【Nobody can stop !】 (1)
「あ…れ?」
「目ぇ覚めたか?」
「……桜木さん」
「おうよ」
「何やってんですか?」
「……」
花道は大きく溜息をついた。
「覚えてねーのかよ」
「はぁ…」
「ぶっ倒れたんだよ、テメーは」
「へ…?」
「ったく!デカイ図体して、コートのど真ん中で倒れんなよ!傍迷惑な野郎だ!」
「………」
怒鳴る相手を横目に仙道は空中を見据えて考えた。
(確か…紅白試合の最中だったような…)
ボールを追い駆けようとして走り出した時、足が縺れたような気がする。
(なるほど。あの後転んだんだな)
のんびりと仙道は自己分析していた。
「思い出したかよ」
「えぇまぁ……」
花道は仙道が横たわるベットの傍にパイプ椅子を持ってきて座っていた。
そして胸の前で腕を組んで仙道を睨んでいる。
「……桜木さん?」
睨むまま何も言わない花道に、恐る恐る声を掛ける。
「……貧血だとよ」
「貧血……」
「寝不足で、目の下にクマ作って、まともな飯も食えてないんだろうって
シマっちが言ってた」
花道は憮然とした表情で言う。
シマっち、とは校医の呼び名だ。ちなみに御歳53歳になる湘北高校の
肝っ玉母ちゃん的存在である。
「あぁ、いや…ははは…」
ヘラヘラ笑って誤魔化していたら、花道が怖い顔をして益々睨んでくる。
「はは………ええと…」
眉尻を下げて困ったような顔をしていたら、また盛大な溜息が聞こえた。
「……―――か?」
「は?」
物凄い小声で花道が何か言ったが、あまりに声が小さいので聞き取れなかった。
「え?何です?」
「ぐっ…!」
聞き返されて、花道は頬をカッと赤くして言葉に詰まった。
「だからーー!」
花道は、自分のヒヨコのようなふわふわの髪の毛を掻き回しながら言った。
「何か!悩み事があんのかって聞いたんだ!!!」
物凄く頬を真っ赤にして、でも目が物凄く真剣味を帯びたまま花道は後輩に
怒鳴りつけた。
「悩み…ですか」
「そうだ!!」
「何で……」
純粋に疑問に思って、不思議そうな顔をしていたら、花道が教えてくれた。
「シマっちが……。何か悩みがあって寝不足で、悩みがあって飯が食えねえ
のかもって、言ってたから…」
語尾がどんどん小さくなっていく。心持ち顔も俯きがちで、赤く染まった耳だけ
がよく見える。
(悩みねぇ……。あるにはあるけど……)
ここで言ったらこのセンパイはどんな顔をするだろう。チラッと盗み見た花道は、
上目遣いでまだ真剣な顔のままこっちを伺っている。
仙道は小さく溜息を吐いた。
「別に悩みなんて無いですよ。倒れたのは単にゲームのやり過ぎだし」
ほら。一昨日発売したでしょ、あのソフト。あれやり始めちゃうと睡眠も
削っちゃうんですよ。
と、巷で有名な一本のゲームソフトの名前を出した。確かそれを買う為に、
朝から店の前には長蛇の列が出来たとか出来ないとか、ニュースで言っていた。
「だから飯食うのも忘れちゃって。や、でも…学校で昼飯はちゃんと食って
るから――――」
大丈夫です、と言おうと思ったのだが、花道と目が合ってしまい、最後まできちんと
言い切ることが出来なかった。
「嘘だ」
「………」
「そんなの嘘っぱちだ」
睨みつけながらの言葉は静かで真剣だった。
「……嘘じゃありませんよ」
仙道も花道の目を見ながら冷静に言った。
暫らく二人は睨み合ったが、花道の方が先に沈黙を破った。
「すまん!」
「え?」
突然謝られて戸惑うのは仙道の方だ。
「やっぱ…言い難いことの1つや2つや3つあるよな!すまん、センドー!」
頭を下げて両手を合わせるように謝ってきた花道は、確かにすまなそうな
顔をしていた。
「や…別に…」
自分より1つ上のこの先輩が素直な性格をしているのは分かっていたけれど、
こんなにストレートに頭を下げられるとこちらが戸惑う。
「今のは無かったことにしてくれよ!な!」
先程まで真剣だった眼差しが打って変わって、いつもの能天気な顔に戻っていた。
仙道はそんな彼を見て、暫らく呆けてしまった。
「仙道?どした?」
気がついたら花道が仙道の顔の前で手の平をヒラヒラと振っていた。仙道は
思わず瞬きを繰り返してしまった。
「さぁて。そんじゃそろそろ俺は戻る!」
花道は勢い良く立ち上がり、腰に手を当てた。
「まだ練習、終わってねーからな。やはり天才桜木がいなければ!」
じゃーな、仙道!
