【恋火】  3.ポッキー








「はいよ」

「…なんだこれは」

「ポッキー」

「いや…そうじゃなくて…」

 流川は目の前に置かれたものに首を傾げた。

 細身のシャンパングラスに黄金色の液体が泡を弾けさせながら揺れている。

 そのグラスの中にポッキーが二本刺してあった。

「俺からお客様への本日限りの特別大サービス!遠慮はいらねーぞ。金も取らねーし」

「……何かあったのか」

 流川は本当に分からないようだった。

 そんな相手を見てきょとんと目を丸くした花道は、ちょっと考える仕草をしてみせた。

「今日、何の日だ」

「……さぁ」

「さぁって何だよ、さぁって!!」

 別に白を切っている訳でも無い流川は、驚いた表情をする花道を見た。

「何の日だ?」

「………」

 大きめの溜息をついて、なんでもないことのように正解を教えてやった。

「バレンタインだよ」

「あぁ…それでか」

「チョコはダメでもポッキーくらいなら食えるかなぁって思ってさ。酒飲みは甘いもんダメなの多いじゃん」

 それメンズポッキーなんだぜ、と一応付け足した。

 ようやく納得した様子の流川を見て、そういえばと思いつく。

「チョコレートは?」

「…え?」

「バレンタインのチョコ!」

「チョコがどうした」

「どうしたって…貰ったんじゃねーの?」

 会社勤めならば、義理でも本命でもきっと貰ってくるだろう。

 そう思って花道は訊ねたつもりだった。

 仕事場で貰ってくれば、今日は何の日かぐらい分かる筈だから。

 しかしそれは外れていた。

「いや」

「って…全然?一個も?」

「一個も」

 ウソだろう、と声に出して言いそうになった。貰わないなんてそんな訳は無い。

 この店の常連客にまでファンがいる位なんだから。

「うちは禁止なんだ、そういうのは…」

 目の前のグラスに視線をあてながら、流川がぼそっと呟いた。

「禁止?なんだよ、それ…」

「バブルの後、暫らくしてそういう風潮はやるなって、お達しが出たんだ」

「へぇ〜マジで?」

「あぁ」

 実際そういう企業はここ数年でポツポツ出てきたのだ。

 勿論大部分は世間並みにバレンタイン風潮が残っているのだが。

「つまんねー、そんなの」

「そうか?俺は助かるが…」

「なんで?」

「毎年知らないヤツが大勢近寄ってきて物を押し付けていくんだ。気味が悪くて仕方ない…」

「なんだそりゃ。貰えないヤツに対する嫌味か」

 流川の言い方に花道は思わず顔を顰めた。

「別に嫌味のつもりは無い。ホントのことだ」

 そう言いながら流川はポッキーをグラスの中でクルクルと回した。

 良く冷えた黄金色のシャンパンが泡を次々と弾いていく。

 そんな流川の様子を見て花道が軽く溜息をついた。

「好きなヤツとか気になるヤツから欲しいと思ったことねーの?」

 その一言に、ポッキーの動きが一瞬止まった。

「…そうだな」

 細い溜息をつきながらポツリと答えた流川は、またポッキーをクルクルと動かした。






「花ちゃん!一緒に歌おうよ!」

 常連客が二人の会話を遮った。

「あ!歌う歌う!!!」

 花道は喜んでカラオケステージに向かった。

 それとすれ違うように、流川の足元へ何かが触れた。

 下を見ればそこには【フタバ】と【ソラマメ】がいた。

 【ソラマメ】は元々ここに住んでいた猫だ。

 体はフタバよりやや大きくて、お姉さんである。

「どうした」

 ミャー

 ニャォーン

 二匹は足元にじゃれ付く。

 流川は少しかがんで、ソラマメの頭部を指先で軽く掻いてやった。

 すると満足そうに喉をゴロゴロと鳴らした。

『好きなヤツから欲しいと思ったりしねーの?』

「思うに決まってんだろ…」

 誰にも絶対に聞こえない程とてもとても小さな声で、流川は呟いた。

「なぁ?ソラ…」

「ニャーン」

 流川の声に同意するように、ソラマメが鳴いた。















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