【ラブポップ ―幸せな人達―】 (1)
個室居酒屋の店内は騒がしい。
あらかじめ予約してあった部屋には既に彩子と松井が座っていた。
遅れて来るという流川と花道から、気にせず先に初めて欲しいと言われていたので、彼女達の前には生中と軽いつまみが置いてあった。
「―――って言ってさ」
「なるほどねぇ」
2人は労をねぎらい乾杯し、最近起こった他愛無い出来事を話題に、遅れてくる人物達を待っていた。
「そういえば、仲良くやってるみたいですね、アイツら」
「そうね。なんだかんだで2年経つし」
「もう2年か〜」
「仕事も順調だしね」
「それは良いことだわ」
話題はいつしかまだ来ない2人に向けられる。
「今度ね、他社さんとコミックス発売が重なるからフェアやるんだけど、今回は流川が自分から色々企画出してきたのよ。小冊子だのポストカードだの色々と」
「へえ、珍しい!随分やる気出してますね」
「花道もどうせだったら派手にやれって言ってるみたい」
「ああ」
松井は頬杖をついて笑う。
「アイツはそういうの好きそう。なんていうか…サービス心旺盛?」
「そうそう」
同じく彩子が笑う。
「そういえば、もう来るんじゃないかしら」
「30分くらいで着くってメール来たし、そろそろかも」
――いらっしゃいませーっ!
大きな出迎えの声が聞こえ、1〜2分もすると障子の向こう側で「失礼致します」と声がした。
ガラッと開いた障子の向こうには店員の後ろに背の高い目立つ人物が2人立っていた。
「お連れ様がおみえになりました」
そう言って店員が身を引くと花道が元気良く挨拶してきた。
「チューッス!」
「……うす」
2人は鴨居をくぐり、のっそりと座敷へ入った。
「遅ーい!桜木!あんたはこっち!あたしの隣!」
そう言ってその腕を掴み松井は自分の隣へ花道を座らせた。
「はい、メニュー。じゃんじゃん頼みな!」
「うっす!腹減ったー!」
松井の横に座りメニューを見ながら「生中と…肉じゃがと…」と真剣な顔をしてメニューを見ている花道をよそに流川は「予定通り終わりそうだ」と彩子へ進行状況を告げる。
「そう。それを聞いて安心したわ」
「今日はもうゆっくり出来るの?」
松井の声に流川は頷いた。
「流川、お前は何にする?」
「ビールと…出汁巻き…サイコロステーキ」
「あいよ」
そう言って花道はインターフォンを押した。
「カンパーイ!」
所狭しと料理や酒が置かれたテーブルでは各々が好きに箸を進めていた。
「失礼致します」
「あ、来た来た〜」
店員の声に松井が嬉しそうな顔をする。
持ってきたのは日本酒だ。
「う〜ん、サラッとして美味い!」
「松井さん、今日は久々に飲むっすね」
花道が隣で唐揚げを頬張りつつ驚いていた。
「修羅場明けだしね。これがまたたまらんのよ」
そう言って無色透明な液体を水のように飲み干していく。松井はザルだった。
「家で飲んだって寂しいだけでしょ?普段引き籠って物書いてるからね、こういう時は外でパーっとやりたくなるのよ」
「そんなに酷い修羅場だったんすか?」
「ええ?まぁねぇ。ちょっと大変だったかな。雑誌と全プレと校正とドラマCDのシナリオが重なっててね」
思わず遠い目になった松井は、けれど直ぐに気を取り直し酒に手を伸ばした。
「でもこうやって美味い酒が飲めるように、私は頑張りましたよ」
そうおどけて笑う。
「あ、そうそう。彩子さんにはさっき言ったんだけどね」
松井は続けた。
「今度流川に挿絵頼みたいんだ。正式な依頼はもう少し後になると思うけど、頼める?」
「良いっす。内容は?」
唐揚げを摘まみつつ流川が訊ねた。
「王道モノ。王子と庶民。ただね…まだ設定で迷ってるから、話せるのはそれくらい」
そこで松井はキューッと酒を煽る。
「迷ってるって?」
「国をどうするか、歴史をどうするか。とにかくほとんど決まって無いのよ」
花道の質問には、次に頼む酒のメニューに見入る松井に代わって彩子が答えた。
「へえ…」
「それに最近流川と組んでないからまた仕事したくなってさ」
と、熱心に見ていたメニューから松井が顔をあげて笑う。
「前回はなんだっけ…あ、あれだ。『箱庭』」
「良く覚えてるね、桜木!それそれ!」
『箱庭』はリーマンと心理カウンセラーの話だった。
日本が舞台で続編が2作出た。
とても繊細な話で、流川のイラストがピッタリだったとアンケートでも評判が高かったらしい。
続編の2作目は花道が流川のアシスタントになってから作られたものだ。
「うちで書いて貰うの久しぶりだしね。松井ちゃんと流川のコンビでまた出したいし。あたしからもお願いするわ」
彩子は流川の肩を叩いた。
頷いて流川は「詳細が決まったら教えて下さい」と松井へ告げた。
「了解!桜木も頼むからね!」
「ウッス!」
花道が元気良く返事をすると、その場の女性陣は声をあげて笑った。
「これで絵師も無事ゲット出来たし、今日は飲むぞー!」
「もう飲んでるッスヨ」
「こんなのまだまだ序の口!」
花道のツッコミに松井は余裕の笑みを浮かべる。
そんな様子を横目に流川は手元の焼酎を飲みつつ肉じゃがに箸をのばす。
やっぱりここの肉じゃがは美味い、と思いつつ、次は早々にもご飯ものへ行きたくなってきた。
仕事を済ませて来たので、腹の中にはコーヒー以外に何も入っていなくてかなり腹が減っているのだ。
(酒ももう無くなりそうだな……)
手元が空になりそうで、流川はふと視線を泳がせ松井の持つ酒メニューをチラッと見た。
(次は何にするか………)
そう思いつつ肉じゃがをつついていると「おい流川」と呼ばれる。
声の方を見ると花道の手には、もう一冊の酒のメニューがあった。
「ほれ、メニュー。次どうすんだ?」
当然のようにメニューを差し出す花道の顔を一瞬じっと見て、ゆっくりとそれを受け取る。
「俺も次、何頼むかな〜」
そう言って一緒にメニューを覗き込む二人の姿はとても自然で、思わずその様子を松井はじっと見てしまった。
―――トントン
気付くと松井の手元で音がした。
見ると彩子が人差し指で松井の近くのテーブルを軽く叩いていた。そして横の二人に目配せする。
眉をあげ、楽しそうにするその表情で全て分かった。
『仲良いでしょ?』と言いたいのだ。
松井も同じく眉をあげ、笑って『確かに』と返事をした。
(もう2年か…)
初めて桜木花道に出会った時のことは今でも覚えている。
というか、こんなに強烈なキャラを忘れるわけが無い。
その時のことを思い出し、松井は無意識に目を細めた。
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