【恋火】 4.半々
流川は一昨日、出張から戻ってきたばかりだった。
行き先はフランス。
出発1週間前に突然決まった出張は、会議だ準備だと忙しく、気が付いたら出発当日になっていた。
そして1か月の出張を終えて、一昨日無事に帰国した。
慌しいスケジュールの中、現地スタッフの計らいで各地観光なども出来た。
しかし流川にとっては観光などどうでも良かった。
(土産…どうするか)
出張が決まって、出発するまでの1週間は本当に余裕が無く、花道の店に顔を出すことが叶わなかった。
出来るなら何が欲しいのか、花道本人に聞いておきたかったのだが。
結局、何を買えば良いのか分からなかった流川は、現地の日本人スタッフに相談したのだ。
『何歳くらいの人へのお土産ですか?』
『20代前半です』
『女性?』
『いや、男です』
暇だから案内しますよ、と流川を土産物屋へ案内してくれた男性スタッフにそう説明すると、彼は少し考えるそぶりを見せた後、ニヤリと笑った。
『それなら、良いものがあります』
そう言って彼が流川に手渡したものは……トランプだった。
『……トランプ……ですか』
フランスはトランプ発祥の地なのか?
そう思いながら手渡されたトランプを裏返して、流川は固まった。
『どうです?面白いでしょう?有名なトランプですよ、それ』
20代前半の男性なら、良いネタになります。
そう笑いながら話す相手に悪気は全く無いようだ。
そこには―――。
外人女性の全裸写真が載っていた。
驚いてザッと広げてみると、一枚一枚のトランプには全て違う女性が写っている。
挑発的なポーズを取る女性達が、こちらを見ていた。
『…………』
流川は無言でそのトランプを彼に返した。
『あれ?駄目ですか?』
俺の友達には好評だったんだけどなぁ。
悪びれた様子も無く、彼はそのトランプを商品棚に戻しに行った。
………ふぅ。
(疲れる……)
流川はさっさと買って、ホテルに戻りたいと思った。
「1か月ぶり…か」
流川は店の扉の前で立ち止まった。
少し緊張しているようだ。
(………)
軽く深呼吸して、扉を開けた。
「いらっしゃ―――」
流川はカウンターの中にいる花道を真っ直ぐ見た。
花道は途中で言葉を止めて、驚いた様子だった。
「流川」
小さく頷いた流川に、花道が笑みを浮かべながら言った。
「いらっしゃい」
「フランス?」
随分遠いところまで行ったんだなぁ…と花道が感心した。
カウンターの定位置に腰掛けた流川は、ブランデーをオーダーした。
そして花道に土産を渡す。
「くれるの?」
「あぁ」
それは細長く、少々重いものだった。
「大したものじゃない。ワインだ」
結局、土産はワインになった。
「うわ…高そう!」
「いや、そうでも無い…」
一応自分で試飲したので、味は保障済みだ。
「本当は何が欲しいのか聞いてから行くべきだったんだが、準備で忙しくてここに来れなかったんだ」
「充分だよ、これで!気を使わせて悪い。ワイン好きだから嬉しいよ、ありがとな!」
花道がしげしげとボトルを眺め、お礼を言った。
「喜んで貰えてよかった」
ホッとした流川は、出されたブランデーを一口飲んだ。
「珍しく間が空いたから、何かあったのかと思ったんだけど」
出張なら仕方無いな、と花道は続けた。
「心配したのか?」
流川はYESと応えてくれるのをほんの少しだけ期待した。
「そうだなぁ…半々ってところか……」
「半々?」
YESかNOの返答だけと思っていたので、流川は眉根を寄せた。
「半分は病気かもしれないって心配して、半分は単に仕事が忙しいだけかもしれないって思ってた」
でも仕事が正解だったな。
そう言って笑った。
流川も笑みを浮かべて目を伏せた。
(全然心配されないよりはマシ……か)
花道の頭の中に、この1か月ほんの少しでも自分が居たと思えば、それだけで安心出来る。
そして唐突に気付く。
ここへ来て、扉を開けるまでなぜあんなにも自分が緊張していたのか。
(桜木の反応が怖かったのかもしれない……)
我ながら臆病だ。
店に入った途端、何しに来たんだと言う顔をされるかもしれない。
まさかとは思うが、忘れられているかもしれない。
そんなことをずっと考えていた。
(でも、桜木は笑ってる。何も変わらない)
親しい笑みを見せてくれた時、やっと流川は安堵したのだった。
……ナァ〜ゥ。
安堵の溜息を吐いたとき、足元で声がした。
「フタバか…」
流川はいつものように身を屈め、子猫の喉を擦ってやった。
ゴロゴロとご機嫌で喉を鳴らす猫に、流川は目を細めた。
「フタバも久しぶり、だって」
花道が流川の様子を見て、面白そうに言った。
「悪い、土産…何も無いんだ」
子猫にそう言うと、意味が分かったのかプイっとそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
「あ〜あ、怒ったな」
それを見ていた花道が言う。
「……後で何か持ってくる」
真面目な顔をしてそう言った流川に、一瞬呆気に取られたが、すぐに吹き出した。
「冗談だよ!」
その弾けるような笑顔に、流川は切ない程強く愛おしさを感じた。
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