【恋火】 第3章 2.雨
「また雨か……」
雨の日はとても憂鬱になる。
昼間はあんなに晴れていたのに、夕方になったら大雨だ。
おかげで開店して2時間経つのに客が一人も来ない。
そして出てくるのは溜息ばかり。
ソラマメもフタバも今日は静かに過ごせると分かったのか、とっくに彼女達の指定席で
仲良く眠っている。
「閉めるか……」
予約も入っていないので、今日はもう店を閉めよう。
花道は閉店ボードを外に出した。
やはりまだ外は大雨だ。
雷は鳴らないけれど、風がかなり強い。
静かにドアを閉めて、カウンタースツールへ座った。
ぼんやりと頬杖をつく。
流川は今日も来ないんだろうか。
この大雨だ。
流川どころか客すら誰も来ないだろう。
自分でも不思議に思う程寂しくて、また溜息がこぼれた。
最近一人になるとずっとこうだ。
考えて考えて、そして一日が終る。
店を開けている時には何も考えなくて済むのに、一人になった途端頭の中が流川で
いっぱいになってしまう。
家で家事をしていても全然集中出来ない。
やはり流川が来ないのは、花道のあの態度が嫌になって会いたく無いからだろうか。
以前一ヶ月ほど顔を見なかったことがあった。
急な出張だったそうだ。
でもあの時はこんなに流川のことばかり考えたりしなかった。
それなのに今は……。
流川と一緒に居るのが好きだ。
そして時々浮かべる優しい笑みも。
まるで昔からずっと一緒に居たかのように波長がぴったり合う。
とても居心地が良い。
しかしそれは友人に感じるものと同じかと言われれば、違う気がする。
(これじゃまるで………)
好きな人に会えない不安と寂しさそのものだ。
顔が見たい。
会いたい。
このカウンターにいつものように座って、話しを静かに聞いて欲しい。
もう今では、会いたさが気まずさを上回っている。
花道はそっと目を閉じた。
抱きしめられた時、戸惑ったけれど嫌では無かった。
きっとどこかで納得していた自分が居たんだろう。
―――流川に好意を寄せられている。
いつからなのかもう忘れたけれど、なんとなくそんな気がしていた。
それは視線や雰囲気そして仕草から、花道へゆるやかに、けれど確実に伝わっていた。
そして、流川の思いに嫌悪したことはただの一度も無い。
それだけははっきり言える。
認めるのは正直怖いけれど、多分自分も流川が好きなんだ。
もし彼がこのままここに来なくて、花道を忘れてしまったら?
もし他の知らない誰かと一緒に過ごして、あの優しい笑みを向けたら?
あの低い良く通る声で他の誰かの名前を呼んで、そのまま永遠に遠くへ行ってしまったら?
(嫌だ…)
そんなことを想像したくないし、想像して胸がこんなにも苦しくなってしまう自分自身が嫌だった。
今まで恋をする相手はいつも異性だった。
好きな人が出来たら、すぐ告白してきた。
その度にふられ続けたけれど。
相手に思いを告げることはとても緊張したが、そうすることは当たり前で。
好きだと気付いたら、ちゃんと打ち明ける勇気があった。
それなのに、今は違う。
こんなにも不安で仕方が無い。
(だって、男だし………)
自分も相手も同じ性。
そんなことはおかしいと、もう一人の自分がブレーキをかける。
(それに怖い……)
流川を好きになることが正直怖い。
自分の中が流川で埋め尽くされそうだった。
気持ちを自覚した今、それを自分ではどうすることも出来ない。
今までの恋で、こんなにも相手が深くまで入り込んできたことは無かったから。
流川が好きだ。
しかし受け入れるのが怖い。
受け入れた途端に離れて、そして消えてしまったら。
もしそうなったら、流川で埋め尽くされた自分の中身があっという間に空洞になってしまう。
(…怖い)
花道はカウンターに突っ伏した。
(苦しい……)
苦しくてどうにかなりそうだった。
カタン…ッ
突然、店のドアが開いた。
花道はぼんやりとした頭でドアを振り返り、目を見開いた。
「……桜木?」
そこには店の中を覗く流川の姿があった。
まだ目に映るものが信じられず、そのまま凍りつく。
濡れた髪をかき上げる長身の男の姿を見て、花道の胸が一瞬ぎゅっと痛んだ。
初めて会った時をふいに思い出す。
確かあの日も雨だった。
ちょうど、こんな風に。
「………」
少し困った顔をする流川へ花道はようやく笑いかけた。
「……よう」
笑いかけながら、思う。
やっぱり自分は流川が好きなんだ。
たとえ男同士でも。
もう認めない訳にはいかなかった。
一瞬痛んだ胸を誤魔化すことは出来ないのだから。
「中、入れよ」
花道はタオルを用意する為にカウンタースツールから腰をあげた。
一瞬伏せたその顔が小さく歪んだけれど、流川はそれに気付かなかった―――。
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