【HappyCapsule】 (2)
私立湘北高等学校。
この学校は創立80年を迎える伝統校である。
そして特筆すべき点は男子高であるということ。
制服は今時私立では珍しい黒の学ランだ。
頭の程度といえば、まぁ一般的に見て中くらいだろうか。
決してお金持ち学校ではなく、純粋に入試や推薦で入学が決まる。
過去に何度か共学に、という動きがあったものの、結局様々な問題点により現在まで生粋の男子高として存在しているのだ。
桜木花道はこの学校の1年生である。
湘北を選んだ理由は大親友が一緒に進学するという点にあった。
無事にバスケによって特別推薦に合格した花道は、誰よりも充実した高校生活を送っていた。
「花みっちゃん!チューッス!」
「チューッス!」
「さ、桜木くん!おはよう!」
「おっす、委員長!」
次々と声を掛けられる花道は、その一つ一つにきちんと答えていく。
彼には男友達が多い。
というか、もはや彼らのアイドルと言っても過言では無い程、花道の周りには人が絶えない。
憎めないあの性格とかわいい笑顔を向けられると、みんな有頂天になってしまうのだ。
毎朝花道の顔を見ないと一日が始まらない!とまで言う者もいる始末だ。
先程挨拶してきたクラス委員長などは、花道から返事を貰った途端嬉しそうにスキップしている。
そんな風にあちらこちらで朝の挨拶が交わされる中、花道は教室まで歩いていた。
「桜木!」
振り向くと、隣に小走りでやって来た少年が一人。
「おーっす!野ザル!」
「野ザルじゃねー!この赤毛ザル!」
2人は言い合いながら廊下を並んで歩く。
後からやってきた少年の名前は清田信長。
花道の同級生だ。そしてクラスメイト。
しかもなんだかんだでつるむ仲間だったりする。
花道より幾分背が低く、髪はロン毛だ。
ちなみになかなか愛嬌のある性格をしているので、先輩受けが良い。
「あのよー…」
「あん?」
「………」
信長が口篭る。
いつもハキハキと喋るのに珍しい。てれてれと歩きながら、花道は隣を見た。
「なんだよ、言えよ」
そう促すと、信長は意を決したように顔を上げて花道に近寄った。
なんだなんだ、と花道も身を屈めると、背中にトンッと何かが当った。
「デカイ図体が通行の邪魔だぞ」
そう言って笑いながら2人の背後にやってきたのは花道の大親友の水戸洋平だ。
「洋平!」
花道は顔をパッと輝かせる。
「オッス、水戸」
気付いた信長は花道の横に並んだ洋平を見た。
「おはようさん」
片手を軽くあげて2人に答えた洋平は、これまた並んで教室へ向かう。
「んで。何だよノザル」
「え?あ……いや……」
困った顔をする信長を察して、洋平は「宿題ならこいつに頼っても無駄だぜ」とからかった。
「宿題?そんなんあったかよ」
「ほらな」
くっくっと笑う洋平、きょとんとする花道、そしてまだ困った顔をしている信長たちはようやく教室へ辿り着いた。
「やっぱ、後で言う!」
そう言って信長はそそくさと自分の机へ行ってしまった。
「なんだぁ?気持ち悪ぃな、途中でやめんなよ!」
「まぁまぁ。後で言うって言ってんだから良いじゃねーか」
花道を嗜めた洋平はそのまま花道の机まで歩み寄る。
「昨日言ってた本、持ってきてやったぜ」
「マジか!」
嬉々として受け取ったのは【サルでも出来る3分クッキング】という料理の本だった。
洋平の姉が持っている料理本のうちの1冊だ。
疲れていても速攻作れる料理を知りたいという花道へ洋平が「そういえば…」と探してきてくれたのだ。
「役に立ちそうか?」
「おう!」
本をパラパラめくると、綺麗な写真と共に作り方が書いてあった。
どれもこれも美味しそうだし、説明を読んだ限りでは簡単そうだ。
花道は大皿料理などを適当に作ることが出来るが、仙道は料理が苦手なので全く頼りにならない。
他の家事なら出来るのになぜか料理だけは苦手のようだった。
そして流石の花道もレパートリーが多い方ではないので、この本の出番と相成ったわけである。
「これ、ちっと借りてても良いか?ねーちゃん、怒らねー?」
「あぁ、平気平気。むしろ他にもあるから持っていけって言ってたくらいだから」
花道に渡したのは1冊だが、洋平の姉は他に5、6冊チョイスしたから持っていけと言っていたのだ。
流石に全部は持って来れなかったので、中でも一番厚めの本を持参した。
洋平の姉とは小さい頃からよく遊んでいたのでかなり親しい間柄である。
おっとりしたとても優しい女性だ。
そんな他愛も無いことを話していると、廊下を背の高い人影が過ぎった。
「あ、来たわ。んじゃ後でな」
洋平が席に戻ったのと同時に、教室のドアが開いた。
「授業始めるぞ。席につけー」
教卓へ向かった背の高い男がグルリと教室を見渡した。
その人物は――仙道彰だ。
そう。
言わずと知れた花道の夫(……)である。
仙道が教室を見渡したその時、丁度花道と目があった。
ほんの少し仙道の目元が弛み、それに気付いた花道は不敵にフンッと鼻を鳴らす。
「それじゃ今日は教科書の××ページからだな。和訳は……高村の列から」
そう言って仙道は何事も無かったかのように一番前の生徒を指名し、授業を始めた。
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