【HappyCapsule】  (5)









「仙道、呼んでるぞ」

 そう言われて振り返ると世界史の池上先生が立っていた。

「校長室に来て欲しいそうだ」

 何故か気の毒そうにそう言うとポンと肩を叩いて去っていった。

 仙道はポリポリとこめかみをかくと、席を立った。

「失礼します」

「遅い!」

 開口一番強い口調で仙道を責めるのは教頭の田岡だ。

 掴み所の無い仙道にいつも困らされているので白髪がますます増えてきた。

「呼ばれたら直ぐ来るように!たるんどるぞ仙道先生!」

「まぁまぁ」

 そこへ大層穏やかな口調で宥めるのは校長の安西である。

 外見はまさにケンタッ●ーフライドチキ●のおじさんだ。

「仙道先生、お忙しいところ済みません」

「いえ……」

「校長!こういうやつにはビシッと言ってやら無くてはいけませんよ!」

 興奮する田岡を盗み見て仙道は『血圧上がりますよ』とまったくもって余計なお世話なことを考えていた。

「それで何か…」

 先を促す仙道に、安西は小さく頷いた。

「例の件ですが、やはり仙道先生は引き受けて頂けませんか?」

「例のと言いますと、合コンの…」

「はいそうです」

「あぁ…申し訳ありませんがその件は―――」

「なぜだ!こんな名誉な仕事を与えられたのに!」

(面倒くさいからですって言ったらどんな顔するかな……)

 たぶん物凄く怒って血圧あがって白髪が増えて、白髪増えたのをこちらの所為にされそうだ。

 メンバーに入ってるだけでも既に面倒で仕方が無いのに、この上リーダーまでやるなんて冗談じゃない。

 そんな仕事までやることになったら花道とのラブラブ新婚さんタイムが益々減ってしまうではないか。

「それに関しては、もっと適任者がいると思いますので」

 本音を言える筈も無く、無難にそう答えると安西は仕方ありませんね…と呟き、笑みを浮かべた。

「ぜひ先生にお願いしたかったのですが、無理強いはしたくありません。他の先生に当ってみましょう」

「越野先生が適任かと思います」

「あぁ、そうですね。話をしてみましょう」

「私からも話を通してみます」

 そう言うと安西は笑ってお願いしますと答えた。

 それでは失礼しますとその場を辞そうとすると、成り行きを見守っていた田岡が口を開いた。

「仙道先生。くれぐれも彼には内緒にするように」

「彼、ですか?」

「彼ですよ、桜木花道」

「あぁ、花道ですか。……なぜです?」

「なぜって当り前だろう!言ったら最後、あっという間に校内へ広がるに決まってる!」

 それを聞いた仙道の片眉がピクリと跳ねる。

「花道はそんな子じゃありません」

 失礼します。

 仙道は冷たく言い放ち、会釈をしたあと校長室を後にした。

「………もうとっくに言っちゃったって言ったら、どうなるかな」

 こっそり肩を竦めた仙道は、そそくさとその場を離れた。














「なんだよ話って」

 とても大事な話があると言われ、信長は花道と部活の後、公園へ行った。

 途中で缶ジュースを買い(なぜか当然のごとく信長の奢り)、連れ立ってベンチに座る。

 プシュッとプルトップを開ける音が二つ。

 美味しそうにゴクゴク飲んでいた花道は声を掛けられハッと我に帰る。

 そして、とても真剣な顔で隣を振り向いた。

「な、なんだよ」

 その表情に少し驚く。

「……合コンのことなんだけどよ」

「何……。まさか旦那にバレたのか!!」

 この真剣な顔はそうに違いない。

 あの男にバレたら何もかも一巻の終わりだ。

 嫉妬に狂った男を宥める方法なんて知るわけが無い。

 ああもうこれで俺の高校生活は終わった。

 担任でしかも部活の顧問である人間に完全に目をつけられた。

 目の前の男を合コンに誘うなんて、俺はなんてバカなことを!

