【ユメザクラ】 (1)
「父ちゃん?」
「起きたか?花道」
「何やってんの?」
「弁当作ってるに決まってるじゃねーか。忘れたのか?」
「…あ!花見!」
眠い目をこすっていた花道は、ようやく思い出した。
誕生日の今日、父親と二人で近所の公園に花見に行くことになっ
たのだ。
「スゲーな父ちゃん!これ唐揚げか!」
「おうよ。父ちゃんだってやるときゃやるのよ!…って、つまみ食いす
るな!火傷する!」
「一個くらい良いじゃん!」
「全く…。皿持って来い」
花道が持ってきた小皿に揚げたての唐揚げを一つ乗せて、それを
素早く二つに千切る。
「ほれ。ふーふーしながら食えよ」
「うん!」
ほんのり塩味のきいた唐揚げは絶品だった。
「美味いか?」
「美味い!!」
「父ちゃんが作ったんだからたりーめだ!」
父親は胸を張って偉そうだ。
「いつも作ってくれりゃ良いのに…」
小声で言ったはずなのに、父親には聞こえてしまったらしい。
「天才の実力は簡単に人に見せたりしないもんだ!」
「天才は俺だ!」
「天才の天才は大天才で、それは父ちゃんなんだ!」
「………」
腰に手をあててガハハと笑い大威張りな父親をうっちゃっておいて、
花道はテーブルの上にあるおかずやおにぎりに目を向けた。
「これ持っていくのか?」
「あ?そうそう!それ重箱に詰めろや、花道」
「分かった!」
花道はそう言って手伝い始めた。
「父ちゃん、これちょっと多くねー?」
「あぁ、そうだった。おにぎり二個と卵焼き二個は弁当に入れないで皿
に分けとけ」
「なんで?」
「朝飯だ、朝飯」
「ふーん。あ!おにぎりの中身って何?」
「梅干と昆布とおかかだ」
聞きながら花道は戸棚から出してきた皿へ、適当に選んだおにぎり
二個と卵焼き二個を移した。
「花道。弁当の盛り付けはカッコよくやれよ」
「なんだよカッコよくって…」
「どんなもんでも見た目ってのは大事なんだよ。ちったー美味そうに詰
めろよってことだ」
「ぬ…」
ちょっと唇を尖らせた花道の様子に、父親は小さく笑う。
水筒には夕べ作っておいた冷たい麦茶を入れる。
「出来たか?天才!」
「おう!完璧!」
「どれ…」
麦茶を注ぐ手を休め、重箱を覗き込んだ。
「なかなか良いんじゃねーか?花道にしては」
「なんだよ!こんな完璧な詰め方は他にねーぞ!」
そう言って興奮する花道の頭を父親はぐりぐりと撫でた。
「重箱包むから、お前は先に食ってろ」
「おう!」
その後二人は、風呂敷で包まれた重箱を水筒と一緒に紙袋へ入れ
て、朝ごはんをさっさと済ませた。
「忘れもんねーか?」
「無いよ!良いから早く行こう!!!」
「鍵掛けるから待ってろ。せっかちだな、ホントに…」
「何ブツブツ言ってんだよ!良い場所無くなっちゃうってば!!!」
「分かった分かった」
花道に急かされ二人は早歩きで目的地へ向かった。
そこは近所でも有名な公園だった。
かなり広い敷地には桜並木が出来ており、朝10時だと言うのにすで
に人が大勢いる。
花道達は芝生の一角へレジャーシートを敷いた。周りはまだ空いて
いるけれど、そこもレジャーシートと人で埋まるのは時間の問題だろう。
この場所は360度を桜に囲まれている。良い場所を取ることが出来た
ようだ。
「どれ。桜を愛でながら昼寝でもするかな……」
「父ちゃん!!!!!!」
早速横になろうとした父親に花道は渇を入れた。
「サッカーやるって言ったじゃんか!」
「はいはい、冗談ですよ…」
あからさまに渋々といった様子で父親がスニーカーを履いた。
「今日は俺の誕生日なんだから、なんでも言う事きいてくれるって言った
じゃん!」
「そうでした、そうでしたっと…」
いつも仕事でかまってやれない息子へ、今日はお詫びも兼ねているの
