【恋火】 第3章 4.雨上がり
次々と流れてくる言葉一つ一つに、花道はただ圧倒されていた。
「お前が欲しい」
それを最後に流川はやがて目を閉じた。
その顔がどこか諦めたように感じるのは気のせいだろうか。
そして花道にはなぜか泣いているように見えた。
「泣いてんのかよ……」
「……泣いてない」
静かに答え、流川はゆっくりと目を開けた。
「それはお前だろ」
「俺だって、泣いてない」
涙は出ない。
でも喉の奥が少し、熱い気がする。
「知ってた………」
「………」
「知ってたというより、夢かなって思ってた」
でも、気に止めないようにしてた、ずっと……。
そう続ける花道は俯いた。
「だって、おかしいじゃん、こんなの……」
俯いても流川がこちらを見ているのが分かった。
責めるでもなく咎めるでもない眼差し。
それが花道へ「素直に全てを吐き出してしまえ」と優しく促しているようだった。
ここでちゃんと見てるから、と。
「おかしいけど………」
花道は一つ深呼吸して続けた。
「おかしいけど、気になって仕方なかった」
表情を見られたく無くて、花道はより一層俯く。
「流川のこと忘れようとしてるのに、いつも思い出してた。何をやってても、すぐ頭に
浮かんできて…」
「………」
「ずっと……来なかったし、連絡も無いし」
「悪かった」
低い声がまるで労わるように優しげで、花道は胸が詰まり、一瞬強く目を瞑る。
「いつも居るのに居ないから、つまんなかった……寂しかった……」
空気が動いた気配で、流川がカウンターのすぐ傍まで来た事に気付いた。
「俺…自分のこととか家族のこと、あんまり人に話すの好きじゃねー。でも…流川に
は話せた。誰にも言うつもり無かったのに。きっと聞いて欲しかったんだと思う。って
いうか、知って貰いたかったのかも」
近くで感じる流川の気配に、けれど花道はまだ顔を上げたくなかった。
顔を上げる自信も、流川の顔を見る自信もまるで無かった。
どうかもう少しだけこのまま全て吐き出させて欲しい。
「なんか…頭の中がどんどん流川でいっぱいになって、訳分かんなくなる……」
流川の存在そのものが大きくなってきて、もうそれが自分でも止められなくて、怖かった。
「桜木」
そっと自分を呼んでくれる低い声が、たまらなく愛しい。
想いに蓋をしようと決めたばかりなのに、もう決心が揺らいでしまった。
―――嘘は吐けない
だって子供の頃から、嘘は大嫌いだったのだから。
「俺も流川が好きだ」
これだけは嘘じゃない。
まだ顔を上げられないけれど、どうかそれだけは、流川に伝わりますように。
「でももし流川が……俺と同じじゃなかったら?」
一人で空回りするという虚しい結果しか待っていない。
想像するだけで惨めだ。
「もう…ガキみたいに好きな子に次々コクれるような歳じゃない。それにこんな……
男同士で異常なこと、言える訳無い。でもそう考えれば考える程好きになってくみ
たいで、また怖くなって……」
やっとそこで花道は顔を上げた。
「流川が好きだ。俺、流川のこと好きでも、大丈夫だよな?俺、1人じゃないよな…?」
呟いた声は心細げで、縋るような眼差しだった。
流川は花道の顔を見据え、答えた。
「同じだ」
一語一語しっかりと心をこめて告げられた言葉は、とても力強かった。
「俺も同じだ。いつも、ずっと、俺の頭の中はお前でいっぱいだ。もうとっくに溢れて
零れてる……」
俺達は、大丈夫だ―――。
流川の真摯な言葉に、花道は再び喉が熱くなった。
「どうして、酔ったって嘘ついた?あれ、嘘だろ」
それにずっと連絡すら無かったのはどうしてだ?
カウンターに座り、ブランデーの注がれたグラスを傾けた流川へ、花道は少し怒った
ように尋ねた。
冷めたコーヒーカップはもう片付けられている。
あんなにも自分を不安にさせたこの男には、ちゃんと説明する義務がある筈。
「………不安だった」
「不安?」
「不安で、怖かった。嫌われたかもしれないって……」
花道は目を見張った。
「少し頭を冷やそうとした。酔ったのは、確かに嘘だ。でもあれしか咄嗟の言い訳が
思いつかなかった。酔った勢いとでも言わないと、きっと怖がらせただろうから……」
「そっか」
あっさり言う花道に流川は思わず顔をあげた。
流川と同じブランデーを注いだグラスを口に運び、花道はほっと溜息を吐いた。
「俺も不安だった………かなり」
語尾を強調すると、流川は苦笑した。
「こっちこそ嫌われたかと思った。………もうここには一生来ないかも…なんて」
「済まなかった」
苦笑しつつ詫びる流川に、花道は「同じだな」と楽しそうに言った。
「あぁ…同じだ」
共通の想いを確かめあうことに、小さな喜びを感じる。
同じ想いを抱える者がすぐ傍にいることの喜び。
それが、今まで1人で耐えてきた孤独も不安も、そして臆病な心さえも綺麗に溶か
してくれる。
「あれ?」
「どうした?」
花道がふと気付いたように耳を澄ました。
「雨、止んだ?」
「そうか?」
流川も耳を澄ますと、確かに雨音は聞こえてこない。
「明日晴れるかな」
「多分な」
そして一言付け足す。
「明日は、臨時休業にはしないだろう?」
「え?」
不思議そうに聞き返す花道へ、流川は面白そうに続ける。
「明日も俺の貸切だと良いなと思ったんだ」
「な、何?!明日はちゃんと開けるぞ!」
「そうか、それは残念」
「残念じゃねー!」
赤くなってブツブツ文句を言う花道に流川は目を細める。
その視線に気付いた花道は「見るな!」と顔を赤くしたまま怒る。
そんなやり取りに目を覚ましたのか、ソラマメとフタバがもそもそと籠の中で動いた。
「看板娘が起きたぞ」
「ソラ?」
「フタバも」
大きな欠伸をした二匹はトンと軽やかに籠を降り、ぐぐっと体を伸ばした。
ストレッチをする二匹を見ていると、ソラが「ニャーン!」と、寝起きとは思えない程
しっかりした声で鳴いた。
「…………」
「…………」
思わず顔を見合わせた二人は、なんだかくすぐったい気持ちになった。
『お幸せに!』
ソラが二人へ、そう言ったように聞こえた。
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