【HappyCapsule】 (3)
その日の放課後。
バイトがあるからと先に帰宅した洋平を見送り、信長と花道は誰も居ない教室に残っていた。
「おい、そろそろ行こうぜ」
「ん……あぁ………」
放課後は部活に行かなくてはならない。
花道も信長もバスケ部なので、当然この後は部活なのだ。
しかし信長が引き止めるので、結局誰もいなくなるまで2人は教室に残っていた。
「なんなんだよ、一体。言いたいことがあんならはっきり言えっての!」
今日一日ずっとこんな態度の信長に、花道はいい加減堪忍袋の緒が切れそうだ。
「何かあったのか?」
「…………あのさ」
ここまできて意を決したのかようやく信長が口を開いた。
「合コン………一緒に行ってくんねーかなぁ………」
「はぁ?合コン?」
花道の眉毛が思い切りひん曲がった。
合コンとは花道と最も縁遠いイベントだ。
実際いまだかつて一度も行ったことが無い。
「合コンって何だ?」
「あ〜……それは…………」
多分知らないだろうなぁ……と思っていたのだが、やはり知らなかったようだ。
信長は半ば予想していたので、簡単に内容を教えた。
「ようするに集まって飯食う訳か」
「う……ま、まぁそうかな……?」
ちょっと違う気もするが、まぁ間違ってはいないのでそこはあえて触れない。
「タダで食えんのか?」
「え?いやそれは…………」
勿論会費は払わなくてはならない。
しかし信長は最初から花道に払わせる気は無かった。
この男が金を出してまで合コンに来てくれるとは思っていないから。
高校生にとって2人分の出費はかなりツライが、ここは仕方ない。これも必要経費なのだ。
「飯代は俺が出す。だから好きなだけ食え」
「うおお!マジで?何でも?いくらでも?」
「お、おう……」
そういえば花道は大食らいだった。
すっかり失念していた信長だった。
「それにしても、なんでそんなの行きたがるんだ?知らないヤツとわざわざ飯食うことねーだろ」
「……A女学院なんだよ、相手が………」
「A女?それがどう―――」
「す、好きなヤツが来るんだよ、合コンにっ!」
「すっ!」
花道の唇が「す」の形で尖った。
「言うなよ!絶対誰にも言うなよ!内緒だかんな、てめー!」
信長は顔を真っ赤にして早口で捲くし立てる。
おせっかいな友人が、A女との合コンをセッティングしてくれたのだ。
当然信長とその彼女を引き合わせる為に。
4対4の合コンの為に、信長は一人男を引っ張って来いと言われていたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのがなぜか花道だった。
花道の場合は食事をおごると言えば絶対来てくれると思ったので。
ここで断言しておくが、信長は決して既婚者だから安全パイとして花道を合コンへ誘った訳では無い。
単に一番連れて行きやすかっただけなのだ。
そして当初の予想通り、花道は”初合コン”を体験することになったのだ。
「好きなヤツか〜」
自分のことのように嬉しそうに笑っている花道に、信長は釘を刺す。
「絶対言うなよ!男同士の約束だからな!」
「分かってるっつーの。しつこい男は嫌われるぞ」
「お前に言われたくない!」
信長は「可愛いのか?良い子か?」とニヤニヤしながら聞いてくる花道を見て、早まったかも…とちょっとだけ後悔した。
まだニヤニヤしている花道をちらっと見る。
「”カッコ良い旦那さま”には負けるけど」
「!」
ボソッとした呟きだったが花道にはしっかり聞こえた。
「あれはアイツが土下座して頼むから―――っ」
「ふーーーん。あ、そう。”頼まれて可哀想”だから結婚してやったって訳か。担任と!」
「ふんぬー!」
顔をりんごのように真っ赤にして「いや、あれはそんなことじゃなくて、だから、その」と何やら訳の分からないことをゴチャゴチャ言い出したので、信長は深い溜息をついてしまった。
これ以上話を引き伸ばすとただの惚気を聞かされてしまう。
―――冗談じゃない。
「おら、行くぞ!」
「あ、ま、待て野ザル!」
誰が野ザルだ、誰が!
信長は後ろを走る花道に追いつかれないように体育館までダッシュした。
(やっぱ、合コンのことも口止めしといた方が良いな……うん……)
信長は壁際で紅白のゲームを見ていた。
コートの中では花道が縦横無尽に動き回り、それを仙道がコートの外から見ていた。
実は仙道はバスケ部の顧問兼コーチだったりするのだ。
ようするに花道と仙道は四六時中一緒に行動していると言っても過言では無い。
出番待ちの間、信長はタオルで汗を拭いながら二人の様子を盗み見ていた。
(水戸と仙道には黙ってた方が良いよな。じゃねーと、後で絶対殺されるっ!)
洋平が花道を親友として大事にしているのは良く分かっているし、仙道は花道の旦那だ。
合コンなんぞに引っ張り出したなんてことをもし知られた日にゃ……。
想像して背筋が震える。
しかし、こちらにだって切羽詰った理由があるのだ。
色々想像して多少不安になったが、それでもとりあえず無防備な花道をなんとかガードしつつ絶対彼女をゲットするんだ!と信長は気を取り直した。
(帰りに口止めしとこ……)
それだけは忘れないように、あらためて堅く決意した。
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