【恋火】 5.共通点
![]()
あなたと私の共通点は………?
仕事帰り。
いつものように【さくら】へやってきた流川は、これまたいつものようにカウンター席へ座った。
チーズが乗ったクラッカーをつまみながらウイスキーを飲んでいると、バスケの話になった。
流川は小学生の頃からバスケをやっていた。
そして大学3年で辞めた。
腕の怪我が悪化した為だ。
元々肘を痛めており、中学高校と通院を欠かさなかった。
いよいよ大学を出て実業団へ……。
そう思っていたけれど、夢はそこで終わった。
「そうだったのか……」
一通り話しを聞き終えた花道が、小さく相槌を打った。
「今は……」
「あぁ。もう治っている」
流川は無意識にスーツの上から腕を擦った。
その様子を見ていた花道は、疑問に思ったことを口にした。
「それじゃ、バスケはどこでやってるんだ?」
ストレス発散方法がバスケだと、以前話していたことを思い出したのだ。
会社でやらないなら、どこで出来ると言うのだろう。
「試合は出来ないが…市民体育館を使わせて貰っているんだ」
週一回、仕事を定時で終わらせた後、体育館へ向かう。
そこで2時間程自主練に励むのだ。
「木曜日の夜だけ体育館の片面が空くんだ。片面はバドミントンサークルが使用していて、俺はその隣で」
「へぇ……、1人で?」
「いや、1人の時もあれば、他に2〜3人来ることもある」
そんなときは、彼らに混ぜてもらって軽く試合をするんだ。
流川は喉を潤す為にウイスキーを口に含んだ。
「彼らはサークルらしい。仲間にならないかと声を掛けてくれた」
「おお!良い話じゃん!入れてもらえば?」
「そうだな…、今考えているところだ…」
あまり彼らを見掛けないので、そんなに活発に活動している訳では無いようなのだ。
やるならとことんやりたいと思う流川には、正直彼らとやっていけるかどうか不安だった。
確かに人数がいれば試合が出来るけれど。
「………そっか。まぁ、焦る必要は無いんだ。ゆっくり考えれば良いよ」
「………」
花道から掛けられたその言葉は、思いのほか柔らかく流川に響いた。
「あぁ…そうする」
そしてまたウイスキーグラスを傾けた。
「俺も昔、ちょっとやってたんだけどなぁ……」
もう、今じゃさっぱりだ。
花道が皿を洗いながら呟いた。
「何を?」
「バスケ」
「………え?」
流川は伏せていた顔をゆっくりと上げた。
「今なんて…」
「だから、バスケやってたんだよ、ちょっとだけ」
花道は相変わらず手を動かしていた。
「そうなのか」
「うん」
流川は俯いて皿を洗う花道を見つめた。
「聞いてないぞ……」
「言ってねぇもん」
「…………」
流川は暫し沈黙した。
「どあほう」
「何でそこで”どあほう”なんだよっ」
ムッとして花道は手を止めずに顔を上げた。
「大事なことを言わないからだ」
「大事なこと?」
眉を顰めた花道は、流川が少し怒っていることに気付いた。
「流川?」
「………」
ずっとバスケは自分だけの趣味だと思っていた。
だが、こんなに身近に仲間が居たのだ。
「あ。分かってると思うけど、俺は練習相手にはなれないぞ」
「あぁ………そうだな」
確かに花道は店があるので、平日の夜など空いている筈も無い。
流川は少し残念そうに肩の力を抜いた。
「もう全くボールに触っていないのか」
「うん、触る機会も無いしな」
その答えを聞きながら流川はウイスキーの入ったグラスをコースターへ置いた。
「………あ」
その時ハッと、あることを思い出した。
隣の席に置いたスーツケースの中を探る。
(確か…ここに入れた筈……)
「?」
その様子を不思議そうに花道が眺めていた。
「あった……」
その手にはチケットケースが握られていた。中にはチケットが2枚入っている。
「桜木」
「なんだ?」
「見るのは……どうだ」
「見る?」
「今度母校で試合があるんだ。後輩が連絡をくれた」
流川の母校へ海外の大学を招待して、親善試合を行うことになった。
学校公認なので、かなり規模の大きなイベントになるらしい。
「わざわざ会いに来て、チケットを置いていってくれたんだが…。行かない訳にもいかないから、どうしようかと思っていたんだ」
1人で行くつもりだったけれど、同行者がいるに越したことは無い。
「もし暇ならば…だが」
そう話す流川は、少しだけ必死だった。
もしかしたら花道と外で会えるチャンスかもしれないのだ。
過剰な期待はしないように、しかし希望は捨てたくなかった。
「試合か…久しぶりに見ても良いなぁ…。いつ?」
チケットを取り出して確認した。
「………4月1日だ」
「…………」
花道は少し考え込んだ。
「予定がある……のか」
流川は、己が落胆していることを悟られないようにするのが精一杯だった。
「いや、良いよ。行く!」
「!」
流川は一気に浮上した自分自身に、内心苦笑した。
我ながら現金なものだ。
花道の仕草、言葉、全てに振り回されている。
「良いのか?予定があるなら……」
心にも無い言葉を言ってしまう己が嫌になってくる。
社会人になって、余計な気を回し過ぎるようになった。
相手がYESと言ってくれたのだから、そのまま受け入れれば良いものを。
こういう場面では、本当に己の口を呪いたくなる。
「大丈夫。何も予定入れてないから」
花道は流川の葛藤など知らぬように笑った。
「そうか……」
流川はホッと胸をなでおろした。
「生で見るなんて、何年ぶりかな。楽しみだ!」
皿を布巾で拭きながらそう話す花道は、嬉しそうだった。
店を出た流川は、自分がとても満たされていることに気付いた。
冷たい風が吹いてとても寒いのに、体中が火照っている。
いつか店以外の場所で、二人だけで会いたいと思っていた。
けれどなかなか誘う切っ掛けが無かった。
そしてやっと手応えを感じたのだ。
出会ってから数ヶ月。
ようやく太陽の下で会える。
薄暗い店内の花道と、太陽の下で会う花道。
今から想像するだけで頬が弛んでくる。
単純に嬉しい。
早く会いたい。
どうか、どうか、早く。
マフラーに顎を埋めて、流川は誰にも気付かれないようにそっと笑った。
≪≪ novel-top ≫≫