【恋火】  6.生まれた日






 花道は興奮気味に言った。

「凄かったな!」

「あぁ」

「途中ヤバかったけど、最後は逆転だし」

「チームとしても、悪くなかった」

 流川と花道は、試合観戦を終えて流川の車に乗り込んだ。

 4月1日の今日は、先日約束していた親善試合観戦の日だった。

 午後から行われたそれは、流川の母校の勝利で終わった。

 試合内容も、満足出来るものだった。

「これからどうする?」

「俺、腹減ったかも」

「俺もだ。……それじゃどこかに寄るか」

 興奮冷めやらぬ花道を隣に乗せたまま、車は走りだした。








 二人が寄った店は、繁華街から外れたところにある焼肉店だった。

 店内はほどよく混雑していて、人気店らしいことが窺える。

 二人の前には山盛りの肉が皿の上に鎮座している。

 キムチもサービスで付いていた。

「ここ、ずっと気になってたんだよ。いつも車がたくさん止まってるからきっと美味いんだろうなぁと思ってさ」

「そうだったのか」

 花道のリクエストで入店した焼肉屋は、確かに間違いなく美味くて、人気があるのも頷ける。

「今日は楽しかったなぁ!久しぶりに生のプレイを見たけど、やっぱり興奮するぜ!」

 肉を頬張りながら、上機嫌で話し続ける。

 流川も、終始穏やかな表情で花道の話に耳を傾ける。

(良かった……)

 正直、花道に会うまで、この日を楽しみにしているのは自分だけかもしれないと思っていた。

 約束を取り付けて、この日が来るまで、流川は子供のようにドキドキしていたのだ。

 しかも、昨夜はあまり眠れなかった。

 それはまるで遠足を楽しみにしている小学生のようだった。

 けれど、蓋を開けてみれば、花道も待ち合わせの時から嬉しそうだった。

 パーカーにジーンズの花道は、どこから見ても高校生か大学生のようだ。

 晴天の空の下で会う花道は、想像よりもずっと良かった。

 赤い髪が太陽の光を弾いて輝いている。

 店で会う大人びた花道も良いけれど、外で会う花道もまた違う魅力を感じた。

 周りから見れば、極普通の友人同士が遊びに行くとしか思わないだろう。

 けれど、流川は決して友人になりたい訳では無いのだ。

 片手をあげ流川の元へ歩み寄ってくる彼を見て、とても強くそう思った。

「今日は良い日だなぁ。試合は勝つし、肉は美味いし!やっぱ俺様の生まれた日だからな!」

「……………何だって?」

 花道の話を聞きながら今日のことを思い返していた流川は、花道の口から飛び出した言葉に目を瞠った。

「良い日だ……」

「その次」

「試合―――」

「次」

「肉」

「違う」

「俺様の―――」

「……生まれた日…?」

 花道が頷いた。

「今日、誕生日なのか」

「あぁ、そうだけど」

 それがどうしたと言いたげに、花道は肉を頬張る。

 流川はその様子に、大げさに溜息をついた。

「マジか……」

 ドサッと体をイスの背に預け、額を押さえた。

「聞いてないぞ………」

「言ってねぇもん」

「………………」

(また、これか……)

 先日も似たようなことを花道の口から聞いたばかりだ。

「どあほう…。そういうことは早く言え……」

「何で」

「……何も用意して無い」

「はぁ?まさかプレゼントとか、そういうヤツ?いらねぇよ別に」

「………」

 流川はすっかり脱力してしまった。

 花道はそんな流川の様子に首を傾げつつ、キムチを口に運ぶ。

「第一、わざわざ言うか普通。男2人で祝っても虚しいだけだ」

「………」

「そういうおめーはいつなんだよ」

 諦めて肉を焼き始めた流川が答える。

「とっくに終わってる」

「いつ?」

「1月1日」

「…………マジ?」

 目を丸くする花道へ、流川は小さく頷いた。

「そりゃスゲー!」

 ケラケラと笑う花道を見て、流川は顔を歪めてまた大きな溜息を零した。









 食事の後、花道を自宅まで送った。

 帰りの車中で、流川は1人運転しながら考えていた。

『男2人で祝っても虚しいだけだ』

 花道のあの言葉が甦る。

(虚しい…か)

 確かに普通に考えれば、大の男2人が誕生日を祝うのは虚しいし、寒い。

 しかしそれは花道にとってであり、自分はやはりきちんと祝いたかった。

 たとえ花道が迷惑であろうとも。

 食事中の会話を思い出す。

『流川の予定が入った次の日、ダチがみんなで集まろうって連絡くれたんだ。誕生日だからって』

 でも、断ったんだ。

 花道はなんでも無いことのように言っていた。

『誕生日だから、あの時考え込んでいたのか』

 誘った時、花道は即答せず一瞬考え込んでいた。

 それは誕生日だったからなのだ。

『毎年ダチと集まって飲んでたんだけど、それは飲む口実だからさ』

 集まるのは別の日にしてもらったんだ、と笑っていた。

『…………』

 そんな花道へ流川はおめでとうと小さく呟いた。

 少し驚いた顔をしていたが、サンキューと笑ってくれた。

(まぁ、良い……か)

 誕生日を一緒に過ごせた。

 花道も「良い日だ」と言ってくれていた。

 楽しかった、とも。

 とりあえずは、それだけで充分だろう。

 誕生日だとは知らずに過ごしたけれど、それでも2人で居られたのだから。

 ささやかながら、その場でケーキも食べた。(店のデザートだが…)

 食事の後、自宅に送るまでの車中で次の約束も取り付けた。

 また、一緒に外で会おうと言ったら、今度は即答でYESの返事を貰ったのだ。

「次はどこへ行こうか……」

 その時には、何かプレゼントを用意しておこう。

 小さく笑みを浮かべそんなことを考えながら、流川はステアリングを握り、家路を急いだ。





 


 ………今夜はよく眠れそうだ。


















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