【ラブポップ】 (2)
(相変わらずスゲー集中力……)
流川は机に向ってネームを切っていた。
凄まじい集中力と作業の早さに、今でも舌を巻く。
初めて一緒に仕事をしたときには、こんな作家もいるのかと心底驚いたのだ。
基本的に流川は全て一人でやる。
連載作家でこれは非常に珍しい。
さすがにどうしても無理な場合には助っ人を数人呼ぶが、それでも滅多なことでは呼ばない。
花道以外にアシスタントは3人いるが、彼らは花道だけでは間に合わない時にだけやってくる者たちで、普段アシは花道だけだ。
以前花道は他の作家の専属アシだったが、今は流川と専属契約をしている。
他のメンバーは他の作家のアシもやりつつ、流川のところにも通っているのだ。
流川は一人で作業するのが好きで、性格的にもどちらかと言えば他人を受け入れるのが下手な方だ。
今まで何人もが流川の元を去っていった。
そう言うわけで、今のメンバーは流川の人となりも知り、流川自身もその腕と人柄を信じている貴重な仲間達なのだ。
もちろん花道も即戦力として彩子の紹介でやってきたのだが……。
(あの初対面は一生忘れねえ!)
思い出すたびにため息が零れてくる。
あの時は、この流川とまさか専属契約を結ぶことになるなんて思いもよらなかったのだから。
「どあほう」
「んあ?」
呼ばれて振り向くと、流川が花道のそばに立っていた。
全く気配に気付かなかった。
花道は資料を探すために本棚の前にいたのだが、少し思い出に浸っていた間に背後を取られてしまったようだ。
「あんだよ。もう終わったのか?」
「いや、きりが良いから少し休憩だ」
「ん、そっか。んじゃいつものヤツを……」
「待て」
短くそう言うと、流川の逞しい腕が花道の腹部に巻き付いた。
「コラ!昼間はそういうのは無しって―――」
「少しだけだ」
そう言って更に強く抱きしめてくる。
「”桜木花道”が足りねえ…」
「はあ?」
「……」
流川は黙ったまま花道の肩へ顔を埋める。
人肌が恋しくなるこの季節、暑苦しい!と背後からくっついてくる男を振り払うことも難しくなってくる。
自分とほぼ同じ体格の男に抱きつかれ、それでも暖かくて気持ち良くて、花道は自分ももしかしたら少し流川不足だったのかなと思えてくる。
(でも夕べだってずっと一緒だったのになあ……)
アシスタントの専属契約だけでも驚きなのに、まさかこの流川と恋人関係になってしまうだなんて。
この男と出会ってから、予想外のことが多過ぎる。
腹に回された腕へ手を添え、肩に埋められた流川の頭へコツンと自分も頭をくっつける。
そして流川の眼鏡をそっと外してやる。
「少しだけだかんな」
そう言いながら頭を擦り付ける。
「ああ…」
流川はそっと花道の首筋へちゅっちゅっと小さく音を立てながら吸い付く。
「んっ!」
くすぐったくて、花道は少し肩を竦める。
「……どあほう…」
溜息のように囁かれ、首筋が泡立つ。
そのうちスルリと温かい手のひらが花道のトレーナーの裾から中に潜り込んできた。
「あ……」
このままにしておくと、セクシャルな意味で事が進んでしまいそうだ。
でもこの手は、ただ花道の肌に直に触れていたいだけなんだ、と訴えている。
花道も腹に直に添えられた大きな温かい手にホッとする。
流川もこう見えて、公私を区別しているので、仕事中に手を出したことは無い。
モデルと称して様々なポーズを取らされたり、上から伸し掛かられたりすることは多々あるが。
それでも口吻けまではするけれど、その先は無い。
(その辺はキッチリしてるよなぁ…)
その代わり、夜は結構……激しい。
「ぬうぅぅ……」
夕べのことを思い出し、思わず花道は頬を染めた。
「どあほう?」
カーッと腕の中の体温が上昇したことに気付いた流川は顔を上げて、背後から覗き込んだ。
「どうした?」
「な、なんでもねえ!」
そう言うと花道はようやくもがき出した。
「もう良いだろ!休憩終わり!」
そう言うと流川は仕方が無いとばかりに溜息をつき、花道の首筋へもう一度口吻けるとそっと離れた。
「ま、まだ終わってねえんだろ!とっととやれ!」
花道が照れ隠しにそう捲くし立てると、流川は肩を竦め本棚に目を走らせ数冊の本を取り出した。
ほら、と資料になる本達を花道へ渡すとそれと引き換えに眼鏡を受け取り、それを掛け直す。
「………今晩も寝かせねえぞ、どあほう」
そう言って眼鏡越しに意味ありげに笑う。
「な!アホなこと言ってんじゃねえ!」
ただでさえ赤い顔が益々真赤になってしまう。
その様子が微笑ましくて流川はふっと笑い、くるりと背を向けた。
「どあほう、15時になったらアレ頼む」