だ。休日もなかなか遊びに連れて行ってやれないことが、父親としても
やはり辛いから。
二人はレジャーシートの横で軽くサッカーボールを蹴って遊んだ。たま
に休憩を入れながら遊んでいたのだが、思いのほか熱中したのかあっと
いう間に昼になった。
「飯食うか」
「おう!腹減った!!」
快晴の空の下、久しぶりに父親と遊んで嬉しかった花道はこれ以上無
い程大きな笑顔を見せた。
レジャーシートに座り、周りに広がる桜を見ながら父親と一緒に食べる
お弁当は、とにかく最高だった。
「花道。桜ってのはスゲーんだぞ」
「何が?」
「自分が将来散るって知ってるのに、それでも精一杯咲くんだ。散ること
をちっとも怖がらねぇ。カッコ良いじゃねーか」
そう話す父親の横顔は、なぜかとても穏やかだった。
「母さんも……綺麗だったなぁ…」
「え?母ちゃん?」
「そうだ。母さんも精一杯咲いて…でも散ることは全然怖がって無かっ
た…」
「……」
母親の死に対して、父親からこんな風に話を聞くのは初めてだった。花
道は少しだけ心臓がドキドキしてきた。
「母さんは凄く綺麗な人だったんだ。嫁さんにして良かったと今も思う
よ…。母さんな、お前が腹の中にいる時、面白いことを言ってたんだ。『
この子の顔が分かる』って…。な?スゲーだろ。しかも分かる訳ないの
に『この子は男の子だ』って言うんだよ。病院では生まれてくるまでの
お楽しみってことで、男か女かは教えて貰わなかったんだ。それなの
に母さんは分かってたんだ。父さんに『男の子の名前を考えて』って
言うから、父さんもなんだか男の子のような気がしてきて、名前を考え
て、ベビー用品を揃えたよ」
そこまで話した父親が、花道の方を向いたので目があった。その目が
悪戯っ子のように瞬いた。
「んで、生まれたのがお前だ、花道」
「!」
今よりもっと幼い時、母親がいないことを不思議に思った花道は父親に
聞いたことがあった。どうして自分には母親がいないのかと。すると父親
は凄く真面目な顔をして教えてくれた。お母さんは死んだのだと。
花道が成長するにつれて、父親は母親のことを少しずつ教えてくれた。
お母さんは元々心臓の弱い人で、子供を身篭っても無事に生めるかど
うかも分からず、一歩間違えば母親が危険に晒される程だった。それで
も母親は花道を絶対に生むんだと心に決めていたのだそうだ。
そして結果的に子供は無事に生まれ、母体は救えなかった。
「母さんの桜は綺麗だった。散り際も綺麗だった。キラキラしてた…」
「父ちゃん…」
「キラキラしてる母さんの横にはギャーギャー大声で泣いてる赤ん坊がい
てな…看護婦さんが抱けって言うんだよ」
そこまで言って父親はククッと笑った。
「確かに赤ん坊にはチンチンが付いててなぁ…顔はサルだし…。思わず
父さん笑っちまったよ…」
父親の横顔はまだ穏やかで、そして優しかった。
「笑ってたら看護婦さんがタオル貸してくれて。どうやら父さんは笑いな
がら泣いてたらしいんだ、ははは」
少し恥ずかしそうに花道を見た。
「な?母さんはスゲーだろ?生まれる前からお前のことを分かってたん
だ。それで、精一杯咲いて、散った……カッコ良いと思わねぇか?」
花道は頬に熱が集まる感じがした。
「母ちゃん…スゲーな…。スゲー!スゲーよ、母ちゃん!!!!」
おにぎりを持った手をぶんぶん振り回す。
「そういう母さんを嫁さんにした父さんもスゲーし、そういう母さんから生ま
れた花道は、もっとスゲーんだ。覚えとけよ?」
父親は誇らしげに笑いながらそう言った。
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