【婿入り宣言!】  
(3)






「楓の母でございます」

 ある日突然、嵐はやってきた。

 和菓子作りに意外な才能を見せた流川は、健一郎が見守る中、着々と修行を続けていた。

 最初は馬鹿にしていた花道も、流川の日々の努力を目の当たりにし、しだいに惹かれ始めていた。

 そんなほのぼのとした日常を送っていたある日。

「今日で楓の修行を辞めさせて頂く為に、参りました」

 流川の母という女性が『桜木屋』に現れた。

「将来有望なうちの息子が、和菓子職人になり、ましてや婿養子になるなどと、流川家を継ぐ者として、許されません!!!」

「ちょ…ちょっと待って下さい。婿養子の件はともかく、こいつはこいつなりに一生懸命やってるんス!こいつの作った菓子を食べてみて下さい!」

「食すわけには参りません。ささっ、帰りますよ楓。仕度なさい」

 花道の言葉も虚しく、流川の母は立ち上がった。

「…………。もし三日以内に、母さんが俺の作った和菓子を食って、一言でも「美味い」と言ったら…。その時は前言を撤回してもらう」

「流川!!!」

「………。やはり条件を出してきましたね。………良いでしょう。私が負けたら職人の件も婿養子の件も認めます」

 流川の母はしばらく考えたあと、その条件を飲むことにした。

「んじゃー、三日後にまたここに来てくれ」

「分かりました。では今日はこれで失礼しますわ」

 何だかとんでもないことになってしまった…………。











「大丈夫かよ、キツネ…」

 流川の母親が帰ったあと、早速流川は厨房に入った。

「どあほう…。心配してんのか?」

「な!!だ、誰が!」

「テメー」

「違う違う!!心配なんてしてねー!」

「策は有る。平気だ」

 そうなのだ。

 こっちはもう策を練ってある。

 負けるようなことは有り得ない。

 花道を手に入れる為だ。

 決して負けるわけにはいかない。

「策?なんだそりゃ?」

「企業秘密だ」

 一体どんな策なんだろう。

 気になったが、流川はそれ以上教えてくれそうもなかった。















 三日後。

 『桜木屋』に再び流川の母がやってきた。

 花道は、流川の策略も勝敗の行方も、結局教えてもらえなかった。

 でも今、この瞬間にそれが分かるのだ。

 なんだか妙に落ち着かない。

「楓。約束通り来ましたよ。さぁ菓子を出しなさい」

 最も食べたからと言って、「美味しい」などと言わないつもりだが。

「…………。もうとっくに勝負は付いてる」

「??どういうことです?楓…」

 すると流川はおもむろに、和菓子がのった皿を母親の前に差し出した。

「この和菓子に見覚えねーか?昨日の中千家の茶会…。そこで出されたのは、この菓子じゃねー?」

 その皿の上には、梅の花を餡の台座の上に咲かせた見事な和菓子が一つ、のっていた。

「たしかにそれは昨日……。なっ!!!ま、まさか…!!!」

「俺が作った」

「そんな馬鹿な!!中千家の茶会は、いつも家元が『亀屋千年堂』の菓子を自ら選んでいらっしゃる筈!!」

「その通りだ。使う菓子は既に決まっていた。だから俺は、自分で作ったこの菓子を持って、家元の元へ出向いた…」

 親子のやり取りを端で見ていた花道は、呆然としてしまった。

 なんてことだ。

 流川が言ってた「策」とは、これだったのだ。

「この勝負のポイントは、家元が決めた菓子を変えさせるだけの品を、俺自身が作れるかどうかにあった」

 自分の母親の目をしっかりと見据えながら、流川は続ける。

「つまり、勝負の本当≠フ相手は、最初から母さんじゃなく、家元だったんだ」

「楓…」

「家元の証言も貰ってるし」

 流川はガサガサと服のポケットから紙を一枚取り出した。

 そこには、




【 「美味しい」と言っていましたよ♪  BY 家元 】




 と書いてあった…………。















≪≪ novel-top ≫≫