【携帯電話】  (1)







 電車に乗るとすぐに携帯電話を取り出した。

 メールをチェックするためだ。

 来る相手はいつも同じ。メールの中身も大して変わらない。

 ただ受信簿を見ると未開封のメールがあって、それはやっぱりいつも嬉しい。





 桜木と俺は別の大学へ進んだ。

 あいつは東京へ。

 俺は地元の神奈川へ。

 元から同じところへ行こうとは思わなかった。

 脳みそのレベルは同じだから、行けそうな学校のレベルも大差ない。

 でも俺達は違う大学を希望した。

 いや、たまたま希望する大学が違ったというだけの話だ。

 進学の話が出ても「同じ大学へ行こう」と話したこともなかった。

 お互いの希望大学を知っても「ああそうか。良いんじゃねーの?」くらいで

終わっていた。

 学校が変わると連絡が途絶えて疎遠になることもあると聞くが、俺達は

今でも変わらず付き合っている。

 俺は大学に入ってすぐに携帯電話を買った。桜木といつでも連絡が取れるように。

 だからあいつにも買うように言おうと思っていたら、向こうから連絡が来た。

 どうやら学校の友人に持てと言われたらしく、携帯電話を買ったという報告だった。

 メールの打ち方がいまいち覚えられないと話していたけれど、

何より覚えるのが得意なあいつはすぐにコツを掴んだらしく、1日に何度も

メールを寄越した。

 おかげで俺の受信箱はすぐに桜木でいっぱいになった。





 この前久しぶりに桜木に会った。

 あいつの部屋に泊まった夜、バスケのビデオを見ていたらあいつの携帯電話に

メールが届いた。

 手馴れた様子でメールを見るあいつを見て、正直ムカついた。

 俺が傍にいるのに、どうして他のヤツに構うんだ。



 そんなメール見るな。

 見るな。

 見るな。

 見るな。



 今メールを寄越して、俺達の時間を邪魔した相手をぶん殴ってやりたい

衝動に駆られる。

 どうせ俺に構わず返事を出すんだろう…と暗い気持ちになっていたら、

桜木はそのまま携帯電話を放した。

 返事をしないのかと聞くと、大した用事じゃないから後ですれば良いんだと言う。

 そして桜木は何も無かったかのように

「今のダンク見たかよ!スゲーな!でも俺には遠く及ばねーな!」

 なんて少し興奮気味に話した。

 一瞬(俺が傍にいるから気を遣ってくれたのか?)などと都合の良いように

解釈しつつ呆けていた俺は、そんな ダンクシーンなんて当然見ていない。

 そう言うと「巻き戻して見ろ!」とせっついた。

 桜木がテープを巻き戻してくれている間、俺はなぜか「携帯を見せろ」と

口走っていた。

 すると桜木はそこら辺にある雑誌を渡すかのように、自分の携帯電話を俺に

寄越した。

 別にやましい気持ちがあって「見せろ」と言ったつもりは無かった。

けれど結果的にはやはり同じだ。

 俺は折りたたみ式のそれを開き、メール受信箱を見た。

 案の定俺以外にもたくさんのヤツからメールが送られてきていた。

 食い入るように液晶画面を見ていた俺を不審に思ったのか、桜木はリモコンを

放り出し俺の隣に来て一緒に小さな画面を覗き込んだ。

 受信箱を勝手に見て怒るかな…と少し身構えていたら、あいつは身を乗り出して

話し出した。

「さっきメールくれたコイツ!スゲー頭良いんだぜ!」

 今度の試験で使うノート、コピーさせてくれるっつーんだ!

