【ラブポップ ―幸せな人達―】 (2)
流川のところへやってきたアシスタントの話を聞いたのは、彩子が打ち合わせで松井の仕事場へ来ていた時だった。
あの偏屈な流川がアシスタントを入れて、しかも短期のはずが結局長く続いているという話にはただただ驚くばかりだった。
久しぶりに本人に連絡を取ると、確かにその通りで。
電話越しでもそれと分かる程上手くいっているらしいことも分かった。
それで松井はぜひその人物に会いたくなった。
ただただ面白そうな予感がしたことと、好奇心に駆られてというなんとも不純な動機だが、それでも仕事仲間兼友人として流川の人間関係に関して彩子同様心配していたので、お節介とは思ったが、その人物に会ってみたかった。
(だって、あの流川と上手くいくアシなんて今まで居なかったし!気にならないわけ無いでしょ!)
そういうわけで、彩子にその人物に会ってみたいと話をすると、今度4人で食事をしようということになった。
初めて花道と会った店。それがこの居酒屋なのだ。
ここは他と違って店内は明るく、個室もあって、食事も美味いというお気に入りの店で、ここを指定したのは松井だった。
食事をする当日、彩子と合流し、先に待っているという花道と流川に紹介されるまで、松井は楽しみで仕方が無かった。
何の先入観も無く当人に会いたかったので、彩子からの前情報は一切聞かないようにした。
ただ『流川と上手くいっている男性アシ』という情報のみで会うことで、当人を自分の目で良く知りたいと思ったからだ。
(それで正解だったんだよね)
松井は横でメニューを見て話をしている流川と花道を面白そうに眺める。
(あのインパクトは凄かった……)
「でかっ!」
最初の松井の一言がそれだった。
あの時のことを思い出し思わずクスッと笑うと、目の前で豆腐を食べていた彩子が「何?」と聞いてくる。
それに「なんでもない」と手を振ると、また松井はその初対面の時のことに思い巡らせた。
個室に入ると、それに気付いた赤毛の男がガタッと立ちあがり「チューッス!」と元気いっぱいに声を掛けてきたのだ。
(この挨拶はいまでも変わらないんだよね…)
いかにも体育会系の挨拶をしたその男こそが、流川のアシになった桜木花道だったのだ。
立ちあがり挨拶をしてくれたその人物の背の高さと体格の良さに、思わず出た松井の一言がまさに見たままの感想だった。
そして一瞬きょとんとなったその表情を見て、松井は冷静に(愛嬌ある顔してるじゃん)と感心したのだった。
松井の思いがけない一言に彩子は爆笑し、流川は肩を竦め、花道は困惑し戸惑う顔をして、それがまた(……かわいいじゃん)と松井のツボをいつの間にか刺激していたことは後から自覚した。
そのまま席に着き自己紹介がてら色々話すうち、外見とは裏腹にその青年は大層乙女チックで可愛らしい人物だということが早々に分かった。
素直で明るくてちょっと天然で。
女性が苦手なのか、流川に対しては生意気な口をきくけれど、彩子と松井には比較的畏まっている。
しかしそれも彩子と松井がザックリした性格のせいか、食事が進むにつれて慣れてきたのか堅苦しい雰囲気が程良く抜けてきていた。
酒が入っていたせいもあるが、つい花道をからかいたくなり「付き合った女性はいるのか?」とセクハラ的な質問を振ってみたら、案の定というか「居ない」という返事だった。
そこでさらに突っ込んで「好きな子はいるんでしょ?」と聞いたら「ススス好きな子っすか!イイイ居ないっすよ!」と相当動揺していて、その顔を真っ赤にした初心な花道の反応に思わずキュンとしてしまった。
――――そしてその瞬間に気付いたのだ。
「これがギャップ萌えか!」
思わず会話の途中なのに口をついて出てしまった言葉に、談笑していた他の3人と同じく自分の言動に凄く驚いてしまった。
(だって、ギャップ萌えを実際に体験するってなかなか無いし!)
体格の良い強面の大男が、実は可愛い性格をしているという点はまさに「外見と性格のギャップがある」という点で、そこにキュンとするということはもうこれはギャップ萌え以外に無いではないか。
(あれでインスピレーションが湧いて、すぐ小説書いたんだよね…)
まさに花道に感じたギャップ萌えを頂戴して、帰宅後数日でラブコメを速攻で書き上げたのだった。
しかもそれが好評で続編が3作出た。花道さまさま、だ。
ちなみに、後で彩子からこっそり聞いた話だが「好きな子」という質問で花道が動揺したのは、彩子の先輩に当たる漫画家の赤木の実妹に花道が惚れているせいらしい。
その理由を知ってなるほど、と思ったものだ。純情で可愛いじゃないか。
なんともまだ世の中にはこんな子がいるんだなぁ、と分かっただけでも良かったと思えるが、その日の流川の様子を見ているだけでも「桜木花道が流川楓にとって特別」だという事実が分かり、尚更会えて嬉しいと心から思えたのだった。
(だって、あの時の流川って……)
初対面の松井も含め盛り上がる3人をよそに一人もくもくと食べて飲んでいるかと思われた流川だが、時折様子を見るとその表情はとても穏やかでリラックスしているものだった。
彩子や松井などの気心の知れた人間と食事をする時よりもさらに、楽しそうに見えたのだ。
(無関心そうにしながら、内心まんざらでも無いって顔してたもんな、流川のヤツ)
あの時のことを思うと今でも笑ってしまう。
流川は興味のない話題や相手の場合、完全に我関せずな態度を取り、それこそ最初から最後まで何も言わないこともあるのだ。
でもあの時の流川は、むしろたまに花道を目で追うこともあり、ちゃんと話も聞いていた。
それだけでも驚くべきことなのだ。
(やっぱり出会いべくして出会ったんだなぁ、この2人)
しかも松井はその日の流川の態度にもう一ついつもと違う部分を発見したのだった。
花道の女性関係の話題になった時、流川はじっと耳をそばだてて一つも聞き逃すまいする気迫にも似た気配を感じていたのだ。
それは単なる興味というのでは無く、もっと別の感情のような気がしたのだ。
これはもしかして……?と内心思っていたら―――。
(付き合い始めた……とか、さ)
「あんた達、王道過ぎ」
松井は思わずぼやいてしまう。
「へ?なんすか松井サン」
ホッケをほぐしていた花道が振り返る。
「そりゃ、流川と花道だし」
彩子は泡盛を飲みつつ訳知り顔で肩を竦める。
「ほっとけ」
流川は何のことか分かったのか、松井を軽く睨みボソッと言い返した。
「何のことだよ」と口を尖らせ花道が言うと、彩子は苦笑し、流川は無表情で花道がほぐしたホッケを摘まむ。
その様子に松井は口元を緩める。
流川と花道が付き合い始めたと聞いても、松井は特に戸惑うこともなく納得し、祝福した。
きっとこうなるだろうと、なんとなく分かっていたからだ。
女の勘か、はたまたBL作家ゆえか。
とにかくこの2人はそうなる運命だったのだろう。
まだまだ偏見はあるだろうが、彼らの周りの人間くらい祝福したって良いはず。
松井はニヤッと笑うと「幸せでなにより!」と言いながら花道のグラスへチン!と自分のウイスキーグラスを触れ合わせた。
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