【恋火】 第2章 1.動揺
花道はノロノロと仕事から帰宅した。
玄関の鍵を開けて、再び鍵を閉める。
そのまま自室に直行すると、肩に掛けていたリュックサックを下ろし
適当に放り出す。
腕に持っていたケージを床へ下ろし、扉を開くと猫が二匹走り出てきた。
二匹の猫は急いで御飯の置いてある場所へ向かった。
花道はジーンズを脱ぐと、それを蹴飛ばす。
クローゼットからスウェットを引っ張り出して素早く身につけると、
敷きっ放しの万年床にドサッと倒れ込んだ。
「疲れた………」
もう明け方で、スズメがチュンチュン鳴いている。
太陽も顔を出していた
これから周囲が起き出し、騒がしくなる。
反対に花道は夢の世界へダイビングだ。
しかし、いつもならこのまま直ぐに眠ってしまうのに、今日は違った。
花道は目を開けたまま暫らくボーッとしたままうつ伏せになっていた。
「………」
ゆっくりと仰向けになる。
(やっぱ夢か………)
何度も自問自答していたのだが、考えれば考える程夢のような気がしてきた。
(それなら何であんな夢………)
花道は唇に手の甲を乗せた。
流川が口吻けしてくる夢。
柔らかい感触がリアルだった。
(夢なら良いけど………でもなぁ……)
夢なら夢で、そんな夢を見るのはどうかと思う。
欲求不満?
しかし、ただ欲求不満なら、相手は流川じゃなくても良い筈。
よりによって男で。
よりによって流川で。
「分からん……」
思わず声に出してしまった。
あの時は、店の準備を粗方済ませ、ソファに座って猫と遊んでいた。
そうしたら何時の間にか眠っていたのだ。
そして気が付いたら隣に流川が居て、手を握っていた。
しかも花道から手を握ってきたと言っていた。
「むぅ……」
夢は願望の現われという。
ならば深層心理では、自分は流川とキスがしたかった?
―――そんな訳は無い。
確かに流川は嫌いでは無いし、良い奴だと思う。
でもそういうことは一度も考えたことが無い。
夢の中で流川は暖かくて、ほんのり香水だか男性用化粧品だかの
香りがした。
不快感は無い。
しかし、だからってキスまでしなくても………。
それとも自分は、キスしたくなるくらい流川が好きだったんだろうか。
分からない。
そんなこと、自分でも分からない。
(流石に………)
目が覚めた時『俺にキスしたか?』なんて流川に直接聞くのは憚られた。
あの時自分は確かに少し動揺していた。
咄嗟に口篭ってしまったが、不審がられていなかっただろうか。
上手くその場は誤魔化せただろうか。
目が覚めた時、流川はいつもと何も変わっていなかった。
手のひらが少し熱かった気がするけれど、それ以外は普通だった。
だから余計夢だったような気がしてくるのだ。
なんだかそんな夢を見てしまって、流川に申し訳無いような気がした。
「…………」
そこまで考えて、花道は天井の木目をじっ、と見た。
………悩んで考えても仕方が無い。
もう終わってしまったことだ。
………流川のことは嫌いじゃない。
それだけ分かっていれば、良い。
別に、そんなことを流川にわざわざ言う必要も無い。
流川は友人なんだから。
「…………」
【友人】というところで、少し胸の中がモヤモヤする感じがした。
このモヤモヤの理由が気になったけれど、なぜかそれを知っては
いけないような気がした。
それを知ってしまうと…………。
知ってしまうと………?
「あぁもう!!寝る!!」
花道は全てを振り切るように、大声を出した。
もう何も考えないで寝てしまおう。
寝てしまえばもう何も気にならない。
「…………」
花道はやはり疲れていたのか、そのまま眠りについた。
二匹の猫は、花道の足元に丸まって飼い主同様眠ってしまった。
窓の外からは、車の騒音が聞こえてきた――――――。
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