 嬉しそうにそう言った。

 流石に中身を読むのは気が引けたのでメールは開かなかった。

 しかし平気な顔をして言うものだから、思わず受信箱の一番上にあった先程

届いたばかりのメールを開いてしまった。

 中身は桜木の言う通りノートの話だった。

 明日ノートを持っていくから、学校の購買でコピーしてくれという内容だった。

 少し…いやかなり安心した。

 その後はずっと受信箱に収められたメール送信者の話題になった。

 当然ビデオはまるっきり無視。でも俺にはこっちの方が遥かに重要だった。

 受信メール一つ一つを開いては、こいつはこういう性格でこういうことが

あったんだと桜木が自分から話してくれる。

 それが俺には不思議な程嬉しかった。

 雨の日に、廊下で盛大にすっ転んだヤツの話を大きな身振り手振りで桜木が

話すのを見ていると、俺でさえも 思わず口元が弛んだ。

 そして俺が少しでも反応すると、桜木は益々嬉しそうに出来事を話してくれた。

 受信箱を見ていると俺のメールも当然ある。

 俺からのメールになると、決まって受信した時には何をやっていたかを

話してくれる。

 授業中だったとか、昼飯の最中だったとか。

 そして必ず一言付け加える。

「もっと長い文を書け」

 と……。

 確かに俺の文章は毎回短い。他のヤツからのメールを見ると余計自分でも

そう思う。しかし普段がこれだから

仕方無い。

「なるべく長くする」と言うと、何か一瞬考え込んだ桜木は「やっぱ短くてイイ」と言った。

「何で?」

「…長いとおめーじゃねーみたいだから」

「………」

「それに、マメに返事くれるしな!」

「…楽しいから」

「何が?」

「返事すんのが」

「ふーん。楽しいのか?」

「そう」

 桜木は腕を組んでフムフムと唸っていた。

「あ!おめーのも見せろ、流川!」

「…良いけど」

 そう言って俺の携帯電話を渡してやると、手馴れた様子でアドレス帳を開いた。

「俺しかいねーじゃん!」

「それで充分だし」

「学校のダチは?」

「いらねぇ」

「りょーちんとかは?」

「いらねぇ」

「せめて実家…」

「必要ねぇ。番号覚えてるし」

「バカかてめー!番号打つ手間が省けんだろう!!」

「…別に」

「〜〜〜っ!!分かった!!!んじゃ俺様が入れてやる!」

 俺の返事にキレた桜木は、俺の実家の電話番号を入力してくれた。

 番号を覚えているらしい。俺はそんなことが嬉しかった。


 ピッピッピッ


「クソー!やっぱりボタン、小せぇなぁ!!」

「……言えてる」

 俺達の手には携帯電話のボタンが異様に小さく感じるのだ。

「おら!入れてやったぞ!」

「あぁ…」

「おめーの送信箱も受信箱もホントに俺しかいねーじゃん!」

「だな」

「寂しいなぁ…」

「いや全然」

「何で」

「………何でも」

 俺の返事が気に入らなかったらしい桜木は、口を尖らせた。

 自分でも少し恥ずかしかったので、理由を言うのは辞めておいた。

 こういう拗ねた顔もやっぱり好きだなぁとぼんやり思いながら。







『次は●●〜。●●です。お下りの際は…』

 車内アナウンスで我に返った。降りる駅に着いたらしい。

 俺は受け取ったばかりの桜木からのメールに返信してから、携帯電話を

ジーンズのポケットへ仕舞いこんだ。

 肩に掛けていたバックを背負いなおし外を見る。流れる駅の風景が

スローになる。

 大嫌いだった人ごみも、今ではもう随分慣れた。

 それはきっといつも持ち歩いている携帯電話いっぱいに詰まった「桜木」の

お陰だろう。

 でもあいつには絶対に言わない。

 俺の方がいっぱい桜木を「好き」みたいで(…っていうか、実際好きだけど)、

悔しいから。

 だから言わない。

 言う必要もねーし。




    『そっちの天気はどうだ?

     こっちはスゲー良い天気だぞ!バスケやりてー!』

    『それはこっちの台詞だ、どあほう』





−−近くて遠いあなたと繋がる。

−−あなたと私は繋がっている。

−−それが私の些細な【幸せ】。





























提供はNT●ド●モです。←違う!(笑)
これは【黒猫的領分】の御巫はづき様へプレゼントしました。
リクエスト内容は「大学が違って遠距離恋愛してる流川と花道」でした。
うーん、結果的には「流川の幸せを追求した話」になっているような…(笑)
今回初めて流川視点というか、一人称に挑戦してみました。
読み難いかもしれません、ご容赦を。
流川や花道が携帯メールを打つなんて違和感あるんですが(笑)、
今回は二人がなるべく今風になるように書いたので仕方無いのです(笑)
なるべく今風な普通の大学生に…なってると良いなぁ…(-_-;)


(2003年7月25日初出)




novel-top ≫≫