【La vie en rose ?】 (1)
「………悪いが、私はゲイなので」
あなたの気持ちに応えることは出来ない。
流川はきっぱりとそう言った。
その隣には、目を真ん丸く見開いた赤木晴子がいた―――。
流川の部屋。
とてつもなく広いリビングには本格的なオーディオセットが鎮座していた。
その大きな黒いボディは、それでも部屋が広いお陰で圧迫感を全く感じさせなかった。
そのセットの上に花道のヴァイオリンケースが大事そうに置いてある。
(何でこんなことになってんだよ……)
花道は冷たい汗が背中を伝っていくのを感じた。
体がうまく動かない。
まるでヘビに睨まれたカエルだ。
広いリビングの床へ座る花道は、同じく正面に座るこの部屋の主の気迫に完全に
飲み込まれている。
さっき、流川はなんて言ったんだろう。
花道の聞き間違いでなければ「一目惚れだ」とか、そんなことを言ってたような。
大事な話があるからと言われて、この部屋に連れ込まれた花道は、床に座ったまま流川の
真剣な告白を聞いた。
確かに聞いたことは聞いたが、一体誰が本気にするのだろう。
開口一番「ホモかよ………」と思わず呟いていた。
しかし呟いたつもりでも、傍に座った流川にははっきり聞こえていた。
呟きを捉えた流川は、ゆっくり目を細める。
「別に俺は同性愛者では無い。男を好きになったのは初めてだ。まぁ……実際いつも、
それを理由に使ってはいるが、な……」
あの女にも、つい先日使ったばかりだ。
流川はさらりとそんなことを言う。
「あの女?…理由って………」
訳が分からず、花道はそう訊ねた。
流川は幾分愉快そうに、花道の疑問に丁寧に答えてくれた。
「フルートの女だ。俺に付き合ってくれと言ってきた」
「!」
花道の憧れの人、フルート奏者の赤木晴子だ。
【ショーホク】にはフルート奏者は彼女しかいない。
花道はカッと体が熱くなったような気がした。
「は、晴子さん……」
流川は狼狽する花道に気付いた。
「なんだ。好きな女だったのか?それは残念なことをしたな。アレは俺が好きなんだそうだ」
もっとも、ゲイなので女に興味は無いと言っておいたが。
口の端をわずかに引き上げながら、さして残念そうでもなくそう続けた。
そして呆然とする花道へ、流川がゆっくりと近づいてくる。
伸ばされた手が花道の両頬を優しく包んだ。
「安心しろ。これから先は俺以外のことは考えられないようになる………」
放心している花道の無防備な唇へ、流川のそれがしっとりと重なった。
重なった流川の唇から舌が伸びて、花道の唇を強く撫でる。
花道の体がぶるっと震えた。
「そうだ。お前はもう逃げられない……」
唇を重ねたまま、囁く。
流川は味わうように舌を奥へ忍ばせ、熱い口腔を探った。
やがて小さく音をたてながら吸い付いていた唇が離れ、頬を包んでいた手もそこを
一撫でして去っていく。
「…何も心配することは無い。任せていれば良い………」
そして意味不明なことを囁きながら立ち上がり、オーディオセットの前へ移動した。
数枚のCDを手に取り、そこから一枚だけ抜き出しセットした。
そして数秒後。
―――グワァァァァァァッ!
突然、鼓膜が破れるかと思う程の大音量でオーケストラが始まった。
ビリビリと壁が揺れる。
花道は驚いて体が、というより心臓が強く跳ね上がった。
後から後から物凄い勢いで音が溢れてくる。
(あぁ……これは―――――)
タンホイザーだ。
そう認識するまでに、数秒を要した。
そして理解したと同時に、目の前が暗く陰った。
大音量のオーケストラに飲み込まれそうになりながらも、少しだけ顔を上げるとそこには
花道を見下ろす美しい男の顔が見えた。
逆光になってよく分からなかったが、その雰囲気から何故か流川は笑みを浮かべている
ような気がした。
別に皮肉な笑みでも無く、馬鹿にしたような笑みでも無く、自嘲の笑みでも無く。
満足そうな、嬉しそうな、楽しそうな、ほんの小さな笑み。
この男でも笑うんだなぁ……。
そんなことに感心していたら、あっと思う間もなく床に押し倒された。
そして花道に圧し掛かる流川が何か言った。
でもまるで聞こえないし、口の動きも読めない。
「聞こえない」
そう言おうと口を動かす前に、流川の両手が伸びてきた。
そして胸倉を掴まれたかと思うと、強い力で服を引き千切られた。
「!」
弾けたボタンが周囲に飛び散る。
………花道は唐突に理解した。
自分はこの男に襲われているんだ。
そして犯されようとしている。
目の前にいる、流川によって……。
一体何がどうなっているんだ。
何がおかしい。
何を………間違えた?
