【ラブポップの始まり】  (3)












 そこには「楓」名義のコミックスが数冊と、アンソロジーらしきもの、そして掲載された雑誌が数点あった。

 それ以外は恐らく全て資料なのだろう。大小様々な本が並んでいた。

(どれどれ……)

 一冊手にとって見てみる。

 一体どんな格闘漫画なのだろう。

「………??」

 表紙のイラストと作者名を何度も交互に見比べる。

 どう見てもこれは今から手伝う作家のコミックスだ。

 しかし表紙の絵は格闘とは程遠い、えらく繊細なイラストだ。しかし確かに私服姿の男性2人が並んでいる。

(この絵で格闘漫画?)

 一見すると少女漫画のようだ。とてもこのキャラは格闘をする男に見えない。

 百歩譲って、インテリ風というか、顔の良い細身の遠距離系タイプだろうか。

(弓とか銃とか使うキャラか?いやもしかすると頭脳系か…)

 半信半疑のままページを開いた。

「…………」

 どうみても表紙の男2人が主役のようだ。

 しかし何かおかしい―――。








『先輩、いい加減にしてください。』

『なにが?』

『からかわないで下さい。俺は…』

『からかってなんていない、俺は自分に正直なだけだ』

『だからって…』








 ちょっと待て。

 花道はパチパチと瞬きを繰り返す。 

(……男が男を後ろから抱き締めてる……よな、コレ)

 しかも背後の男は腕の中の男の耳元で熱く囁いている。

(これってもしかして…口説いてるって言うんじゃ……)

 更に読み進めると、背後の男は相手の顎を掴み、無理矢理振り向かせている。








『自分に嘘はつかない主義なんだ、俺は』

『そ、んな……』









 そして次のコマで――――。

「うわっ!」

 花道は思わず声をあげてしまった。

(キキキキ、キスしてるだとぉ!!!!)

 ちょっと待て、どころではない。

 目の前に広がる光景が信じられない。何が起こっているんだ!

 表紙の男2人がキスしてるじゃないか。しかも見ると舌の絡む描写がある。

(うぎゃー!)

 かろうじて悲鳴が声に出ることは無かったが、あまりのことに花道は顔が熱くなった。

(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!)

 とにかく一旦本を閉じた。

(落ち着け、落ち着け…)

 自分を鎮める。今見たものはもしかしたら幻か見間違いかもしれない。

 片方は男装した女性キャラかもしれないし!

 そうだ。そうに違い無い。

 花道は動転する自分を落ち着かせ、もう一度本をめくってみた。今度はもう少し後ろの方を……。

「うお!」

 驚いて、思わず本を閉じる。

 そして恐る恐る同じページを開いてみる。

(うわぁ……)

 今度こそ決定的なシーンだった。

(マジか……)

 表紙の男2人が素っ裸だった。

 もちろんそれだけではなく、絡み合っているではないか。  

 いくら鈍感な花道でも今度ばかりは間違いようが無い。

 これはどう見ても、男同士のエロシーンだ。

 絵が繊細で丁寧なので、下に居るキャラが女性ならばなんの問題も無いだろう。

(思い切りツイてるよ……)

 男には必ず付いているアレだ。

(それにおっぱいも無い……)

 花道は思わず気が遠くなりそうになった。

 思わずもう一度本を閉じて、表紙の名前を確認する。

 間違い無い。「楓」と名前が入っている。

 そうだ。この仕事場の主の名前だ。

 そこまで考えてハッと閃いた。

(他の本は違うかも!)

 一縷の望みを託して隣に並んでいた本を手にして中を確認したが…やはり間違いでは無かった。

(ちょ、ちょっと待て……もしかして、この漫画の手伝いをしろってことか?)

 いやいや、いくらなんでも、まさか、そんな。

 様々な思いが脳内を駆け巡る。

 と、その時。

 グルグル考え込んでいた花道の背後に人の気配を感じたので、花道は凄い勢いで振り向いた。

「彩子さん!!!これは一体どういう―――っ」

「……うるせえ」 

 果たしてそこには……超美貌の男のドアップがあった。

「ぎゃ!」

 全く見たことの無い美しい男が目の前に居る。思い切り至近距離だ。

 しかも更に驚くべきことに、目線が同じなのだ。

(デカッ!)

