【ラブポップの始まり】 (4)
「どうだ、見ろ!そして参ったと言え!」
花道は踏ん反り返って、流川を見上げた。
ほんの30分前、実力を見せてやると宣言した花道は、流川にまんまと嵌められたことも知らず、言われるが
まま制作途中の原稿用紙へ指定の絵を描き入れてみせた。
本人が豪語し、彩子が太鼓判を押す通り、花道の腕は確かだった。
(ふん、なかなかやるじゃねえか…これなら使えそうだ)
出来上がった原稿を見下ろしながら、アシ用デスクの椅子に座り「どうだ見たか!褒めろ称えろ!」と言わん
ばかりの花道に(犬みてえ…)と内心失礼なことを思いながら(これなら任せても大丈夫そうだ)と花道の採用
を既に決定していた流川だが、次に放たれた花道の言葉で気持ちが一気に冷めた。
「俺の実力はざっとこんなもんだ。けどな!こんなホモなんて描いてられっか!ヘンタイめ!くだらねえ!こん
なん描いてるおめぇもホモじゃねーの?こんな仕事なんてやってられっか!」
俺はゴリゴ14を描くんだ!
椅子から立ちながらそう言い放った花道は、すぐ隣に立つ男の気配が突然ガラリと変わったことに気付き、驚いた。
「……プロが真剣に作り上げる作品にジャンルは関係ない。そんなのは全くの無意味だ」
静かに話す横顔からはさっきまで感じた小馬鹿にしたような軽い雰囲気は一切消えていて、ただ冷たく真剣な
気配だけをそこに残していた。
「良い原稿を作り出すことは、一つの芸術を生み出すこと。地味な作業の先に、完璧な漫画が存在するんだ」
流川は机の上に置かれた原稿用紙を静かに見つめている。
その横顔から花道は目が離せなかった。
「……漫画は総合芸術と言っても過言じゃねえ。脚本、演出、撮影。とにかく全て兼ね備えたそれをたった一人
の作家が作り上げる。コマ一つ一つに意味があって無駄なものは一つもない。それを世に送り出し、人を楽しま
せる。それが漫画だ」
そこで流川はゆっくりと花道を見た。
「それを否定すんのは、お前が尊敬している赤木先輩含め全ての漫画家達を貶めてるってことだ」
この時花道は流川の真剣な眼差しと気配に飲まれ、呆然と立ち竦んでいた。
「そんな考えを持っているヤツに、俺の大事な漫画を任せることなんぞ出来る訳が無え。漫画を舐めてるような
ヤツは現場には必要無え。帰れ」
……いや、頼むから帰ってくれ。
流川はそうはっきり告げると花道に背を向けた。
「………」
花道は言葉もなく立ち尽くしていた。
自分の甘さを真っ向から糾弾されて、まさにぐうの音も出ない。
漫画を舐めたことなんて一度も無い。
赤木のことも本人には言わないが、心から尊敬しているのだ。
いつか自分も赤木のような漫画家になりたいと常に思っている。
(ちくしょう……)
それでも、自分はまだ真剣に漫画と向き合っていなかったのかもしれない。
それを初対面のこの男に見抜かれた。
心底悔しい。
悔しくてたまらない。
しかし言い返したいが、何も言葉が出て来ないのだ。
(悔しいけど、コイツの言う通りだからだ……)
悔しさに唇を噛み締めた時、パーテーションの中で入ろうとしていた流川がボソリと言った。
「彩子先輩も落ちたもんだ」
それは酷く冷たい呟きだった。
花道はその言葉にピクッと眉を震わせた。聞き捨てならない言葉だったからだ。
「おいっ!どういう意味だ」
唸るように言うと、流川は冷めた顔のまま振り返った。
「彩子さんがなんだって?」
自分のことを悪く言われるのは構わない。
けれど、女性ましてや親しい彩子の悪口を言われるのだけは決して許せない。
花道に睨みつけられた流川はスッと目を細めた。
「先輩の紹介だから信用したんだが、まるっきり使えない人間を寄越すんだ。編集者の才能無えな」
「てめぇ…っ!」
あまりの言い草に花道は目を見開いた。
「もう用は無え。帰れ。先輩がわざわざ連れて来たやつだからちょっとは使えるのかと思ったが、甚だ検討違い
だった。俺は仕事をする。邪魔だ」
花道を無視して机へ戻ろうとする流川を許せず、花道はズカズカと流川のそばへ向かった。
「ちょっと待てよ。彩子さんのことを悪く言うな。訂正しろ!」
すると流川は白けた目をし「本当のことだ」と花道を馬鹿にしたような目つきで言った。
「この野郎っ!」
いい加減我慢の限界に達した花道は、流川へ殴りかかろうとした。
しかし、一瞬のうち、流川に胸倉を鷲掴みされ、壁へ背中を叩き付けられていた。
「ウッ…グ……ッ!」
予想していなかった出来事に、花道は全く構えておらず、襟を締め付けられる強さに必死で耐えていた。
すると流川は、襟を掴む手を全く緩めず、むしろ更に強くしながら花道にだけ聞こえるように顔をグッと近付けた。
「―――俺はこの仕事で飯食ってんだ。自分の仕事に誇りを持ってる。だからこそ中途半端は許されない。そう
いうのは、てめえみてえに年がら年中チャランポランしてるような奴にゃ難しくて一生理解出来ないだろうがな」
流川はその日初めて、心底憐れむような目で花道を見ていた。
「………っ!」
言葉も無い花道は、暫くして襟から手が外れたことにも気付かない程に茫然としていた。
自分が見下されたこと、彩子を詰られたこと。
そしてなにより、自分が酷く子供っぽいことをしていることに気付き猛烈に恥ずかしくて、全身が燃えるよう
に熱く真っ赤になるのが分かった。
やがて全身をブルブルと震わせだした花道を、流川は黙って見ていた。
「チクショオォォォォッッッ!!!!」
花道は突然吠えた。
「やってやろうじゃねえか!この超天才アシの桜木花道様が!」
花道は顔を真っ赤にし、拳を強く握り締めた。
「お前に出来んのか」
冷めたように流川が言うと、花道は目を燃やし流川に高々と宣言した。
「ふざけんな!俺がアシするからには歴史に名を残すホモ漫画にしてやろうじゃねえかっ!」
「ホモじゃねえ、ボーイズラブだ」
冷静に突っ込む流川。
「なんでも良いから、原稿寄越せ!」
アシ用デスクへやる気満々で向かう花道を見て、流川の口元がふと緩んだことに花道は全く気付かなかった。
とあるボーイズラブ作家と、その超優秀専属アシスタント。
そんな2人の物語は、ここから始まったのだ――――――。
END
【ラブポップ】の出会い編です。ホモ漫画家と知らずに流川と
出会った花道というのがリクエストだったので、とにかく出会い編を
書かないとずっと落ち着かなかったので、内容はともかく(汗)
ようやくリクエストを消化したって気がします(笑)
花道の誕生日記念なのに全然流花じゃないっていう。流花というより
流川&花道か。でもこの先はラブラブなんです(笑)
作中の漫画に対する流川の考え方は某作家さんの考えへ
リスペクトしてたりします。漫画ってホント凄い芸術作品だと思う。
この話ではタクシーの中の彩子と花道のやり取り(笑)と、流川が
花道を説教するシーンが書いてて楽しかったです(笑)
流川のBL作品はみなさんの逞しい想像力にお任せします(笑)
まったく誕生日らしく無い話だけど、心からお祝いします。
花道、ハッピーバースデー!
(2010年4月3日初出)
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