もう机に向かったその背中は、つい先程まで花道に張り付いていた同じ男とは思えない程、ストイックに見えてくる。
「分かってるよ」
その背中へ声をかけ、花道も気持ちを切り替えて資料を手に机へ向かった。
「流川」
呼ばれてようやく顔をあげた流川は「15時になった」と告げる花道へ一つ頷いた。
背後のテーブルに用意してあるのは三時のおやつ……ケーキだった。
これは流川の大好物なのだ。
一日一個は食べないと仕事に集中出来ない。
ケーキならなんでもOKで、細かいこだわりは無い。
ちなみにこのケーキは花道の手作りだ。
今日はいちごのショートケーキである。
甘酸っぱいいちごとふわふわのスポンジと滑らかな真白い生クリームが見事な調和を醸し出している。
流川は食べるが作れない。
その点、花道は料理やお菓子作りが得意なのでこうしてたびたび手作りケーキがお目見えするのだ。
「美味い」
まさに至福のひとときだ。
皿も空になったところで、流川がブラックコーヒーを啜りホッと一息ついた。
「お疲れさん」
向かい側から届いたその労りの言葉に、流川は思わず顔をあげた。
「もうひと踏ん張り、だろ?」
そう続ける花道の顔は笑顔だ。
流川はこの笑顔にこの2年ずっと癒されている。
「ああ、もう少しだ」
釣られて流川も顔が綻ぶ。
「頑張ってくれよ、楓センセ?」
からかう様に笑う花道へ、流川は眼鏡越しに「どあほう」と返した。
続きをやろうと机に座った流川へ、背後から声が掛った。
「夕飯はアンチョビパスタだぜ」
それを聞いた流川は顔を思わず綻ばせ、返事もそこそこにペンを走らせ始めた。
そんな様子を花道は苦笑しながら見ていた。
アンチョビパスタは流川の好物なのだ。
頑張ったご褒美に作ってやろう。
そうと決まれば、自分の仕事を終わらせ仕込みをしなくては。
花道もテーブルを片づけ、また机に向かった。
「なあ流川……」
「なんだ?」
ベッドの中、流川の腕枕で寝ていた花道はふと近くにある男の顔を眺めた。
「漫画、好きか?」
「好きだ」
即答する流川に思わず笑ってしまう。
「んじゃ、俺と漫画どっちが好きだ?」
少し意地悪な質問をしてみる。
「選べねえ」
また即答だ。
「なんで選べないんだよ」
「どっちも、無いと生きていけねえから」
真顔で答えたその横顔に花道は思わず見入ってしまった。
「……そっか。生きていけねえのか」
「そうだ。だからどこにも行くな」
流川はそう言って花道を抱き寄せた。
ネムイ…と花道の耳元で呟くと、流川はやがてすーっと眠りの中へ引き込まれて行った。
「………どこも行かねえよ…」
間近にある男の寝顔を見ながら呟き、その黒髪を梳く。
(俺だっておんなじだけど、言ってやんねえ…)
花道はクスリと笑うと、その温かい腕の中で眠りについた。
(明日も良いBL漫画が描けますように…)
小さな願いは二人の寝息に優しく溶けていった。
END
ずっと前に頂いた『ホモ漫画家流川と知らずにアシスタントに
入った花道』というリクエストを元にしています。
きっとこのリクエストをして下さった方はもうここを見ていない
かもしれないですが…(汗)その節はリクをありがとうございます!
こうしてずっと書きたかったものを形に出来ました(笑)
これは読切連載で続けようと思っています。あと1〜2話です。
書きたいエピソードがあるので、それを書いてしまいたい。リクエストに
関しては消化済み扱いですが、まだ↑このリクエストには答えて
無いんですよね。「ホモ漫画家と知らずに入ったアシ花道」なので、
やはり二人の出会いを書かねばと思ったのですが、今回は出会ってから
二年経ってるラブラブで小慣れてきた感じの二人の話にしました。
流花の日だし、ラブラブが良いかなと思って(笑)私もこの二人の
出会いは一番書きたいので、あまり間を開けずに書きたいです。
実は、これを書いてるときに漫画家シリーズとして何本か頭に
浮かんできたネタがあって(笑)逆の立場だったらどうだろう、とか、
同人時代から二人が付きあってたらどうだろうとか。とにかく
色々考えだしたら止まらなくて(汗)それから、流川と花道の性格も
色々考えた末、私の考えている出会い編を書く為にはやはり
デキル流川(笑)設定をチョイスしました。あまり変態とかヘタレだと
花道に呆れられそうだし(笑)あ、あと眼鏡は必須で(笑)
それはともかく書いてて楽しかったです。
出会い編も良かったら読んでやって下さい。
最後に。流花の日、おめでとう!
(2008年11月16日初出)
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