【ユメザクラ】  (2)






 たっぷり遊んで、気が付いたらもう夕方になっていた。

 そろそろ帰ろうかと、二人は公園内の桜並木を歩いていた。そこ

はまだ人がたくさんいて、屋台もたくさんあった。

「花道…腹減ったなぁ…」

「うん」

「たこ焼き食いたくねぇか?」

「食いたい!!」

「んじゃ父さんは……」

 そう言いながら辺りを見回す。丁度桜の下に空いてるベンチがあ

ったので、そこを指差した。

「あそこに座って待ってるから、一つ買って来てくれ」

 父親は花道に千円札を一枚渡した。

「行って来る!」

 受け取った千円札を握り締めて、花道は走ってたこ焼きを買いに

行った。

 良い香りのするたこ焼き店の前には客が一人いた。その人が去る

のを待って、花道はたこ焼きを注文して支払いも済ませる。ソースの

良い香りが食欲をそそって、逸る気持ちを押さえるのが困難だ。

 お釣りをズボンのポケットへ押し込み、父親の元へ早足で戻る。

 夜桜を見に来る人波を掻き分けて、花道はベンチに辿り付いた。

 ……父親がいない。

「あれ?父ちゃん?」

 花道は辺りを見回したけれど、姿は見えない。

「え…場所、ここだよな…」

 間違ったのかと思ったけれど、桜の木も風景もここに間違い無い。

 トイレにでも行ったんだろうか…。

 そこまで考えた時、強い風が正面から吹きぬけた。

「うわ!!」

 反射的に目を閉じた花道は、誰かに呼ばれたような気がして後ろ

を振り返った。

 その瞬間、辺りは真っ白い世界に変わっていた。

 夜が忍び寄ってきた時間であるのに、辺りは昼間よりも白い光に

満ちている。今掻き分けて来た人波も、桜も、地面も、空も、綺麗に

消えていた。手に持っていた筈のたこ焼きももう無い。 

 しかし花道には、そんなことはどうでも良かった。

 自分を呼んだその人は、赤い髪をしたとても美しい女性だった。真

っ白い世界で、着ている服も白いのに、その髪の色が暖かい陽の

光のように綺麗だ。

 写真でだけ、見たことのあるその女性。酷く懐かしいその姿……。

 その女性の隣に、父親がいた。

 二人は揃って微笑んでいる。とてもとても嬉しそうな、優しい笑顔。

 花道は無意識に声を出していた。

「父ちゃん。……母ちゃ…ん?」

 そう言うと二人は一層笑みを深くした。

 ゆっくりと母親がその場で膝をつき、両手を広げる。

「母ちゃん!!」

 花道は運動会やマラソン大会でもここまで全速力で走ったことが

無いというほど、一生懸命走った。

 そして母親の暖かい胸へ飛び込む。

 良い匂いのする柔らかい母に強くしがみ付いた。

「母ちゃん……」

 肩に顔を埋めていると、頭を優しく撫でてくれる。

(母ちゃんだ…。俺の母ちゃんだ…)

 もう離れたくない!

