【HappyCapsule】  (1)








「汝はこの者を生涯の伴侶とし、病める時も健やかなる時もこれを愛し敬うことを誓いますか?」

 厳かな雰囲気の中、神父の言葉が教会の中に響き渡る。

 神父の前には、白いタキシードを着た赤い髪の青年と黒いタキシードを着たツンツン頭の男性が並んで立っている。

「はい、誓います」

 白いタキシードを着た青年が静かな声で、しかしはっきり答えた。



 二人の背後には、極少数の出席者がいるのみ。

 それも、二人の両親と限られた友人達だけである。

 彼らは、ある者は微笑みながら、またある者は涙を浮かべながら進行していく式を見守り続ける。



「では、誓いの口付けを」

 その声に促されるように、黒いタキシード姿の青年は傍らの青年へ、そっと口付ける。

 唇が離れる瞬間、二人はお互いを見つめた。

 確認するように。

 そして二人の口元が柔らかく笑みを形作った。




 厳かな光と音楽の中、ここに類稀なる一組の夫婦(夫)が、誕生したのであった……。








         ****







ジリリリリリリリリリリリリッ!!

 目覚まし時計の物凄い音が静かな部屋に響き渡る。

 布団から這い出た黒髪の男が、枕もとで「早く起きろ!」と急かす目覚ましを壊れない程度に殴って止めた。

 それで起きるかと思いきや、そのまま再び布団に突っ伏してしまう。

 再び沈黙がおりた。

 するとそこへ、豪快に寝室のドアを蹴破り、元気一杯の顔で赤い髪の青年が入ってきた。

「起きろ、仙道ー!!!」

 その手にはおたまが握られている。

「……」

 それでも起きないこの男。

 またしても大声で怒鳴るかと思われたが、青年は違う行動に出た。

仙道と呼ばれた男の傍へ近寄る。

 そしてなるべく静かにベットに上がり、蓑虫仙道を跨いで仁王立ち。

 そして……?

ドスンッ!!!

「グェッ!!」

 カエルを潰したような、なんとも情けない…いや気の毒な声がした。

 なんと、仁王立ちした彼は、体操の選手のようにそのまま軽く飛び上がり

蓑虫仙道の丁度腹の真上に尻から落下したのだ。

 思い切り体重が乗った尻を、全く無防備だった男の腹が受け止めた形になったのだが。

「く、苦し……」

「どうだ?参ったか?参ったならさっさと起きろ!」

 ついでにパコッとおたまで頭を軽く殴る。

「……花道ぃ〜…」

「なんならもう一回やっても良いんだぞ?俺様のスペシャルダイビングを!」

「勘弁してくれ…」

 蓑虫状態の布団の中から目だけ出して、花道と言う名の青年に懇願する。

 あんな衝撃を朝から2回も味わいたくない。口から内臓が飛び出しそうだ。

いやそれより死ぬかも。

「だったら早く起きろ!飯が冷める!」

「じゃぁ…おはチューして……」

「あぁ?!」

 なに寝惚けた事言いやがる!

 頬を少しだけ染めながら言い返す花道はまだ仙道に跨ったままである。

「隙あり!」

「のわ!!」

 仙道は驚くべき腹筋で起き上がり、花道を抱きしめてしまった。

 突然尻に敷いていた仙道の体が大きく揺れて、花道は後ろにひっくり返りそうになった。

 しかし寸前で腕を引かれて、後ろに倒れるような無様な真似はしなくて済んだ。

 そして結局、仙道の体を両足で挟むような体勢で抱き合う事になってしまった。

「仙道〜!」

「なーに?花道」

 見るからにご機嫌オーラを出している仙道は首に回された花道の腕に大層満足していた。

「何じゃねーだろ!なんだよ、この体勢は!」

「おはチューがしやすいように起き上がったんだよ」

 花道の怒りもなんのその。

 早く早くと花道にせっついてチューをねだった。

「…目潰れよ…」

 花道が少しだけ目を逸らし恥ずかしそうに言う。

(おお!今日は珍しくしてくれるんだ!)

