【恋火】  5. エアメール(1)









 花道は大きく伸びをした。

 丁度洗濯や布団干しを終えたところだ。

 今日はとても良く晴れていて、家の用事を済ませるのに好都合だった。

 一仕事終えたので、休憩の為に畳の上に大の字に寝転んだ。

 そしてその手には一通の手紙。

 エアメールだ。

 すでに開封されていて、もう何が書いてあるのか暗記している。

 天井の木目を見つめながら暫らくぼんやりした。 

 花道は流川の家に行ってから、ずっとこんな調子で考え事をしていた。 








 流川の家へ初めて行ったあの日。

 彼のプライベートへ足を踏み入れたことに確かに嬉しいと感じていた。

 どんな部屋でどんな生活をしているのか興味があったから。

 独身男の部屋なんてどれも同じだろうが、それでも想像だけでは限界がある。

 流川のイメージから言うと、部屋はモノトーンで統一されていて、モデルルームのように
無機質な生活観をまるで感じさせない部屋が思い浮かぶ。

 しかし、全く逆もありうる。

 部屋は散らかり放題で、客として訪れた自分の座る場所も確保出来ないような悲惨な
状態かもしれない。

 そんな風に色々想像して内心ワクワクしていたのだが、蓋を開けてみれば現実は
極普通だった。

 物が散らかっている訳でもなく、埃っぽい訳でも無い。モノトーンので統一されている訳
でもなく、ここに間違い無く人が生活しているのだと分かる部屋だった。

 ただ、そこまではまだ想像の範囲だったけれど、最も意外だったのは台所だ。

 部屋は良いとして、シンクやガス台辺りは食器や鍋が多少は置きっ放しだろうと
思っていたのだ。 

「意外と几帳面なのか?」

「何が」

「もっと散らかってるかと思ってたから。部屋とか台所」

「あぁ……」

 1LDKの部屋を好奇心丸出しで観察する花道に、流川は苦笑していた。

「昨夜大急ぎで掃除したからな。久しぶりに」

「へ?」

「それまではかなり散らかってた」

「…ふーん……やっぱり」

「やっぱりって何だ?」

「所詮は”独り者”の部屋だなぁって」

「独り者……」

「間違ってはいないと思うけど」

 そう言うと、流川はまた苦笑していた。

「確かに、な」

 夕食は和食にした。ひじきの煮物と焼き魚と肉じゃがだ。ちなみに味噌汁は豆腐である。

 そして傍らにはビールだ。

「これはいくつん時だ?」

 テレビの中には少しだけ若い流川が居た。花道は焼き魚を箸でほぐしながら尋ねる。

「大学2年の夏だ」

「流川ってあんまり変わんねぇな」

 目の前でビールを飲む男とテレビの中でパスを受け取り走る男は年齢差を感じさせない。
実際にはおよそ8歳程の差があるのだが。

 その試合は決勝で、流川のチームは優勝した。喜んでいるチームメイトが次々と流川の
肩を叩いて行く。

 あからさまに顔に出す訳では無いが、画面の中の若い流川が喜びに満たされていることに
花道は気付いた。満足そうに佇む様子が妙に微笑ましい。

「次は?」

 1本のテープが終わると、食事を中断してまで次々とテープを替えさせる。

「これが最後だ」

 そういうと、画面の中には大学3年夏の流川が居た。

 ビデオカメラは俊敏に動き回りシュートを決める選手達を追い続ける。

 しかし花道は何時の間にか終わっていた食事のことも忘れて、気がついたら流川ばかり
見ていた。

「この試合で引退した」

 静かな声が、画面に集中していた花道へ届く。

「3年の夏で終わりにしようと決めていた」

「………」

 ビデオを見る流川の顔はすっきりしていた。この男の中でそれらはもはや全て過去の出来事
なのだろう。むしろ懐かしそうに過去の自分を見ている。

「治って良かったな」

 テレビの中で流川が見事なスリーポイントシュートを決めた。肘の痛みなど微塵も感じさせない
綺麗なフォームだった。

 花道は過去の流川へか、目の前の流川へか分からないけれど、心からそう言った。

 流川もビデオを見ながら「ああ」と呟いていた。

 相変わらず静かな声だったけれど、花道にはとても暖かく感じられた。








「何で………」

 花道はそこまで思い出し、目を閉じた。エアメールを持つ腕で目蓋を覆い隠す。

(何であんなこと喋ったんだろ……)

 流川の過去に触れた時、自然と自分も口を開いていた。

 わざわざ人に話すようなことでも無いのに。

 今思い出してもおかしい。全く「らしく」無い。流川に引き摺られたのだろうか。それとも……?

「分かんねぇ……」 

 思わず戸惑う声が洩れる。

 しかしあの時は戸惑いや躊躇いなど全く感じ無かった。

 本当に極自然に話していた。まるで張り詰めていた糸が弛んでいくように。















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