 一気に絶望の淵に立たされた信長は呼ばれている声にやっと気付いた。

「おい!!」

「ひっ!」

 バカデカイ声で耳元で叫ばれ、鼓膜が破れたかと思った。

 キーンと耳が鳴って痛い。

「何ヘコんでんだよ!」

「何って……、だってバレたんだろ?旦那に……」

「違うって言ってんだろさっきから!」

「へ……?」

 耳を押えていた信長は言われた言葉に呆けてしまった。

「違う?」

「違うんだっつーの!そうじゃなくて!」

「……それじゃ何だよ」

 改めて問うと、今度は花道が口篭った。

「おい、何なんだよホントに」

「それが……」

「おう……」

「仙道が来るかもしれねえ」

「………どこに」

「だから、合コン……」

「はあ?!なんでっ!」

 言われた言葉に驚愕する。やはりバレたのか!

 目で問うと花道は首を横に振った。

「バレた訳じゃねえんだ……」

「どういうことだよ」

「………」 

 不審気に眉を顰めた信長へ、なぜか済まなそうに話始めたその内容に、また驚いた。

「なんだよそれ!」

「お、俺はアイツには言ってねえからな!」

 責められて焦る花道は言い訳じみたことを言う。

「なんか、そういうのに抜擢されたって。面倒くせえけど仕方ないって」

「………」

 情けない顔をする花道に、信長までもさらに情けない顔になる。

「マジかよ………」

 暗い公園で、そこだけ明かりに照らされたベンチで肩を落とす男二人。

 暫らくそうしていたが、やがて顔をあげた。

「仕方ねえな。とりあえず幹事に言っとく」

「おう」

 まだすまなそうな顔をしている花道に思わず苦笑する。

「んだよ、そのシケたツラは!教えてくれて助かったぜ!阻止されねえように対策立てられる!」

 それに、旦那には約束通り内緒にしてくれたのだ。

 あの男に隠すのは、相当骨が折れたに違いない。

「大丈夫だろ!なんとかなる!」

 なんとかしてみせる!可愛いあの子とお近づきになるために!

 改めて気合を入れなおした信長である。

 障害があればあるほど燃えるじゃないか!

「そういや気になったんだけどよ」

 気合を入れている信長を見て、花道はふっと思い出したように続けた。 

「なんでわざわざ合コンなんてやるんだよ。直接紹介して貰えば良いじゃねえか」

 お節介な友人ならば、タイマンくらい余裕でセッティング出来るだろうに。

「………嫌なんだよ」

「何が」

「………するから」

「あ?」

 小声なので聞き取れなかった。

 再び訊ねると、信長はキッと鋭く顔をあげた。

「き、緊張するじゃねえか!タイマンなんて!」

 顔を赤くして絶叫するその様子に花道は面食らった。

「口も聞いたこと無くて、見たことしかないのに、そ、そんな急に紹介してくれなんてよ…む、無理だって!」

「………」

「大勢居れば少しは緊張しなくて済むしよ!なんていうか…場が持たないっていうか…。と、とにかくタイマンは無理!」

 そんな信長を気の毒に思ったのかそのお節介な友人は、A女学院の友達に声を掛け、なんとか4対4で合コン出来るようにお膳立てしてくれたのだ。

 当然気が利く友人は、出席者はだいたい彼氏彼女が居たり、好きな本命がいる者だけを集めた。

 ようするに「さくら」というやつだ。 

 参加者には事情を説明し、最後にはメインの二人が上手く馴染めるように協力してもらうことになっていた。

 聞いていた花道は、そのお節介だと言われる友人に思わず感動してしまった。

 なんて友人思いなのか。

 この合コンにそんな裏があったとは!

 洋平もスゲー最高なダチだが、その友人とやらも相当凄いヤツだ。

「まあとにかくそういうことなんだ!」

 だからお前も頼むぜ!

 信長はそう言って、花道の背中を叩く。

 そして花道は、こんな壮大(?)な話に参加出来るとは!と、相変わらず感動していた。

 ………この時点で、意中の彼女が信長以外の男子に惚れたらどうするんだ?という疑問が誰の頭にも浮かばなかったことが後の不幸に繋がるのであるが、この際気にしないでおく。

「っしゃ!!絶対成功させるぜ!」

 拳を握って熱く吼える花道に、信長もまた「おおう!」と更に一層気合を入れたのだった。









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