 いつもは荒々しいスキンシップでおはチューをなかなかして(させて)くれないのだ。

しかし今日は花道も機嫌が良いようだ。

「それじゃお願いします」

 うっとりを目を閉じた仙道は、今か今かと花道の柔らかい唇を待った。

 気配が近づいてきた。そろそろ来る。あの甘美な感触が………。


ムニュ


「?????」

 甘美な感触…の筈が、なぜか硬い。それにちょっと冷たい。

 ゆっくりと片目を開けて確認したら、唇に触れている感触は…おたまの背中だった。

「おはチューだ。文句あっか?ん?」

 不敵な笑みを口元に浮かべて花道がおたまをさらにグリグリ押し付けてきた。

「ムググググ!」

 仙道は頭を振っておたまを避けた。すると再び軽くパコッとおたまで額を叩かれた。

 そんないたずらした花道を懲らしめようとしたが、当の花道はするりと仙道の

腕から抜け出した。

「花道!」

 寝室から出ようとした花道は笑顔で振り返りひらひらと手を振った。

「全く…」

 ボサボサの頭とよれよれのパジャマ(ちなみに花道とお揃いだ)のまま、仙道は幸せな朝の時間に思わず笑みを浮かべた。

 なんてラブラブ新婚さん★な朝なんだろう。

 こんな戯れが酷く嬉しい…。今日も良い1日になりそうだ。

 そんな腐ったことを考えつつ、大きく伸びをした。

「さぁ行こうかー!」

 仙道は気合を入れてベットを下りた。




 身支度を済ませてリビングへ行くと、ダイニングテーブルには既に朝食が用意されていた。

 その横にはちょこんと置かれたお弁当の包み。

「今日の中身は何?」

 パンに齧り付きながら弁当の中身を訊ねる。

「今日は昨夜の残りの肉じゃがとインゲンの胡麻和え。他にはリクエストの出し巻き卵とか色々」

「卵入れてくれたんだ。嬉しいなぁ…」

 花道の作る出し巻き卵は絶品なのだ。いや、彼が作るものは全部美味しい。

「そういや仙道。今日は帰り遅いんか?」

 花道もモグモグとウィンナーを頬張りながら聞いた。

「うん、会議があるからちょっと遅くなる。夕飯は先に食べてて良いよ」

「オッケー」

 花道は慣れた様子で返事をする。

 大抵一緒に夕飯を食べるのだが、まれに時間がずれることもある。

 しかも仙道が「会議」と言うと宴会も含まれるのだ。さすがに待っているのは辛い。

「んじゃ先に行くからな!」

 早々と朝食を済ませた花道は、食器を流しに置いてスポーツバックを肩に掛けた。

「気を付けて行ってらっしゃい」

 玄関まで見送るために、仙道も立ち上がる。

 靴をはいて仙道に向き合った花道は、彼のネクタイが曲がっていることに気付いた。

「ネクタイ曲がってるぞ」

 そう言って仙道の胸元に手を伸ばす。

 きゅきゅっと直した花道に仙道が身を屈めて素早く口付けた。

「ん!」

 驚いて目をまんまるにした花道に「おはチューだよ」と笑って言った。

「ぬぬっ」

 上目遣いで頬を赤くする花道は凶悪な程可愛らしい。

 もう一回しちゃおうかなぁ…と顔を少し近づけようとしたら、花道はクルリと背を向けて大急ぎで玄関を出た。

「行って来ます!!!」

 そう言うのを忘れずに。

 そして仙道は目の前でバタンと閉じられたドアを見ながらクスクスと笑った。




 仙道彰と桜木花道は結婚している。

 二人の関係は高校教師とその生徒。

 どこをどうなってそんなことになったのか…。それは話すと長くなるので省略する。

(まだ考えていないだけ)

 彼らはお互いの両親の合意を得て晴れて夫夫(…)になった訳なのだが…。

 彼らの結婚を知っているのは、両人の親と限られた極少数の友人のみである。

 しかしそれは当然だろう。

 なんせ教師と生徒なのだから。

 しかも同じ学校で担任と教え子。

 それこそ問題ありまくり。

 だからこそ、いつもイチャイチャしてる訳にはいかない。

 学校へ行く時には絶対に別登校。花道は電車。仙道は車。

 勿論学校では必要以上に近寄らない。

 帰りも一緒に帰らない。

 本人達はこのルールを堅く守っているので、周囲にバレる筈が無い!と思い込んでいる。

 だがしかし。

 彼らが時折発する暑苦しい視線(…)によって、事情を知る友人達はいつもハラハラドキドキものだ。

 そんな時にはさり気無く「ラブ光線出てるぞ…」と注意してやるのだから、友人達も苦労が絶えない。





 そう言うわけで、周りの良い友人達や両親に見守られながら、彼ら二人は新婚生活を満喫しているのであった。











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