【 秘密基地 2 】
  (1)











 流川にコクられた。

『好きだ』

 突然のことなので、花道はそれはそれは驚いた。

 驚きすぎて……不覚にも智恵熱を出して寝込んでしまった。

「情けねえ…」

 熱の所為でぼおっとする。

 花道は体調を崩すことなど滅多に無く、元気の塊のような子供だ。

 従って熱にはかなり弱く、ちょっとしたことでも気力体力をごっそり持って行かれてしまう。

 そして元来持っているおつむの処理能力よりも大きな問題が発生すると、途端に脳みそが処理しきれずパンクしてしまうのだ。

 ただし、今回ばかりは処理能力うんぬんという問題ではない。

 コクられたこともそうだが、なんと言ってもそれよりショックな出来事があったのだから。

「ルカワのやろう…ぜってー許さねえ…」

 熱で潤んだ瞳で天井を睨み、昼間起こった出来事を思い出した。














 あの時、花道達は秘密基地にしている近所の使われなくなった倉庫でアイスを食べていた。

 凄く暑くて、アイスも急いで食べないとあっという間に溶けてしまうほどだ。

 最初は大人しくアイスを頬張っていたのに、気が付いたら流川にキスを迫られていた。

 なんとか被っていたキャップでガードしたのだが、もはや耐え切れず花道は最終手段に出た。

 流川の股間を蹴り上げ、ダッシュで逃げたのだ。

(ちっがーう!逃げたんじゃねー!ヒジョウジタイ、だったんだ!)

 とにかく、あれは見事に決まった。

 しかし見事過ぎて、流川のちんこが折れてしまったかもしれない…!とうっかり同情心を出してしまったのが運の尽き。

 親切にも現場に戻って、股間を押さえて蹲る流川を心配して近づいた瞬間……。

「ちくしょー!」

 思い出すだけでも腹が立つ。 

 ベッドの中で、熱の所為で全く力が入らないのに、あらん限りの声で叫ぶ。

 あのムニュッとした感触が唇から離れない。

 生暖かくてアイスの甘いにおいがしたあの感触が。

 熱で目を潤ませつつ唇をゴシゴシ擦ると、体にかけられていたブランケットをガバッと引っ被る。

 額に貼られた冷えピタは冷たいけれど、ほっぺたはまだまだ熱い。

「ふんぬ〜!!」

 やっぱり暑くてブランケットを跳ね除ける。

 呼吸が荒く心臓もバクバクと忙しい。

「ルカワのバッカやろー!」

 脳みそがグルグルと渦巻いて、どうにもこうにも落ち着かない。

 なんでこんなにさっきからあいつのことばっかり考えてしまうんだ。

 興奮し過ぎて喉が渇いてきた。

「ルカワのやつめ…」

 花道はひとまず起きて枕元にあった水を飲む。

 温いそれをゴクゴク飲み干すとほっと一息ついた。

 エアコンの効いた部屋はほどよく冷えて心地いい。

 外は明るくて、時計を見るとまだ夕方だった。

「………」

 花道は無言でまた横になった。

 目を閉じると流川の顔が直ぐに浮かんでくる。

 好きだと言った顔は凄く真剣だった。

 あんな顔はミニバスの試合の時しか見たことがない。

(真面目な顔しやがってよ……)

 いつもどあほうと小バカにした顔ばかりしているクセに。

 秘密基地での出来事のあと、流川がわざわざ花道の忘れ物を持って来てくれた。

 まさか届けてくれるとは思わず、とても驚いた。

 そのまま帰ろうとした流川を思わず引き止めた花道は、彼を自室へ招いたのだ。

 引き止めた時の流川の顔はなかなかの見物だった。

(アイツ、たまに笑うんだよなあ……) 

 ちょうど誰も居ない時だったので、とりあえずエアコンを掛けて二人で麦茶を飲んだ。

 流川の様子を盗み見ると、落ち着いているようで、あの痛みに耐えていた様子はもう無い。

 ホントにもう平気なのかな…とチラチラと相手の股間ばかりを見てしまうのは仕方の無いことだろう。

『どあほう』

『え!?』

 股間を見てたことがバレたのか、とドキッとしたがどうやら違うようで、流川は凄く真面目な顔をして花道を見ていた。

 そして何の前振りも無く「好きだ」と告げてきたのだ。

 自慢じゃないが生まれてこのかた告白されたことなどただの一度も無い。

 同級生は付き合ってるとかそんな噂が流れたりするし、花道だってそういうことに興味が無いわけではない。

 でも花道にとって女子は凄く特別で、なんだか近寄りがたい存在だから、自分とは縁の無いことだと思っていた。

 それになにより友達と遊んだり、所属しているミニバスで活躍するのが何より楽しかったのだから。

 それにしても、まさか人生初の告白が幼馴染の男からとは、流石の花道も想像もしなかった。

 というか、最初は信じられなかった。

『何言ってんだ?』

 きょとんとする花道へ、しかし流川はなおも告げる。

『好きだ』

『………』

 思わず無言になると、流川は何を思ったのか、持っていた麦茶のコップを床に置き、ずいっと花道へ近づいてきた。

『な、なんだよ!』

 思わず後ずさった。

 それは当然だろう。

 なんせつい先程、目の前の人物に迫られキスされてしまったのだから。

 しかしそんな花道に構わず流川はどんどん近づいてくる。

『く、来んなよ!こっち来んな!』

 後ずさりしながら訴えるけれど、結局壁まで追い込まれた。

 ビタンッ!と背中に壁が当る感触がして顔が青褪める。

『ル、ルカワ…』

 顔を青くしてビビッている花道に、流川はようやく動きを止めた。

 正座して花道の顔を覗き込む。

 何を考えているのか全く読めない無表情の、しかしとても真剣な顔。

『ずっとずっと、ずーっと前から大好きだ』

『…………!!!!』

 言われた言葉をかみ締めた花道は、心臓がドクン!と高鳴るのを合図に、ジュワ〜とそれこそ全身が真っ赤になって熱くなっていくのを感じた。

『う…えぇええ?!』

 あまりのことに言葉が出てこない。

 相変わらず真正面にはマジモードの流川が鎮座している。

『な、な、なに……』

 そんなことを突然言われても困る!

 やっぱコイツは変だ。

 変態なんだ!

 そうだ!そうに違いない!

 股間蹴ったから、きっとますますおかしくなっちまったんだ!

 花道は一人ぐるぐるして、うろたえる。

 普段使わない脳みそを高速フル回転させて事態を収拾しようと試みる。

『あ…う……』

でも、限界が来た。

『どあほう…俺…』

 流川が手を伸ばしてくるのが見えた。

 避けたいのに、体が動かない。

『…どあほう?』

 なんだか心配そうな声がする。

 なんでもない、と言うつもりだった。

「おい…っ!」

 肩を揺さぶられ、眩暈の後、一気に暗転した。













 
 そこまで覚えていたのだが、その後は気が付いたらベットの中で、額に冷えピタを貼られて眠っていたのだ。 

「試合中みたいな顔しやがって。何マジになってんだアホキツネめ……」

 あんな顔したって許さない。

 俺が好きなんて、ホモじゃねーか。

「ルカワのホーモ。ホモほもホモ野郎っ」

 でも、どんなに貶しても流川の真剣な顔ばかりが浮かんでくる。

「ふぬぅ……」

 花道は唇を尖らせた。

 なんだかもう考えるのも疲れてきた気がする。

 次第に眠気が襲ってきて、結局花道はそのまま眠りに引き込まれていった。













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