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【恋火】  第1章  1.出会い






 ここは寂れた小さなパブ。

 大通りから一本裏へ入ると、ほんのり灯った明かりが見えてくる。

 「隠れ家」などという言葉とは程遠いパブ「さくら」。

 現在は桜木花道という赤い髪の青年がオーナーをしているが、 以前までここは青年の叔母の持ち物だった。

 その叔母が店を花道に譲ると言い出すまでは……。








「ふぁ~…」

 花道は大きな体を伸ばして欠伸をした。

「…暇だな~。今日はアイツらこねーもんなー」

 アイツらとは花道の中学の頃からの友人で、「桜木軍団」と呼ばれているメンツのことだ。

「どうせ誰もこねーんだから、今日は店閉めて寝ちまうか~」

 そうぼやいて立ち上がった花道は、店の入り口から微かな音が聞こえることに気が付いた。

「なんだ?」

 先ほどから雨が降り出したのは知っていたのだが、雨音にしては不自然だ。

 低音のぼそぼそとした話し声と、妙に高音な声。いや、鳴き声と言って良いかもしれない。

 益々不審に思い、入り口のドアをそっと開けた。

「……何してんだ?」

 そこにはびしょ濡れになった子猫と、それを抱きしめている背広の若い男がいた。

「……………」

 二人の視線が合った時。

 ミャー…

 子猫は花道を見て、か細い声で空腹を訴えた。







「名前は流川楓と言う…」

 そう名乗った背広の男は、店のソファーに座り花道に名刺を渡した。

 それを受け取りつつ、花道は熱いコーヒーを差し出した。

 先ほどまで空腹で鳴き続けていた子猫は、満足げにソファーの上で丸くなって眠っている。

 部屋の暖房と温かいミルクによって眠気を誘われたのだろう。

「…コイツは、そこの大通りのビルの隙間にいたんだ。とりあえず雨宿りしようと思ってたら、丁度良い場所があったから…」

 どうやらこの流川と名乗る男、カサを持っていなかったようで、自分も子猫と一緒に雨宿りしていたらしい。

 そこがたまたまパブ「さくら」だったわけだ。

「あんたが飼うのか?」

「何?」

「この子猫、あんたが飼うの?」

「………無理だ。飼いてーけど、うちのマンションはペット禁止だから…」

「……」

 じゃぁ、どうして拾ったのだ。

 人が良いのかただのお節介なのか、ここまでしておいてまた放り出すのは、いくらなんでもこの子猫が可哀想だ。

「んじゃどうすんの?」

「……連れて帰る」

「だって…飼えんの?」

「こっそり飼う…」

 そういうと、流川は子猫をゆっくりと撫でた。

「……」

 花道は無言でその様子を見ていた。

 しばらくそうしていたが、やがて流川は寝ている子猫を抱き上げてソファーを立った。

 テーブルの上にコーヒー代を置くのを忘れずに。

「ごちそうさん」

 そう言うと、入り口のドアを開けた。

「待てよ」

「…?」

「そいつ、俺が飼う」

 花道はほとんど無意識に口が動いてしまった。

 流川の目はお前が?と問い掛けていたがそれは気にせず、男の腕で丸くなっている子猫を受け取った。

「家、猫が一匹いるんだ。もう一匹増えたって平気だし」

「……」

 子猫は花道の服に爪を立てるが、顎の下をさすってやると目を細めて甘えた声を出した。

 あれ?お前メスか、と言いながら子猫をあやす花道を見て、流川は何故か胸が高鳴った。

 青年の赤い髪が子猫の毛と同じようにフワフワと揺れていた。

「また来ても良いか?」

「え?」

「様子、見に来ても良いか?コイツの…」

 そう言いながら子猫を指す。

「あ、あぁ、良いぜ。いつでも来いよ」

 そう答えると流川は無意識にほっとした様な表情をした。

「じゃ…」

「あぁ、またな。ほら、バイバイしろよ」

 花道は眠そうな子猫の手を軽く取り、流川に振って見せた。







 流川は帰宅する為に歩き出した。

 雨は、もう止んでいた………。


























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