 これでも花道は190に近い身長で、同性でも目線の合う人間はなかなか居ないのだ。

 アシをしている赤木は例外として、大抵みんな目線は自分より下になる。

 しかし今、お互いの顔が目の前にあるのだ。

「な、な、な、」

 色々驚いて、思わず後ずさりしたが背後が本棚なので出来なかった。

「何驚いてる」

「あ、あ、あんた……」

 もしかして、この人物が当の本人「楓先生」か?

「―――って、彩子さんは?!」

 この部屋で唯一詳しいことを説明してくれる筈の人物を探す。けれど…。

「帰った」

「へ?」

「もう帰った」

「………」

 カエッタ?え?どういうこと?

「帰ったって……」

「後は任せたって言って、次の作家んとこに行った」

「………」

 薄情もん!!バカバカ!彩子さんの馬鹿!裏切り者!

 ありとあらゆる罵倒を脳内でニコニコ笑う彩子へ向ける。

 ほぼ半泣き状態の花道は、頭の中で思いつく限りの言葉で彩子を罵ると、目の前に立つ男に食ってかかった。

「おい!てめ!これはどういうことだ!」

「なにが」

「俺だって知ってんぞ!これはホモっていうんだ!なんだこのホモ漫画は!」

「………」

 切れ長で睫毛の長い目が、花道をじっと見る。そして一言。

「ホモじゃねえ。ボーイズラブだ」

「ハア?!」

「略してBL。なんだ、知らねえで来たのか」

 呆れ気味に言う流川をよそに、花道は茫然とする。

 来る時に彩子と交わした会話を思い出す。

 そういえば彼女は『肌と肌とのぶつかりあい』だとか『男と男の熱き闘い』だとか言っていた。

 花道は茫然としたまま流川を見る。

「だって彩子さんが『男と男がくんずほぐれつ』って………」

 すると流川は深い溜息をこぼし「どあほう」と呟いた。

「ど、どあほうって、それはこの俺様に向かって言ってんのか?!」

 憤慨して言うと、他に誰が居ると言わんばかりの流川。

「男女でも絡みのシーンをくんずほぐれつって言うだろうが」

「ぬぬ!」

「他になんて言ってた?」

「……熱きまぐわい…とか」

「ふーん」

 薄っすら口元を上げると、彩子の意図を悟ったのか流川が意味深に花道を眺めた。

「家に帰ったら辞書引いてみろ」

「は?辞書?」

 花道はポカンとするが、流川は面白そうにジロジロと花道を眺めまわすばかりだ。

(どうせ辞書なんて家に置いてねえだろうけどな、このどあほうぶりからすると)

 まぐわい、とは男女の交わりのことだ。少々古い表現だが。

 この男は彩子が即戦力になるから好きなだけ扱き使えと置いて行った青年だ。

『基本的にはとっても良い子だから!』

 と言うのは彩子談だ。

 こういうある意味お約束な反応をするだろうと予想し、流川が何を描いているのか教えなかったのだろう。

 しかし流川はそんなことはまるで気にしなかった。

 なぜならそれよりももっと気になることがあったからだ。

「………髪…」

「あ?」

 唐突に発せられた言葉に花道の反応が遅れる。

「すげー赤いな、髪の毛」

 流川はそう言って物珍しそうに花道へ手を伸ばした。

「染めてるのか?」

 そう言ってすいっと耳元の髪を撫で付けた。

 その感触に花道の体がビクッと大きく震えた。

「触るな!」

 パシッと耳元に触れた流川の手を払うと、花道は肩を怒らせた。

 その反応に流川は怒るでもなく、花道を見た。

「とにかく!俺はこんな仕事は嫌だ!帰る!俺はゴリんとこでゴリゴ14を描くんだ!」

 そう言うと、花道は流川を押しのけて、部屋を出て行こうとした。

「帰りたけりゃ帰れ」

 静かな流川の声が背後から聞こえた。花道の足が思わず止まる。

「大した実力も無えくせに口だけ達者などあほうなんて、居るだけ無駄だ」

 花道にはその一言で流川の言いたいことがしっかりと伝わった。

『男なら態度で示せ。実力を見せてみろ』

 この男はそう言ったのだ。

 はっきり言ってこの初対面の男に己の天才的な力を見せる必要も、認めさせる必要も無いのだが、そこはそれ。

 負けず嫌いな性格ゆえ、ここまで言われて引き下がれるわけが無い。

「そこまで言うなら、見せてやろうじゃねえの!」

 この俺様の天才的テクニックを!

「見て腰抜かすんじゃねえぞ!」

 人差し指を流川に突きつけると、流川はぽつりと一言「どあほう」と面白そうに呟いた。














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