そう言って一人勝手に完結して花道は保健室を出ようとした。
あまりの展開の早さに着いて行けず反応が鈍っていた仙道は、去っていくのを
許さず、花道の手首を咄嗟に掴んだ。
「ぬ?」
思わず手を引かれ、花道が振り向いた。
「あ…………」
咄嗟に動いた自分の手に驚いたが、それを離すことが出来なかった。
「何だ?仙道」
花道が不思議そうに仙道を見るが、仙道は顔を見ようとしない。
いや、顔が何故か上げられなかったのだ。
「桜木…さんは……男に好きだって告られたらどうします?」
仙道は掴んだ手首を見ながら言った。花道の手首はとても堅い。
そしてとても暖かい。
(結構太いな、手首……)
頭ではそんなことを考えながらも、口から出た言葉は全く別のことだった。
「あぁ?好き?」
「うんそう。好きって言われたら?気持ち悪いって思います?」
(こんな聞き方したら、俺が男に告られて悩んでるって思われそう……)
仙道は手首を握る指の力をほんの少し緩めた。
その瞬間……。
「良いんじゃねー?」
そう言われて、とっさに掴んだ指にきゅっと力を込めてしまった。
「良い…ですか」
「おう」
ゆっくりと手首から目を離し、花道を見上げた仙道は真っ直ぐな彼の視線に
釘付けになった。
「だって嫌われてるよりはマシじゃねぇか」
「………」
「だろ?」
「まぁ確かに……」
思わず納得させられた。確かに嫌われるよりは良いだろう。
でも問題は性別だろう、と仙道は頭の片隅で突っ込んだ。
「でもよー。重要なのはソコじゃ無いよな!」
仙道の突っ込みに気付いたのか。
しかしそうでは無かった。
握られていない方の手の人差し指を一本立てて、花道が思いついたように言う。
「重要なのは、自分がどう思ってるか!だと思うぞ、俺は」
内緒話をするように、花道は人差し指を立てたまま屈みこんで仙道に顔を近づけた。
「仙道…これは内緒だぞ。俺は今までに50人の女の人に告白したことがある……」
「………」
知っている。
花道が失恋王だと言う事は彦一から既に聞いていた。というより、有名な話だ。
そして今は同級生の赤木晴子に思いを寄せているという事も。
「振られちまったけどな、それでも良い思い出なんだ」
花道が少し涙ぐんで鼻を啜っている。
「モロ好みで…。みんな可愛くてよ…。優しくて…。い、い、良い匂いがすんだよっ」
今度は頬を染めて恥ずかしそうに捲くし立てている。
「髪は黒髪でサラサラしてて…」
「………」
花道はほわ〜んと夢見心地だった。
もはや仙道はコメントの仕様が無い。どう反応すれば良いのだろうか。手首を
握り締めている指が微かに汗ばんできた。
「その人を好きになって良かったと思うんだよ……」
ぐすん。
鼻を啜った花道は、哀しい顔というより照れくさそうな顔をしていた。
「その人にどう思われてるかやっぱり気になったけどよ…。でも自分をどう思ってる
のかよりももっと大事なのは、自分がその人をどう思ってるか、つまり……
す、す、好きかどうかってのが大事なんだよ!」
分かったかね、センドーくん!
