【HappyCapsule】 (9)
時は遡る。
「行ってらっしゃ〜い」
パジャマのまま玄関で行ってらっしゃいのチューを嫌がる花道へ散々かまし、熱い包容の後送り出した。
とりあえず朝食も済ませたので、仙道は着替えてリビングの窓を開ける。
爽やかな朝の風がまだ整えていない前髪を揺らす。
今日は髪は固めない。
土日はどこかへ出かける時意外、ほとんど下ろしたままだ。
ベランダに出ると見事な青空に白い雲が点々とのんびり浮かんでいる。
暫らくゆったりと景色を眺めていると、下方に赤い点が現れた。
エントランスから出てくるその赤い点を上から微笑みつつ眺めていると、ふいにその点が上を見上げてきた。
仙道がその点に向かって手を振ると、かすかに手を振り返した。
「行ってらっしゃい」
笑ってその点が見えなくなるまで見送り、さて、と仙道は洗濯をする為にリビングへ引っ込んだ。
花道が遊びに行くというのは以前から聞いていたので、承知していた。
自分達は確かに結婚しているが、友達と遊ぶことを咎めるようなことは絶対にしない。
お互いに色々な付き合いがあるのは当然のことで。
そんなところまで嫉妬して口を出すのはいかがなものか。
勿論嫉妬しない訳ではない。
けれど、仙道は花道を信頼しているし、花道もまた仙道を信じている。
お互い同意の上で婚姻届へ印を押したのだ。
相手が自分をどれほど必要としているのか、充分理解しているつもりで。
奇麗事だと言われようが、それが二人の真実なのだから外野がとやかく言うことではない。
「後でクリーニング屋も行かないとな」
頼んであるスーツやYシャツなどを受け取りに行ってくれと朝食時、花道に頼まれたのだった。
なんだかんだでやることは多い。
少しでも花道の負担を軽くするために出来ることはやっておかなくては。
学生で部活までやっているのに、そのうえ家事までお願いしているのだ。
いつも出来る限り手伝ってはいるが、どうしても仕事仕事で帰宅も遅く、やる余裕がなくなってしまうのだ。
仙道自身一人暮らしが長かったので、家事は一通りこなせる。
従って土日は二人で外食したり花道へ手料理を振舞うこともある。
家事は出来る範囲で分担する。
それがこの夫婦の暗黙の了解であった。
そんなこんなで家事を一通り済ませると、気が付けば15時を過ぎていた。
この後はのんびり過ごそうとコーヒーを入れてソファに腰掛け、録画したまま見ていなかった番組を再生した。
初めは見ていたのだが、知らず知らずのうちに眠ってしまった。
どれくらい眠っていたのだろうか。
気持ち良い昼寝の時間を一本の電話に邪魔された。
プルルルルルルッ!
「……あ〜、電話か……」
のっそりと起き上がると受話器を取った。
「はい、仙道……」
『仙道!今すぐ来い!』
受話器の向こう側から聞こえてきたのは、仙道の同僚の声だった。
「越野、何だよ突然……」
耳元で声を張り上げる同僚に呆れつつ時計を見れば、何時の間にやら十八時近かった。
もうこんな時間だったのかと驚き、ようやく頭がはっきりした。
『情報が入ったんだよ!例のアレ!』
「例の?なんだっけ……」
「なんだっけじゃねーだろ!合コンだよ合コン!」
『………あぁ…』
そこで仙道は思い出した。
越野は合コン摘発部隊(?)のリーダーなのだ。
しかも推したのは自分で。
確かに熱血教師タイプな越野には適任だった。
リーダーになってからもう三回程現場を押えているのだ。
全く犬並の嗅覚である。
そして意外にもタレコミが多いらしく、越野の元には日々細かな情報が入ってきているらしいのだ。
本人は「生徒との熱い信頼で結ばれているからな!」と胸を張っているようだが、実際には恐らく合コンを邪魔してやれというからかい半分やっかみ半分の生徒達のお陰であろう。
まぁそれはともかく。
今回も越野の元へ突然タレコミがあったようなのである。
『場所はM駅東口。駅から結構離れてるカラオケボックスだ』
「越野…今日は土曜日だよ?カラオケくらい行くだろ……」
『ただのカラオケだったら誰もわざわざお前なんかに電話するかよ!』
週末に1件あるらしいと前々から情報はあったが、どうやら目撃情報があったらしく信憑性がある。
今まで現場に出向いて無駄足になったことが無いので、越野自身はかなりその情報を当てにしているようだ。
「ガセかもしれないだろ?俺は遠慮しとくよ。越野行って来て―――」
『良いから今すぐ来い!』
大声で怒鳴るとM駅東口で待ってるからな!と一方的に言って切れてしまった。
「勘弁してくれよ…」
仙道は頭をボリボリかくと思い切り肩を落とした。
≪≪ novel-top