【恋火】 第3章 5.暖かな場所
花道がグラスを2個と2リットルのペットボトルを持って居間へ行くと、流川が
畳みに胡座をかいてソラマメやフタバと遊んでいるところだった。
持っていたものをテーブルへ置き、座布団へ座るとウーロン茶を二人分注ぐ。
流川はまだ大きな背中を丸めて足にじゃれつくフタバを撫でていた。
「お茶入ったから飲めよ」
「あぁ」
「まったくそいつらも飽きねーよな。そんなに流川が良いのか?」
「お前が相手してやらないからじゃないのか?」
「バカ言え!毎日遊んでるぞ!」
花道はお茶を一気に飲み干し、再び注ぐ。
二匹を見ると、部屋に入る暖かい日差しに眠くなったのか大きな欠伸をして
丸くなるところだった。
ふと花道がグラスを持つ流川の手を見た。
「なんか毎回引っ掻き傷が増えてる気がするけど」
「あぁこれか……」
「消毒するか?」
そう言うと流川はやんわりと辞退した。
「でも傷跡残るぞ?」
そう言っても大したことは無いからと答えるだけだった。
「あ!そうだ!」
突然何かを思い出した花道がすくっと立ち上がり、どこからか手紙を持ってきた。
それを流川へ差し出す。
「読んで良いのか?」
そう尋ねると花道が頷いた。
中身を取り出すと、そこには白い便箋が2枚と写真が5枚入っていた。
写真には赤ちゃんのくしゃっとした泣き顔が大きく写っている。
「……写真届いたのか」
「おう!」
にこにこする花道に流川の口元も綻んだ。
つい10日程前に生まれたばかりの男の子は花道の叔母の子供だった。
連絡を受けて大層喜んだ花道は顔が見たいから直ぐ写真を送ってくれ!と頼んだのだ。
「凄い顔だよな」
そう言って苦笑いする花道は、それでも本当に嬉しそうだ。
赤ん坊が一人で写っているものや、家族3人で写っているもの、叔母に抱かれて
眠っている写真など、どれもこれも微笑ましいものだった。
「名前は…」
「真(まこと)だって」
ガサガサと便箋を開くと、花道はそれを流川に見せた。
「英語で言うと【The truth】で『真実』って意味なんだって」
将来子供が大きくなった時、親と同じように海外で生活することになったら、まず
名前からコミュニケーションが取れるように、意味も読み方も明快な名前にしたと
手紙にはあった。
「良い名前だよな!」
「あぁ、良い名前だ」
写真の泣き顔が逞しくさえ写る。
「家族が一人増えるって聞いた時にはホントにビックリしたけどさ、やっぱ嬉しいよな」
そう言って花道がはにかんだ。
花道にとっての家族は特別な意味を持っている。
本当に大切なもの。
傍に居ない分、何よりもかけがえの無い人達。
流川は手元の写真に写る3人の家族を見つめた。
満面の笑みを浮かべた両親と、そして真っ赤な顔で力の限りに泣く子供。
撮影の後、慌てて赤ん坊をあやしている両親の顔まで浮かんで見えるようで、
流川は小さく笑った。
きっと花道は一刻も早く会いたくて仕方ないだろう。
「戻って来れそうなのか?」
そう尋ねると、花道は残念そうに肩を落とした。
「当分は無理だって……」
そう言って流川の持っている写真を軽くピンッと弾いた。
「そうか、仕方ないな、こればかりは……」
消沈する花道を慰めようと顔を覗き込むと、花道は上目遣いでニヤリと笑った。
「でも方法によっては直ぐ会えるんだ」
子供のように顔を輝かせるので、流川は一体何のことかと首を傾げる。
「方法って?」
「こっちから会いに行く!」
流川は目を見開いた。
「あぁ…そうか……そうだな……」
それが彼らに直ぐ会える最良の方法であることは確かだ。
流川はゆっくり写真に視線を落とした。
行って欲しく無いな……、とほんの少し寂しいような痛みを感じて、あまりにも心の
狭い自分が嫌になる。
もう花道の心を手に入れたと言うのに、やはり少し切ない。
「………」
そんな横顔を見ていた花道は、目を細め優しい顔をした。
「流川も一緒に行こう」
そう言うと、流川が静かに花道を見た。
「………一緒に?」
そう問い掛けるとコクリと頷いた。
「俺、海外行ったこと無いからさ。お前ならフランス行ったことあるんだし、一緒に行って
くれるとスゲー心強い」
それに、と続けた。
「お前にも早く会わせたい。俺の家族に」
そう言って笑う顔は、何でも無いことを話すようだった。
「俺が行っても良いのか」
思わず口をついて出た言葉にも、花道は穏やかに笑っていた。
「俺が一緒に来て欲しいんだって。流川と一緒にみんなのところに行って、そんでみんな
に会わせたい。それにみんなのことも紹介したい」
「…………」
「流川は?」
「………俺も、会いたい」
さっきまでの痛みなど、とうにどこかへ消えてしまっていた。
流川は心がほんわりと暖かくなってくるのが分かる。
すぐ隣で柔らかく笑みを浮かべる花道が愛しくてたまらない。
もう込み上げてくる感情を抑える必要は無い。
流川はそっと花道に顔を寄せる。
「………」
近づいてくる流川に気が付いたのか少し驚いたような顔をした花道は、視界の陰りが
近づくのに合わせて目を閉じた。
流川の唇が花道のそれにふわりと触れる。
一旦離れ、目を合わせた二人はまた同時に目を閉じて、再びキスをした。
『いつが良い?』
『流川に合わせる』
『そうか』
『コイツラがいるから、あんまり長居は出来そうもねーよな』
『そうだな』
『でもどうせ行くなら観光くらいはしたいよなー』
『向こうはなんて言ってた?』
『ん?待ってるから早く来い!だってさ』
『それじゃ………来月行くか』
『ええ!!来月?!』
『駄目か?』
『駄目じゃねー!もっと後になるかと思ってた!』
『もう休みは申請してある』
『何ー!?早く言えよ!』
『………驚く顔が見たかったんだ』
流川がそう言うと、花道はきょとんとしたあと、声を上げて笑った。
END
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