【 秘密基地 2 】
  (3)













 次の日、花道はすっかり熱が下がっていた。

 今日はとくに何をする予定も無い。

 こういう日は大抵流川と遊びに行くのだが、昨日の今日だし、ちょっと遠慮したかった。

 そして更に言えば昨日のことは出来るなら考えないようにしたかったが、朝から問答無用で早速やってきた元凶に、そんなわけにもいかないんだと思わずガックリ肩を落としてしまった。

「どあほう…大丈夫か?」

 その元凶が心配そうに花道の顔を覗き込んできた。

 その様子に少し口を尖らす。

『昨日、流川くんずっとあんたに着いてたんだよ。明日お礼言っときなね』  

 母親に言われ、ちょっと驚いたのだ。

 たしかに自分は気を失ったようだが、気がついたらベットで寝てたのでてっきり母親が寝かせてくれたのかと思っていたのだ。

 そして、朝一番に流川はやってきた。

 今日も外は朝から暑い。

 すでに流川の額には汗が少し滲んでいた。

「……とりあえず入れよ」

 追い返す訳にもいかず、そう促すと流川はホッとしたような顔をした。

 その表情からすると、緊張していたのだろうか。

 そういえば昨日、忘れ物を持ってきてくれた時もこんな顔をしていた。

 冷房の効いている居間へ通し冷えたコーラを出した。

 暫らくお互い無言だったが、ゴホンッ!という咳払いの後「わ、悪かったな!」と花道が照れくさそうに言った。

「昨日は世話掛けちまった!」

「別に。もう大丈夫なんだな」

「おう!」

「なら良い」

 そう言うと流川は無言でコーラに口をつけた。

 暫らく沈黙が続く。

 花道はいつまでたっても無言な流川をチラチラ何度も盗み見る。

 何か言うかな、と構えていたのにリアクションが何も無い。

「………」

「………」

 続く沈黙に花道はそわそわと落ち着かない。

 結局じっとしていることが苦手な花道は、大声で流川を呼んだ。

「ルカワ!!!」

「なんだ」

「遊ぼうぜ!」

 立ち上がってそう宣言した花道を見上げ、流川はコクリと頷いた。













(変なの……)

 花道は内心首を傾げていた。

 昨日、あんなに色々いっぱいあったのに、今日もいつもと変わらず流川と遊んでいる。

 今日はなるべく流川に会いたくないなーとか思っていたのに、やっぱり本当は一緒に遊びたかったのだろうか。  

 花道は隣で横になっている流川を見た。

 ついさっきまで学校の校庭で遊んでいた。

 正確には校庭の隅に設置してあるバスケ用リングでワンオンをしていたのだ。

 二人共汗だくである。

 用意してきた水筒の中身はもうあとちょっとしか無い。

 リングの側の木陰には芝生もあって、寝転がるのに丁度良い。

 さすがに日も昇り暑さに耐え切れず、二人して同時にバッタリと倒れ込んだ。

 うだるような暑さと共に、眼前に広がる青空が気持ちいい。

 校庭からは、地元の少年野球チームが練習している掛け声が聞こえてくる。

 蝉の声も大合唱で辺りに響き渡り、たまに吹き抜けるそよ風に力が抜けていくようだ。

「生きてるか……?」

 一言も発しない隣のヤツへ声をかけると「おお…」と今にも消えそうな小さな声で返事があった。

 かろうじて生きているらしい。

 花道はなんだかおかしくてククッと笑った。

「何笑ってる?」

「面白いから」

「ふーん…」

 大して興味も無いのか、相手をする余裕が無いのか流川は気の抜けた声を出す。

「るーかわー」

「あんだ」

「体、動かねえ…」

「あ?」

「このままずっと寝ちまいたいかも」

「どあほう!!」


 ガバッ!


 凄い勢いで起き上がったかと思うと、花道を上から覗き込んだ。

「具合悪いのか?!しっかりしろ!」

「……へ?」

「具合悪いんだろ?!うち帰れるか?!」

「い?!ち、違う違う!」

「何が!」

 鬼気迫るとはこういうことか。

 流川はこれまた試合中のような真剣な顔して花道の肩を揺さぶる。

「また熱出たのか?」

 そう言いながら花道の汗に濡れた額に手を当ててみる。

 頬にも手を添えたとき、花道の唇が乾いているのに気づいた流川は、自分の水筒を鷲掴み「喉渇いてるだろ」とカップに注いだ。

「だから違うって!」

 顔の前で一生懸命手を振ると、何を思ったのか水分を口に含んで花道の顔へグーッと顔を寄せてきた。

「やめろー!」

 慌てて流川の胸を押すと「俺は大丈夫だ!」と叫んだ。

 するとピタリと流川の動きが止まり、花道と視線が重なった。

 もう一度「大丈夫だ!」と強く言うと、暫しの沈黙ののち、ゴクリと飲み干す音がして流川が上から退いた。

「いきなり何すんだ!」

 突然の事態に跳ね起きた花道は、心なしか顔を赤くして怒鳴った。

「具合悪くなったって……」

「それは…っ!」

「また、熱が出たのかと思った」

「………」

「喉乾いているけど自分じゃ飲めねえのかと思って…」

 先程の行動は花道を心配してのことだったのか。

 軽い冗談のつもりで言っただけなのに。

「大丈夫なんだな?」

 まだ真剣な顔をして聞いてくる相手に花道は一つ頷く。

「なら良い」

 ふーっと肩の力を抜いた流川は「暑い」とポツリと呟き、また倒れこんだ。

「……」

 花道はそんな流川を見下ろし「……夏なんだから暑いに決まってんだろ」と同じく流川の隣へ寝転んだ。

 空を見上げながら、なんだか背中がむずむずするぞと花道は思う。

 予告なしに迫られてキスもされて、さらには告白までされて。

 今朝までは会いたくないと思っていたのに、絶交しようとは全然思わないことがとても不思議だった。













≪≪ novel-top ≫≫