花道はちょっと裏返った大きい声でそう断言した。そして「自分がその人を好き
だったら、それで充分だからな!」と付け足した。
あ?でも自分だけが良いんじゃダメか?やっぱり。
今度はブツブツと独り言を言い始めた花道は、掴まれた手首も気にならない
ようだった。
仙道はドクドクと鳴り始めた心臓を宥めるように、微かに手首を握りなおした。
ついでに何故か乾いている唇も一舐めする。
「それは…つまり…。人に好かれるより、人を好きになれってこと……」
「おお!そうだ!分かってんじゃねーか!」
花道は立てていた人差し指を引っ込めて、仙道の肩をバシバシ叩いた。
そして顔を覗き込み「俺が言うんだから、間違いねー!」と全開の笑みを見せた。
「…っ!」
思わず仙道は目を見開いた。
今、一瞬口から言葉が飛び出しそうになった。やばい。
(この人にとっちゃ、性別は関係無いんだな……)
好きになるのが大事。
何という分かりやすさ。そして真理。………負けた。
これが所謂【惚れた方が負け】ってヤツなのか。
仙道はおかしなところで感心していた。
「仙道?」
「あっ」
はっと我に返り握り締めていた手首を離した。汗ばんだ感触に気付いただろうか。
何か言われるかもしれない。
しかし予想に反し、花道は何も言わず自由になった手首を特に気にした様子も
無く平然としていた。
「まぁ、一人で悩むのはツライと思うけどよ、今のうちに養生しろよ」
そう言って仙道の肩を軽くぽんぽんと叩き、花道は先程のように去って行こうとした。
「あ!俺も……」
仙道はもう体の調子も良くなったし、気分も軽くなったので練習に戻ろうと思った。
しかし許しが出なかった。
「おめぇはまだ寝てろ!」
「や、でも」
「倒れたんだから、寝てろっ!」
「!」
かなり真剣に花道が言うものだから、仙道は驚いた。もう戻っても平気なのに。
「良いな!」
「………」
「仙道!」
「はい!分かりました!」
仙道は素早くベットに横になり、布団を被り、目を閉じた。
それを確認した花道は頷いて「じゃーな!」と保健室から出て行った。
仙道は目を閉じたまま、ふーっと体中の力を抜いた。
緊張していたようだ。我ながらおかしい。
と思って気を抜いたら、ドカドカという足音の後に、保健室のドアが再び
ガラッと開いた。
「帰り!迎えに来てやるから!それまで大人しく寝てろよ!」
凄い怒鳴り声の宣言にパチッと目を開けた仙道が、相手を見ようと首をドアに
向けたのとほとんど同時に、保健室のドアがまたピシャリと閉じた。
ドカドカと遠ざかる足音。
そして保健室を包む静寂。
目を丸くした仙道は、もう我慢出来なかった。
「くくくっ!最高っ!」
今までのやり取りを全部一気に思い出して、笑いがこみ上げてきた。
「何なんだよ、あれ…!あはははっ!」
涙が出るほど笑いが止まらない。しかも笑い過ぎて少し噎せる。
しかし決して嫌味な笑いでは無い。仙道はとにかく気分が良くて仕方無いのだ。
「はぁ……たまんねぇわ…」
一頻り笑った後、仙道はとても晴々とした顔をしていた。何か吹っ切れたような、
そんな顔。
「悩み……とことん聞いて貰いますよ、センパイ」
悩みを打ち明けると称して、告ったらどんな反応をするだろうか。
「なんか望み……ありそうだよなぁ…」
結構良い感じかも?
そんなことを思ったら、また笑いがこみ上げてきた。肩が小刻みに揺れる。
滲んだ涙を拭ったら、思いがけず大きな欠伸が出た。
悩みが軽くなって、前途も明るく、気が抜けたので眠気が一気に来たらしい。
(寝よう……)
仙道はそのままゆっくりと眠りの中に吸い込まれた。
(寝てても起こしてくれると思うし……)
吸い込まれる直前まで、花道の顔を思い浮かべ、仙道はほんの少し口元を緩めた。
………良い夢が見れますように。
相互リンク記念として【LovelyCherryBlossom】のひまわり様へ
贈らせて頂きました。リクエストは【年下攻めの仙花】。
仙道は原作で年上の人を「さん付け」で呼んでいるので、それを参考にしました。
しかしやっぱりちょっと違和感あり(笑)
さらに何もかもこれからの二人って感じです。あわわ(汗)
あ!設定ですが、二人は同じ学校の先輩と後輩ですー。一応(笑)
(2003年10月26日初出)
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