なぜ流川が。
なぜ自分が。
なぜ床に横たわって。
なぜ流川が圧し掛かり。
なぜ首筋に顔を埋めて、耳や首にむしゃぶりついて。
なぜ流川の手が胸を彷徨って。
――――なぜこんなにも流川の手が熱くて、湿っているんだろう……。
胸の一点を抓まれた時、花道は咄嗟に流川の体を横に薙ぎ払う様に強い抵抗を示した。
示した筈なのに、それは叶わなかった。
両足の間に流川の、花道とそう変わらない体が割り込んでいたからだ。
更なる抵抗をする前に、素早く手首を戒められた。
自分の手首に食い込む流川の手は、金属の鎖のようだった。
そして鳴り響くオーケストラは頑丈な檻。
圧し掛かる流川の圧倒的な存在感と強固な目的意識の為に、花道の抵抗は虚しく
空回りしていた。
濃密な空気が満ちる中、花道はそれこそ必死で抵抗し、そして頭の片隅で
(絶対に退団してやる!!)と心に決めた。
安西の強い勧めで入団した湘北交響楽団。略して【ショーホク】。
音楽の道へ進むことなく、適当に仕事を見つけて働いていた矢先だった。
恩師である安西が小さな楽団を所有していると、その時初めて知った。
小さい楽団で、町内会から僅かながら資金を提供され、団員の月極費用で賄っている
練習代諸々。
来るもの拒まずなこの和気藹々とした楽団は、小さいながらもオーナー安西を中心に
本当に細々と運営されていたのだ。
花道は忘れていた音楽の楽しさと、仲間と一体になるという感覚に幸せを感じていた。
そこに突然やってきた指揮者。
有名な音大を出て、海外へ渡り、様々な楽団で指揮者を経験してきたという。
やたら背がデカくて、練習場のドアの鴨居を花道と同じようにかがんでくぐりながら
登場した黒髪の男。
そいつが流川だった。
これから【ショーホク】の常任指揮者になるという花道よりも一つ年下の男。
花道の最初の印象は「スカしててムカつく!」だった。
そして無表情で何を考えているのか全く読めない不気味さ。
正直あんまり関わりたくなかったが、花道はコンサートマスターであるから仕方が無い。
声を掛けられ、飯に誘われ。
そんなことが何度もあった。
別に何も無かった。
無いのが当たり前だが。
次第に流川に対して、印象をやや良い方へ修正し始めた頃。
夕飯を一緒に食べて、話があるからと初めて流川の家へ連れてこられて。
そして今は、押し倒されている。
―――オーケストラの、その真ん中で。
「……っ…うっ!!」
花道の体をうつ伏せにさせ、足を大きく開かせる。
未知の体験が恐ろしく、花道の体は震えていた。
オーケストラは鳴り止まない。
ぬるっと何かが秘所に塗りこまれ、思わずそこがきゅっと閉まる。
しかしそんな抵抗をもろともせずグイグイと何かを奥深く塗りこめて行く。
内部にまで侵入してきた恐らく流川の指だろう、長いゴツゴツしたものがこれ以上無い
ほど気持ち悪かった。
そしてそれが唐突に終わる。
ほっと息を吐いて力が弛んだ瞬間。
物凄くがっしりしていて、固くて、熱くて、太くて、長くて、ぬるっとしてて、とにかく妙に
弾力のある棒のようなものが、グニッと内部に挿入された。
花道の記憶はそこで完全に途切れた。
『あぁ、俺、死ぬかも………』
それが彼の最後の記憶だった………。
次の日の朝。
花道をレイプした当人である流川から、なぜかクソ真面目にプロポーズされる羽目になる
のだが、花道は即答でお断りした。
「どうして断るんだ」
「どうしてだ?!てめーの胸に聞け!」
「愛しているから責任を取ると言っているんだ。どこがおかしい」
花道は頭の血管がプチッと切れた。
「何の責任だ、何の!!!」
「だから昨夜のレイ―――」
「言わんで良い!!!!」
「………どあほう」
ふぅ、やれやれ。
肩を竦めて呆れたとでも言う仕草をした流川に、花道は絶叫した。
「俺は絶対にっ!直ぐにでもっ!【ショーホク】を辞めてやるんだっ!!!!!」
だからテメーは黙ってろ!!!!
痛む尻を抑えつつ、花道は悔し涙を浮かべた。
「辞めても連れ戻す」
「ふざけるな!」
「………大事にすると言ってるだろう。何がそんなに不満なんだ…?」
流川は心底不思議そうな顔をする。
だが花道は「不満大有りだ!」と目尻に涙を浮かべる。
「………」
喚く花道を暫らく見つめて、何か思い出したかのように流川は顎に手をやった。
「お前、そういえば……しょ…童貞だったんだな……」
「!!!」
「………美味かった…」
満足そうにそう呟いた流川に花道はもはや懇願した。
「頼むから、テメーは一生黙ってろ!!!!」
顔を真っ赤にして、花道は枕を投げつけた。
(俺は断じてホモじゃない!)
そして【ショーホク】を辞めるんだ!
流川にはもう二度と関わりたくない!
花道は、脳内で(実際には尻の痛みで動けない)自分をレイプした流川をケチョンケチョン
にやっつけて、固く心に誓ったのだった。
―――果たして花道は流川から逃げ切ることが出来るのか?
そして運命の女神は、最後に桜木花道へ優しく微笑むのだろうか。
それはきっと【薔薇色の人生】……………?
リクエストで頂いた【桐ノ院な流川】です。WEB拍手へ載せていました。
桐ノ院とは有名なジュネ小説【フジミ交響楽団シリーズ】に出てくる
攻めの指揮者様です(笑)でもこの話だと全然流川じゃないし、
桐ノ院でも無くなってます(汗)あんた誰?状態(笑)
ジュネのWパロを書いてしまった時点で、もう私には怖いものは
何も無くなりました……(笑)
流花らしく書くのは難しかったんですが、それでも妄想は楽しかったです(笑)
【ヴァーグナーのタンホイザー】は使えたんですが、さすがに
【大変美味でした】はそのまま使えませんでした、残念!(笑)
続編もあるので、宜しかったら合わせてどうぞ(笑)
(2004年8月1日初出)
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