 そう思っていたら父親が自分と母親の背中に手を回してゆるく抱き

しめてくれていた。

「花道。顔をあげて…」

 初めて聞く母の声。でもこの声を自分は知っている。覚えている。

 暗い、けれど暖かい水に満たされたあの場所で眠っていた時、ず

っと話し掛けてくれていた声。

『早く生まれておいで、花道』

 毎日毎日自分を呼んでくれた人の声。母親の声。

 花道はしゃがんだ母の目を見下ろした。

 母の唇が言葉を紡ぐ。

「花道。誕生日おめでとう…。大きくなったのね」

 そう言って微笑みながら柔らかい母の手が頬をそっと撫でていく。

「もう立派な男だな」

 父親は誇らしげな笑みを浮かべ、花道の髪をガシガシと撫でた。

 花道は胸がいっぱいで言葉が出てこない。嬉しくて嬉しくて。

「お父さんとお母さんはいつも花道と一緒にいるからね。絶対に離れ

 たりしないから。だって私達は”スゲー”家族なんだもの」

 母親は頬を撫でながら、悪戯っ子のような顔で言った。

「母ちゃん…」

 花道は頬を撫でる柔らかな手から伝わるぬくもりにそっと目を閉じた。

 その瞬間、後ろから強い風が吹き抜けた。

「わっ!!」

 驚いた花道は見た。真っ白い世界に桜吹雪が舞うのを。

 両親の姿はすでに無いのに、暖かな気配は残っている。耳を澄ま

せば二人の声が聞こえてくる。

『ここにいるから…』

『そばにいるから…』

 花道は舞い散る桜をじっと見つめていた。

「母ちゃん…父ちゃん…」

 桜吹雪の中、花道はその声を逃がさないように、またそっと目を閉じた。











 ………パカッと目を開けたら、そこには真っ青な青空が広がっていた。

 パチパチと瞬きをして、やっと自分の状況が分かった。夢を見てい

たんだ。幼い頃の両親の夢。懐かしい父と母の夢。

 夢を反芻するように空を見ていたら、それを遮られた。

「桜木、起きたのか?」

「……仙道…」

 髪の毛をツンツンに立てた男が青い空を遮り、花道の顔を覗き込

んできた。

「良く寝てたな」

 そう言って笑う仙道の方を見ると、胡座をかいてバスケ雑誌を読ん

でいた。

 公園に花見に来たのに、自分は何時の間にか眠ってしまったらし

い。体が温かいと思ったら、仙道が着ていたジャケットが掛けられていた。

「…桜木。良い夢見てただろ?」

「え…なんで…」

 笑みを浮かべる仙道を不思議そうに見返す花道。どうして「良い夢」だと

分かったんだろう?

「だってさぁ、顔が嬉しそうだったんだもん。ずっとニコニコしてたよ。

 でも寝言は言ってなかったなぁ。食べ物の夢でも見てるのかと思っ

 たよ」
 
 そう言ってクスクスと笑った。

「……」

 花道はその答えに何か思うところがあったのか、目線を仙道から

澄み渡った青空へ向けた。

「桜木?」

 寝起きの所為か、いつもなら言い返してくる花道が大人しい。一体

どうしたのかと仙道はもう一度花道を覗き込んだ。



 ゴスッ!!



 しかし覗き込んだ所為で、花道に思い切り頭突きを喰らってしまう。

突然花道が跳ね起きたのだ。

「痛いよ、桜木〜っ」

 涙目で額を押さえる仙道を押しのけて、花道は立ち上がった。そして

大きく伸びをする。深呼吸するのも忘れずに。

「よしっ!」

 腰に両手を置いて、大きく仙道を振り返った。

「仙道!たこ焼き食うぞ!!」

「はぁ?」

 額に出来たタンコブを撫でながら、訝しげに花道を見上げる。逆光に

なった花道は、満面の笑みを浮かべていた。

「さっき言ったよな。今日は俺様の誕生日だから、何でも言うこと聞くっ

 て!!たこ焼きを奢りたまえ、庶民くん!」

 花道はまだ腰に両手を置いたまま、がははと笑った。

「そりゃぁ、それくらい奢るけどさ……。いきなりどうしたの…」

 訝しげな仙道には構わずに、花道はさっさとスニーカーを履いてしまう。

「早くしろ!仙道!!」

「え!ちょ、ちょっと待てよ!桜木、おい!」

 仙道は慌てて立ち上がった。スニーカーを履いているうちに、花道はス

タスタと歩いて行ってしまう。

「桜木ー!」

 後ろから自分を呼ぶ声が聞こえる。

 でも花道は振り返らない。

「さっきの夢…たこ焼き、食いそびれたからなぁ…。仙道には10パックぐ

 らい奢らせねーと!」
 
 さっきまで遠くに聞こえた、自分を呼ぶ声。

 しかしもう仙道は追いついたのか、それはすぐ近くで聞こえる。

 今度は振り返らなくても大丈夫。だってもうすぐ隣に並んで、一緒に歩

くんだから。

「桜木!」

 やっと追いついた仙道が、重箱やレジャーシートの入った袋を持ち、背

中にバスケットボールを背負っている。

 花道は隣に並んだ仙道を見上げ、あの優しい笑顔、柔らかい感触、そ

して”声”を思い出した。

「桜木?どうしたの…」

 様子がおかしい花道を見て仙道が言う。

「何でもねぇよ!」

 花道は吹っ切れたように、笑った。




 『そばにいるから…』 




























花道は年齢的に言ったら夢の中だと7歳くらい。
現実だと原作通りの高校生。
7歳の花道って悪餓鬼なんだけど、寂しがり屋で意地っ張りで。
きっと物凄く可愛いんだろうなぁ…うふ…と思いながら書きました(笑)
そういう部分(?)が伝わると良いなあと思いつつ…(笑)
仙道はそんな花道を包むような、そんな存在なのかもしれない。
心から誕生日おめでとう、花道。


(2003年4月1日初出)






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