【Don’t Disturb!!】
  (3)












「美味いか?」

「あぁ、美味しいよ」

「そうか!良かった!」

 赤い髪の秘書がニコニコと笑う。

 藤真も満足そうに笑みを浮かべた。

 秘書であるこの青年は桜木花道と言う。

 現在社長秘書は彼一人だ。

 それには訳がある。

『三人の使えない秘書を雇うより、三人分働ける優秀な秘書が一人いれば良い』

 という社長の方針の為だ。

 とまぁ、それは建前で。

 実際は花道だけを傍に置いておければ良いと思っているだけなのだが。

 しかし、確かに花道は優秀な秘書だった。

 藤真は彼の働きに目を付け、ヘッドハンティングしたのだから。
 
 そしてそれにプラスして、この二人は社長と秘書という関係とは別に、プライベートでは恋人だったりするのである。
 
 しかしこの二人の間にどんな経緯があったのか。

 それは作者にも預かり知らぬところである(笑)

「花道がいるからホントに助かるよ。気遣ってくれる優秀な秘書がいるから、安心して仕事が出来る」

「なっはっは!そうかね、そうかね!」

 花道がうんうんと頷く。

「この手作りケーキも最高だよ。何をやっても完璧だ。流石だよ」

 俺が見込んだだけはある。

 藤真は花道を選んだ自分自身にも満足していた。

「なぁ藤真……」

「何だ?」

「これ……痛いのか?」

 花道がそう言って、そっと藤真のこめかみに触れる。

「あぁ、もう全然痛くない」

「そっかぁ……」

 痛くないと聞いて安心したのか、花道はゆっくりと傷を撫でた。

 そこには高校の時、部活の試合中に負った古傷がある。

 縫った後が痛々しい。
 
 普段は髪で隠れているが、ふとした拍子に見え隠れする。

 せっかくの綺麗な顔が台無しだと藤真の友人達は手術で綺麗に消してしまえと言うが、彼は決して消そうとしない。

 藤真は高校時代、バスケ部キャプテンだった。

 充分優勝を狙えるチームでありながら、自分の不甲斐なさの所為でチームを優勝へ導くことが出来なかった。

 当時のチームメイト達は決して藤真の所為にしたりしないし、むしろ感謝の言葉を送ってくれたが、藤真はずっと自責の念に捕らわれている。 
 
 しかし藤真は今、違う場所で頂点を目指している。
 
 この業界でいつか必ずトップへ立つ。

 この傷はあの頃の戒めと、そして励ましを彼に与えてくれるのだ。

「藤真?どした?」

「あ……いや。何でも無いよ」

「?」

 不思議そうにする花道へ笑いかけた。

「そうだ。花道も食べる?」

「ぬ?」

「食べさせてあげるよ、俺が」

 そう言ってフォークにケーキを刺し、花道の口元へ持っていった。

「ホラ。あーん」

「ぬぬっ………」

 ちょっと恥ずかしそうにしながらも、素直に口を開いてケーキを食べる。

「どう?」

「美味い」

「それじゃ今度は……食べさせてくれ」

「へ……っ」

「はい、フォーク」

「………」

 花道は仕方無いなぁと言いたげに、食べさせる。

「うん、美味い!」

「まったく……」

 ケーキを食べさせて貰い、満足気味にコーヒーを飲む藤真に苦笑してしまう。

 社長として働く冷静沈着な藤真と、プライベートの藤真。

 同一人物なのかと思う程違う。

 けれど、花道はどちらの彼も知っていて、どちらも好きなのだ。

「あ、桜木。ここんとこ、付いてる」

「え?」

 藤真が自分自身の唇の横を示す。

 ケーキのかすが付いてしまったらしい。

 自分で取ろうと思ったら、藤真が制した。

「取ってやるから」

 そっと綺麗な顔が近づいてくる。

(あ…良い匂い)

 藤真はとてもオシャレで、香水を愛用している。

 使い方も慣れていて、決して人を不愉快にさせるようなことはない。

 こうして近づいた時の香りが花道は大好きだった。

 藤真は藤真で、花道から香る清潔な石鹸の香りがとても好きなのだ。

 そして石鹸の香りと一緒に、なぜか香るミルクのような甘い香り。

(これがフェロモンってヤツだったりしてね…)

 お互い、そんなことを考えながら唇を重ねようと近づいた。

「桜木………」







「はい、そこまでっ!!」







「!」

 何時の間にか花道の体に乗り上げて、今にも藤真の唇が触れそうなタイミングで邪魔が入った。

 ハッと二人が見上げると、そこには腕を組んで呆れ果てた花形透が居た。

 黒ブチ眼鏡の奥の目つきが、ちょっと怖い。

「花形……邪魔するな」
 
 わたわたと顔を真っ赤にして藤真の下から這い出した花道は、急いでソファから立ち上がった。

「は、花形!これは…その…」

「桜木……付いてる」

 ケーキのかすをまたしても示され、花道は急いで口元を拭った。

「ふぬー!」

 慌てる花道と冷静な藤真。

 この二人を見ていると頭が痛くなってくる。

 溜息も出ようと言うものだ。

「お前らは本当に……。イチャつくのは他でやってくれないか」

「入室する時には―――」

「ノックしたよ。一言添えてな」

 秘書室に行けばもぬけの殻。
 
 社長室に呼びかけても一向に返事が無い。

 案の定、社長室はピンク色。

 社長の右腕と称された花形も、こればかりは辟易してしまう。

「それで。一体何の用だ」

 さっきまでの態度が嘘のように、冷静にコーヒーを飲む藤真へ、花形が肩を竦めて用件を告げた。

「今日の夕食会。一人追加だ」

「追加?」

 秘書である花道が不在だった為、連絡が花形へ回ってきたのだ。

「あぁ、先方で同席させたい人がいるらしい」

「誰だ?」

「なんでも…。ロンドン支社から戻ってきたばかりの社員らしい。ぜひ藤真に会わせたいと言ってきた」

「…………」

 無言で遠くを睨む藤真は先程とは様子が違う。企業人としての鋭いオーラを感じる。

「誰が来ようと、何も変わらないがな……」

 先程まで熱心にパソコンへ向かっていたのは、今月行われる大きな契約の為だった。

 その契約相手と今晩、夕食会をする手筈になっているのだ。

 この契約により、【FSP】には多大な利益が約束される。

 モンスターはまた一回り成長するのだ。

 頂点に君臨する未来の為に。

「そういう訳だから、悪いけど桜木。藤真の支度を頼む」

「おぉ、任せとけ」

「俺はまだ仕事が残っているから、それを片付けてくる」

 それを聞いた藤真は、花形を見上げた。

「なんだ。まだ終わっていないのか。お前にしては珍しいな」

 鮮やかな笑顔で言われた花形は、ピクッとこめかみが震えた。

「誰かがイチャイチャしてるから、俺が伝書鳩になってここまで飛んできてやったんだよ」

「あぁ花形!ほ、ほら!もう行った方が良いぞ!ここは俺に任せとけ!」

 嫌味を言い足りない花形を、グイグイと社長室から追い出し、花道は大きく溜息をついた。

「焦った……」

「桜木」

「ぬっ」

 後ろを振り向いた花道は、藤真に尻をパシッと叩かれた。

「さぁ、支度するぞ!手伝ってくれ」

 強い眼差しと笑みで見上げてくる藤真に、花道も笑顔で答えた。










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