【婿入り宣言!】 (1)
桜木花道の家は創業三〇〇年の和菓子屋だが、牛丼屋と間違えられるほど、廃れている。
「ぎっくり腰?六〇にもなってあの大釜、一人で持ち上げようとすっからだよ、親父」
床に伏せった父親を見舞ってみれば、原因はぎっくり腰だと言う。
母親が枕許で看病している。
「新しい機械を買う金も、職人雇う金もないんじゃ、もーおしまいだな、こりゃ」
「何を言うか!!『桜木屋』は全て手作りが伝統なんじゃ!!」
いててて…と言いながら、父、桜木健一郎は言う。
「大体息子のおまえが不器用すぎるのがいかんのだ!!本来なら跡継ぎのはずが、小さい頃から教えても力仕事しかこなせんで!!!」
そう…。
花道は掃除や洗濯、簡単な料理だったら出来るのに、なぜか和菓子を作ることには才能を発揮出来ないのだ。
ようするに、手先が不器用なのだろう。
細かい仕事が苦手ということか。
「母さん、花道にアレを……」
「???」
母が茶箪笥の引き出しから何やらとりだして、花道に渡した。
「なんだ、この剥げたジジイは……」
渡されたものは世間一般で言うお見合い写真≠ニいうヤツだ。
しかし中身は剥げオヤジ……。
健一郎の意志が良く分からない。
このオヤジがどうしたというんだ?
「この人は知り合いの和菓子屋の三男でな、腕は良いぞ」
「……」
「年は四〇で、うちに婿養子に来ても良いと言っておる♪」
「はぁ?!!どこの世界に一五の息子と四〇の剥げオヤジをくっ付ける親がいる!!!!
おまけに男じゃねーか!」
花道は健一郎のあまりの言葉に、胸倉を思わず掴みあげてしまう。
「三〇〇年の味と看板は桜木の人間で守らにゃ、ご先祖に申し訳ない。ちょっとくらい年上でも養子に入ってくれるなら、棚からボタモチってもんだ。ワシも高齢じゃし、早く跡継ぎを……」
「冗談じゃねー!!!」
この父親は同性という根本的問題を全く無視している。
目眩がしそうだ。
いや、勿論それだけでは無いのだが…。
だから花道は、これ以上話すことは無い!とばかりに、部屋を出て行こうとした。
が、振り向きざま荘一郎に一言、
「言っとくけどな、自分のボタモチは自分で見つけてみせる!!!」
こう付け加えることを忘れなかった……。
***
「そいつは災難だなぁ、花道…」
授業の合間の休み時間。
花道と洋平は、教室の一番後ろの窓際にある花道の席で、『桜木屋』の売れ残り(花道曰く差し入れ=jを摘まんでいた。
先の台詞は洋平である。
「俺、桜木屋の和菓子好きだからなぁ。店が潰れたらこんな差し入れも無くなっちまうじゃん」
「んなこと言ったってよー」
ふて腐れてしまうのも無理は無い。
なんたってお見合いさせられるかもしれないのだから……。
「あれ?今日は大福なの〜??一個貰っても良い?桜木君」
「ああ!は、晴子さん!!」
花道はイスから思わず立ち上がってしまった。
彼女、赤木晴子は花道の現在片思い中の相手だ。
同じクラスの晴子は、花道の差し入れをたまにこうして一緒に摘まんでいるのだ。
「ホント美味しいね。私も桜木屋の和菓子大好きよ」
にっこりと花道に向かって微笑むその顔を見て、当の花道はほわ〜んとしてしまう。
顔が心なしか赤らんでいる。
(あ〜あ。分かりやすいヤツ………。)
洋平はそんな花道を横目で見ながら、二個目の大福に手を伸ばしていた…。
その日の放課後。
バスケ部に所属している花道は、いつものように部室へ向かっていた。
「練習練習っと〜♪」
鼻歌まじりに部室の扉を開けたら、そこには既に人がいた。
一番乗りだと思っていたのに、なんだか悔しい。
「どあほう。さっさとドア閉めろ」
「むっ」
先に来ていたのは流川だった。
花道と同級生の、かなりムカつくやつだ。
この自分よりもバスケがちょっとばかり上手いからっていい気になってる、生意気なやつ。
しかも、こいつはもう練習着に着替えているではないか。
あまりに早すぎる。
なんだかアヤシイ。
「てめーホームルームサボりやがったのか?」
「だから何だ」
流川は言葉が端的だ。
端的すぎて、相手の怒りを買ってしまうこともしばしばだったりする……。
「てめー!俺が一番乗りすんだから、ちゃんとホームルームくらい出ろよ!!」
花道は訳の分からない難癖を付けた。
自分が一番じゃないことが、我慢ならないらしい…。
なんともお子様的思考だ。
でもそこが彼らしい。
「うるせー。んなの人の勝手だろうが」
流川はタオル片手に、ガタンとロッカーの扉を閉めながら言った。
「んなことより、どあほう」
「どあほうって言うな!!」
間髪入れずに花道が言う。
「てめー、婿養子探してるってマジか?」
花道の言葉を無視して、流川が言った。
「ゲッ!なんでテメーがそれ知ってんだよ!」
洋平にしか話していないことを、なぜコイツが知ってるんだ??
花道の頭の中を疑問符が飛び交う。
「先輩の妹が言ってるの聞いた。桜木屋の跡継ぎがいないから、テメーの家に養子に入ってくれるヤツ探してるって…。」
「晴子さんがぁ!?なんだよ、それー!」
花道としては、このことを晴子には絶対に知られたくないと思っていた。
彼女に恋心を抱いているなら、それも当然だろう。
ではどこから情報が漏れたのか。
実は、花道が席を離れていた時、洋平が晴子に教えてしまったのだ。
しかし洋平に悪意は無いだろう、たぶん。
「マジなのか?」
一人悶々と考えてる花道にかまわず、流川は再度問い質した。
「だったら何なんだよ!テメーにゃ関係ねーだろ!」
「ふん…」
喚く花道を一瞥して、流川は部室を出てしまった。
「クソー!一体どういうことなんですか、晴子さん!」
しかし花道はまだ悩んでいた…………。
「おい、どあほう。これからテメーの家に連れて行け」
「はぁ??」
練習が終わって、「さてこれから自主錬でも始めるか〜」と思っていた矢先、流川のこの台詞。
「なんだって?」
「テメーの家に連れて行けと言った。そんで親父さんに会わせろ」
「………?」
こいつは何を言ってるんだ?親父に会わせろだって?
「なんだそりゃ。会ってどーすんだよ」
「会えば分かる」
「???」
訳が分からない。
そういえばさっき、練習が始まる前にもこいつは養子のことを聞いてきた。
何が言いたいのだろう。
「訳を知りたかったら、これから親父さんに会わせろ。したら教えてやる」
なんとも偉そうな態度で流川が言う。
「知りたくないか?」
「…………………。(知りたい)」
結局花道は、流川を健一郎に会わせることにした。
しかし花道は、このことを一生後悔することになる…。
novel-top ≫≫