密にしなければ。

 しかし、原因である花道がこんな状態では……。

(「理性」と「本能」は、天秤にかけるべきじゃないよ、ホント) 

 なまじ天秤があるから、ゆらゆら傾いたりして危険なのだ。

 参ったなぁ……。

 仙道は内心、深く溜息をついた。

「痛てっ!」

 腕の中ではしゃぐパジャマ姿の花道の暖かい体温を感じていると、先程タックルされた場所。

 正確には尻に強烈な蹴りが入った。

 相当痛い。

「こら!今度は誰だ!」

 ほんの少し涙目で後ろを振り向くと、上目遣いで睨み付けてくる綺麗な男の子がいた。

「流川か。痛いじゃないか!」

「ふんっ」

 鼻息を荒くして仙道を睨み付けると、今度は花道に向かって「どあほう」と挑発してきた。

「ふぬー!流川ー!」

 ガン付けられた花道は、流川の安い挑発に乗ってしまう。

 仙道の腕の中を抜けようとジタバタし始める。

「こらこらっ!ちょっと待て!今降ろすから!」

 慌てて花道を降ろした仙道は、視線を感じて振り向いた。

「………」

「………」

 流川が上目遣いで睨みつけてくる。

 仙道も負けじと睨み返す。

 その様子はヘビとマングースだ。

「やい、流川!勝負だ!」

 花道の声で仙道から視線を逸らした流川は、花道をしばし見つめた後、クルリと向きを変えて去ってしまった。

「あぁ!逃げるのかよ!」

 花道は当然のように流川の後を追いかけた。

「……やれやれ」

 仙道は2人を見送った後、その場で軽く肩を回した。

「さて。行きますか」

 仙道は本来の仕事をする為に、病室へ向かった。













「さて、最後は花道か……」

 入院している友達と遊ぶ元気はあるみたいだが、油断は出来ない。

 仙道は一応(……)真面目な顔つきで花道の病室へ向かった。

 果たして花道はそこにいた。

 大部屋の窓際。

 花道はベッドの上に座って、向かい側にいる男の子と喋っていた。

「あ、仙道!」

「さっきの様子じゃ、具合良さそうだね」

「おう!」

(かっ、かわいいっっ!!!)

 にっこり笑うその顔は、ぴかーっとお日様のように輝いていて、仙道は眩しくて仕方が無い。

 クリクリの目とか、つやつやのほっぺたとか、さくらんぼのような唇とか、産毛がたまらん耳たぶとか。

 興奮するとちょっと鼻がふくれるところも、神々しいまでに仙道を虜にしてしまう。

(俺の理性と本能が、今日もまた俺の中で戦ってるよ……)

 花道はなんて罪作りな少年なのか。

「仙道、なぁにボケッと突っ立ってんだよ!」

「ん?あ!ご、ごめん」

 わたわたと首から下げていた聴診器を取る。

「んじゃまず後ろ向いて」

「ん」

 花道のパジャマを上まで捲り上げる。

 手のひらで暖めた聴診器を背中にあてる。

「………。はい、それじゃこっち向いて」

 今度は向き合う。

 花道が勢いよくパジャマを捲り上げた。首の辺りまでよく見える。

 仙道は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

(さ、触りたい……)

 胸から腹にかけて綺麗なラインが続く。

 痩せている訳でもなく、太っている訳でも無いその体は、見た目だけでも十分スベスベ感が伝わってくる。

 指先でつつーっとなぞりたくなる。

 小さく主張している可愛らしい乳首にも、目が釘付けだ。




―――頬擦りしたい。




 仙道は本気で思った。

 腹から胸にかけて頬擦りして、乳首をちょっといじってやって、腹に吸い付いて、ヘソを舌で擽って。

(どんなに気持ちが良いだろうか……)

「仙道?」

 うっとり…と陶酔していると、花道があからさまに不審な目付きでこちらを見ていた。

 いや、二人の様子を見るとも無く見ていた病室の子供達も、不思議そうにこちらを見ている。

「あ……あははははは……」

 仙道は冷や汗を浮かべながら慌てて聴診器を花道の体にあてた。

 そして異常無しと分かると、花道へ引き攣った笑みを浮かべ、その頭をくしゃくしゃと撫でてやりその場を誤魔化した。

「……さ、さぁて。俺はそろそろ仕事に戻らないと………」

 そそくさとその場を去ろうと後ろを向いた。

 これ以上花道の傍にいるのは、色んな意味で危険だ。

「なんだよ!もっとここに居ろよー!」

 しかし花道が仙道の背中にがしっとしがみ付いて来た。

「は、花道!!」

 そんなにしがみ付いたら、しがみ付いたら………気持ち良過ぎる!

 子供体温で背中が気持ち良い程暖かい。

 仙道は己の理性がどこまでもつのか非常に心配になった。

 一方花道はと言えば。

 父親の背中と同じ位大きい仙道の背中がお気に入りなのだ。

 実はとってもお父さん子な花道。

 仕事があっても毎日お見舞いに来てくれる父親が大好きだ。

「…………」

「花道?」

 急に黙り込んだ花道を不審に思い声を掛けた。

 すると後ろから肩に腕を回してきて、仙道の背中にべったりくっついた。

 そして花道の囁きが聞こえた。

「……おんぶ」

「……………」

 仙道はその小さな声に微笑んで、花道をおんぶしてやった。

 しっかりと花道の足を支えてやると、花道は大人しく背中にしがみ付いていた。

(このまま浚っちゃおうか……)

 そんな物騒なことを考えていたら、PHSが鳴った。

「あ………」

 呼び出しだ。

 とっくに回診が終わっている時間なのに、持ち場に戻らない仙道に早く戻って来い!と連絡をしてきたのだ。

「ヤバいなぁ………流石に」

 花道は広い背中があまりに気持ち良くてウトウトしてしまったようだ。

「うーん、このまま背負っていたいんだけどなぁ……」

 そう思っていたら「どあほう」という声が聞こえた。

「流川?」

「ふぬー!流川!また言いやがったなぁー!」

 てっきり眠っているとばかり思っていたが、花道は流川の挑発にまたしても反応してしまった。

「ふーやれやれ。サルだから直ぐ引っ掛かる」

「何をー!!!」

 花道は流川の安い挑発に乗って、仙道の背中でジタバタし始めた。

「わわっ!ちょっと待て、今降ろすから!」

 落とさないように気を付けて花道を降ろすと、花道は流川に向き直った。

「流川めー!許さん!」

「どあほう」

 流川は余裕そうに構えている。

 仙道は2人の様子に肩で溜息をついた。

(流川……今のは一応助かったって言っておくよ)

 恋敵に塩を送られたような気もするが、まあ今回はありがたく頂戴しておこう。

 仙道は非常に名残惜しかったが、仕事に戻ることにした。

「花道!また来るからね!バイバイ!」

「あ!仙道!またな!」

 ブンブン手を振る花道の横には無表情の流川。

 いや、無表情では無い。目が思い切り語っていた。

『二度と来るな!』  

 と………。

 仙道はそんな流川に苦笑した。

 そして体温で暖められた背中を意識しながら医局へ向かった。








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